第22話 ブレイブアクセス

一瞬、司の目の前が真っ暗になり、気がついたら地面の上にいた。見上げると、ヴァインに収まっていくコレクトレーザーの光が見える。どうやらコックピットから追い出されてしまったようだった。


 「百合ッ!」


 司が叫ぶもそれを聞く百合ではない。ヴァインはスラスターを全開にしてこの場から立ち去った。十一体の災厄獣を倒すべく、その身を向かわせる。


 そしてすぐその後、破壊された三騎士から同時に淡く強い光が立ち上り放出され、それがヴァインへ吸収されていった。


 「…………あれは」


 ヴァインの身体が赤黒く染まっていく。


 やがてそれは、災厄獣を貫く弾丸のような輝きへと変わって行き、それは禍々しさを持つ英雄の姿となる。


 デスディルシステム――――――無意識に司はそう思った。


 「三騎士が持つエネルギーとの融合。三騎士大破により合体の行えない百合に残された最強で最後の最低の方法だ」


 見ると、司に寄って来た小さな塊があった。


 ブレイブヴァインにあるもう一つのAIも、外出用の端末に収まって司と同じくこの場に取り残されていた。


 「だが、その巨大なエネルギーはヴァインという小さな器には収まりきれない。いずれ力は暴走し、それはヴァインの内にあるAI――――――篠々木百合を焼き尽くす。エルポノルユーリ初期化のリスクを持つ緊急手段。彼女はこれから死ぬ。あの禍々しさがもう限界である証拠だ」


 その声はあくまで冷酷で冷静だった。


 「せめて私は残して欲しかった」


 破壊された街並みに一人と一つが立ちすくんでいる。一つは行ってしまった妹を惜しむように空を見上げ、一人は地面に何を思うでもなく眺めている。


 ヴァインの空を駆ける音が虚しく響き渡っていた。ヴァインが災厄獣接敵まで三十秒程度。これから百合の命は砂時計のように減っていく。


 「わんわんわんわん!」


 ダイスケの声が聞こえた。司は周囲を見ると、ここがダイスケの住む公園に近い場所だった事に気づく。どうやら、ダイスケはあの時から百合をずっと探していたようで激しく息をしながら走って来た。


 「わんわんわんわん!」


 そして、司のそばへと寄って来ると同時にダイスケは空に向かって吠え始めた。

 その方向はヴァインが飛び立って行った先だ。ダイスケは懸命に吠え続け、それは帰らない主を懸命に呼び戻そうとするダイスケなりの意地に見えた。


 「わんわんわんわんわんわん!」


 おそらく本能でわかっているのだ。もう百合が戻って来ないという事に。


 「……………………」


 懸命に吠え続けるダイスケを見て、司はその頭に撫でるようにして手を乗せる。


 「……お前は正しいよ。そう、間違ってるのは絶対にアイツなんだ」


 不意に司が歩き始めた。


 「何処へいくつもりだ?」


 逃げるのではなく立ち向かうように踏み出されたその足は、たしかな現状打開の意志がこもっていた。


 そう、司はこの状況を何とかしようと考えている。


 「三騎士に乗り込む」


 司は当然のように言った。


 「三騎士に乗り込んで、何とか動かして百合と合流する。そんで百合にデスディルシステムを停止させて、何とか合体してブレイブヴァインになる。そしたら災厄獣を倒して百合も人類も助かってハッピーエンドだ」

 「お前は何を言っている? そんな事は不可能だ」

 「不可能じゃない。そんなのしてみなきゃわかんねえだろ」


 シグの言葉を無視して司は三騎士へと歩いて行く。歩みを止める気配はない。本気で言った事を実行するつもりのようだった。


 「しなくともわかる。私達にできる事など残されていない」

 「残されてるよ…………だって、オレは抗える」


 司は前に回り込んできたシグを無視して進もうとした。


「抗ってやる。百合を見捨てたりするもんか。そのために思いつく事は全部やってやるッ!」


 聞く耳などなかった。例え可能性がゼロでも何もしないなんて司には耐えられなかった。


 「……羨ましいな」


 それを見てシグは“ついに”呟いた。


 「司、お前の行動は無謀と狂気に溢れているとしかいいようがない。当然意味もなく、目を瞑りたくなるような不埒だ。褒められるモノでもないし、私には愚かで嘲笑われる無様な姿にしか見えない」


 シグは司を馬鹿にした。そしてそれはその通りだった。


 今の司の行動を見て肯定できるモノなどいないだろう。ここに災厄獣とヴァインの戦いの余波が来ないとは限らないのだ。早くシェルターに逃げるべきであり、もしここで事故でも起きて怪我や死んだりでもしたら百合の命をかけた行動が全て無駄になる。


 「だが、それは人にしか持ち得ない気高さなのだろう。絶望しない希望を携え、恐怖に負けない勇気を秘めて、敵への憎悪より味方の愛のために行動する。この理解できないお前の行動が、純粋なAIである私から見れば酷く羨ましい」

 「…………………………」


 司は俯いているシグに振り向いた。


 きっとコイツも百合のために何かしたいのだ。百合を犠牲にするしかできなかった自分に苛立っているのだ。


 だが、どうしようもならない事実にシグは納得してしまっている。何もできないのだと完全に理解してしまっている。諦めるしかなくなっている。


 「お前と違って私は、奇跡といういい加減なモノに願う事ができない」


 だから悔しがっている。理解して納得して確信してまって行動できない自分の事を。


 「だったら起こそうぜ。一緒に奇跡ってヤツをさ。それができる心はお前も持っているはずだ」


 司はシグの小さな手を連れて行くように引っ張った。


 「奇跡ってのは起こさなきゃならないモノなんだ。待つだけで起こるんなら十二年前に起こってる。ブレイブヴァインに頼らなくても世界は救われただろうよ」

 「お前みたいなヤツを世間ではバカと呼ぶのだろうな」

 「だろうな。オレもそう思うし」


 根性や気力だけでどうにかなる事など限りなく少ない。


 だが、この場に悲壮感は全くなかった。真実に向かおうとする意志だけがここにはあった。


 覚悟は決まっている。たとえどんな結果になろうとも。


 司はシグとダイスケを連れて三騎士へと歩こうとした――――――その時だった。



 

 ――――――叫べ

 



 声がした。


 思わず司はキョロキョロと周囲を見渡すが誰もいない。ならば一体、誰の声だったのだろう。シグの声でないのは間違いない。証拠にシグは司を不思議そうに見ている。


 「どうした?」

 「わんわんわんわん」


 思わずダイスケが喋ったのかと思うが、さすがにそれは無かった。



 

 ――――――体現しろ



 

 やはり聞こえる。何者かの声が聞こえる。いや、聞こえるという言い方は少し違う。この感覚は直接心に語りかけて来るようであり、外から聞こえているモノではない。


 これは何なのだろう。


 「何だこの反応は? これは…………まさか、この状況でココロシステムが起動しているのか?」


 ふと司は前を見た。


 そこには死体のように転がっている三騎士達の姿がある。


 砕かれ千切られてしまった三騎士の残骸だ。三つの首から上が墓標のように墜落しており、その身体は無残の二文字が支配していた。


 そんな死が充満している三機を見て司は直感する。


 いや、直感というより“コイツら”しか該当者がいないように思えるのだ。


 「……お前達なんだろ?」


 三騎士が訴えかけている。そうとしか司には思えなかった。

 



 ――――――お前の全てを込めて

 



 「わんわんわんわんわん!」


 ダイスケが慌ただしく吠え始めた。ヴァインに向かって吠えていたのとは違う。

 どうしたのかと司は思ったが、すぐにその原因は判明する。


 「なんだと? 何故、災厄獣がここに!?」


 空が陰っている。だが、それは雲により太陽が遮られたからではない。


 オルゴンデール級災厄獣九体が司達の頭上を浮遊していたのだ。


 「ヴァインを無視してこちらへ来るという事は……まさか!?」


 いつの間にやってきたのかわからない。司達を吟味するように見下ろすその姿は悪しき神のようで、完全に命を手のひらで転がされている。逃走は不可能だ。


 「ヴァインよりも危険な存在がココにあるという事か!? なんたる! 災厄獣が感知していたのは――――まさか司だったのか!?」


 ヴァインが司達に迫った災厄獣をどうにかすべく戻ろうとしているようだが、残った災厄獣一体がその追撃を許さないように邪魔をしていた。


 まだデスディルシステムの処理が完了していないようで、ヴァインでは善戦が精一杯のようだ。倒した後にやってくるのでは到底間に合わないだろう。


 「…………ありがとう」


 だが司はそんな心配など全くせず、災厄獣達を無視するように言った。


 「これでオレ達は戦える」


 司は三騎士を見据えた。瞬間、三騎士の目が淡く光り、その光が司を照らした。




 ――――――その言葉を解き放て




 その輝きに答えるべく司は勝利の鍵を叫ぶ。


 「ブレイブアクセス!」


 瞬間、災厄獣のレーザーが司へ発射され、それと同時に三騎士達が閃光のように輝きを放つ。


 爆煙が一帯を支配し――――――その中から飛び出す三つの機体の姿があった。

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