第29話 究極武器のイベント

「ま、まだ飛ぶのかッ!?」

 「一万メートルまで上昇しないとエンシェントクルセイドを撃つ事はできません。もっともっと加速してください!」

 「武器はすでに到着している。早く装着に向え」


 ブレイブヴァインは突き抜けるように空高く飛んでいた。ずっと前にD22トゥーバイツも飛び越え、高度一万メートル目指して駆け抜けていく。


 セントレイのスラスターは凄まじく、無音無衝撃でマッハ以上の加速を出している。


 そのため、単純な速さならブレイブヴァインは地球上のどんな乗り物よりも速い。見る見る高度を上げていき、すぐに目的地へとたどり着いた。


 そして、そこで見たのは以外な程あっさりした外見の“モノ”だった。


 「……へ? この“布”が最強武器……なのか?」


 上空に何が用意されているのかと身構えていたが、司は思わず気の抜けた声を呟いた。


 たしかに目の前にあるのは“武器”というよりも、煌びやかな“布”であり、シグのいう最強必殺武器には到底見えない。


 これが本当にグランディアブレイクやディスペラードアークを遥かに超える武器なのだろうか。


 「これはエンシェントクルセイドを使うためのオーロラクランという装備です。これが無いとエンシェントクルセイドを“ぶつける”事ができません。必須の補助部品なんですよ」

 「ぶつける?」


 どういう事なのだろうか。この布のようなパーツをぶつけるのだろうか。


 それなら剣なりハンマーなりミサイルなりぶつけるべきだと思うが――――――もしやコレ自体にもの凄い破壊力でもあるのだろうか。


 「再び、多数の災厄獣が接近している。やはりあの災厄獣は母艦の機能を兼ねていたようだ」

 「わんわんわんわん!」


 スクリーンに災厄獣が映し出されたが、それは一体だけでなかった。


 D22トゥーバイツの口から別の災厄獣達が戦闘機のように次々と現れているのだ。


 五十、六十と数を増やしていき、それがまだまだ“ゆっくりと”続いている。


 「全てヴィスドア級。大量に展開しているが攻撃反応は無い。本体の軌道がややズレ始めているな。なるほど、大量の子機をぶつける事でエクステンションを誘う気か。どうやら、ヤツはこちらの背後を狙うべく動いているようだな」


 絶対防壁であるエクステンションだが、展開には左腕を掲げなくてはならず、さらに展開中はその場から動けないという欠点を抱えている。


 さらに一点集中された防壁であるが故に前面しか防御する事はできない。背後は全くの無防備であり、エクステンション展開中に背後から攻撃を受けるのは非常に危険だ。


 今のD22トゥーバイツが行っているヴィスドア級災厄獣の射出は明らかに故意的だ。


 ゆっくりと展開させているのは前方と後方からの挟撃を狙っているからであり、ブレイブヴァインへ挟み撃ちをするつもりのようだった。


 「だが、攻撃準備中なら好都合だ。貯蔵機関(レミレースバッテリー)は安定している。こちらに問題はない」

 「司さん! オーロラクランの装備を! その後はきっとご想像の通りです!」

 「そうだな!」

 オーロラクランを掴み取り、司はこれまで通りの流れに従った。

 「オーロラクラン!」


 司から使用認証を受けてオーロラクランがブレイブヴァインの右手に巻き付いていく。


 煌びやかな輝きが右手に灯り、その手は太陽を掴むように天へと掲げられた。


 「オーロラクラン装備完了! ココロシステムへの伝導率100パーセント! 司さん! いけます!」


 D22トゥーバイツは三百ものヴィスドア級を展開し、準備は終わったとばかりにその子機達をミサイルのように突撃させた。生き残らせるつもりのない完全な特攻だ。


 D22トゥーバイツはブレイブヴァインの直線軌道上から完全に離れ、回り込むように近づいてくる。こちらは先程と同じ体当たりをするつもりのようだった。


 だが、攻撃展開はこちらの方が速い。


 「エンシェントクルセイドッ!」


 その名前と共にブレイブヴァイン最強武器が起動する。


 ブレイブヴァインは掲げた右手を胸まで下ろすと、左胸を“貫き”自身の内部にぞぶりとその手を進入させた。


 破壊音は無かった。損傷を知らせるアラームもシグからの警告も無い。異常事態が起きた様子は全く無く、そのまま事態は進行していく。


 災厄獣達が二方向から迫ってくる。


 「貯蔵機関(レミレースバッテリー)ココロシステムに接続。稼働エネルギー800パーセントに上昇」


 ブレイブヴァインの右腕がブレイブヴァインの左胸から引き抜かれ、その手には黄金に輝くエネルギーが握られていた。


 レミレース。


 ブレイブヴァインを動かしている、地球には無い未知のエネルギーの名前だ。


 レミレースドライブから半永久的に生産されるエネルギーであり、ココロシステムの干渉を受けるとその密度を何倍にも増大させる特性を持っている。


 本来このエネルギーを一瞬で使い切る事はできないのだが、オーロラクランという補助部品を装備する事でそれは可能となる。


 これがあれば右腕をブレイブヴァインの装甲であるデイフォルト合金と同調させる事ができ、増大したレミレースを取り出す事ができるからだ。


 この増大されたレミレースを直接ぶつけるのがエンシェントクルセイド。


 ブレイブヴァイン最強必殺技である。


 「だああああああああああああああああッ!」


 十二年前はココロシステムが起動しない状態で使ったためレミレースは増大していない。純粋にレミレースを災厄獣達にぶつけただけの武器だったが、それでも一億の災厄獣を殲滅させる事ができていた。


 だが、今回は違う。


 司というパイロットを乗せたブレイブヴァインはココロシステムを起動させている。


 その威力は十二年前とは比べ物にならず、一億の災厄獣達を屠った以上の威力がブレイブヴァインの右腕に掲げられていた。


 エンシェントクルセイドが輝きが勢いを増し、その光は虹色へと昇華していく。


 「この世界からッ!」


 右手から放たれる虹色の輝きが空へと溢れ、その光は前方のヴィスドア級達を一瞬で蒸発させてしまった。それは災厄獣という物質が光に溶けてしまっているようで、蒸発というよりも浄化と呼ぶのが相応しく思える。


 エンシェントクルセイドの光が災厄獣達を飲み込んでいく。


 だが、D22トゥーバイツにヴィスドア級達と同様の現象は起こらない。レミレースの光に負ける事はなく、その巨体をブレイブヴァインに突撃させていった。


 ブレイブヴァインとの距離が迫っていく。


 「出て行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」


 ピキィィィィン、と甲高い音が世界に轟いた。


 エンシェントクルセイド、虹色の拳がオルゴンデール級に向かって打たれたのだ。


 それは超弩級の大きさを持つD22トゥーバイツからすればあまりに小さな輝きだったが――――――その威力はあまりに凄まじかった。


 エンシェントクルセイドの光が巨体を貫き、その圧倒的な火力がD22トゥーバイツを襲った。瞬間、大地が十字に裂けるように身体が崩壊していき、それは間違いなく超弩級オルゴンデール級災厄獣の最後だった。


 あまりにも圧倒的な一撃。


 バラバラになっていく身体をつなぎ止める術はD22トゥーバイツには無い。光はどんどん大きくなって全身飲み込んでいき、やがてその巨体を塵に変えていく。


 エンシェントクルセイドを放ってきっかり五秒後。災厄獣の姿はこの世界から完全に消去された。


 「やった……か?」


 災厄獣達は完全に駆逐された。


 だが、その実感が沸かず司は思わず呟いてしまう。


 「D22を殲滅。戦闘終了だ」


 そんな司へ教えるようにシグの声が事実を告げる。何処となく安心感のある声だったが、それはきっと聞き間違いではないだろう。


 「やりましたね、司さん」

 「ああ!」

 「わんわんわんわん!」


 ホッとしている百合に司はガッツポーズをしてみせる。少し前まで死のうとした百合に怒り心頭だったはずだが、その様子は微塵も感じられなかった。


 『ご苦労だった。全員怪我は無いか?』


 いつの間にかスピーカーの故障は直っていたらしく、コックピットに唯の声が聞こえた。


 「問題無い。ユリが派手に転げたくらいだな」

 『なんだと?』

 「大丈夫だよお姉ちゃん。ちょっとコブができたかもしれないけど」

 『なん……だと……?』


 何もかもに絶望したような唯の声が聞こえた。


 『司……お前がいながら何てザマだ……その身を犠牲にしてでも百合を守らないとは……後で仕置きが必要だな……』

 「あのー、一応オレって災厄獣倒した功績もあると思うんですけど……」

 『関係ないな』

 「……はい」


 唯は司の意見を一蹴した。


 「お、お姉ちゃん! 勝手に倒れた私が悪いんだから司さんを攻めるなんて……」

 「話は後だ。ロンバルディ社に帰ってからにしろ」


 延々に続きそうだと思ったのだろう。シグは会話を中断させ、呆れるように帰る事を優先させた。


 『む、そうだな。ではシグ、帰りしだい基地の――――』


 唯の言葉が途切れ雑音が入る。


 そして、何故かそれきり声は聞こえなくなってしまった。

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