第20話 絶望のイベント

「バカな…………こんな事が……」


 唯はこの状況に絶句していた。


 いや、中央司令室は唯だけでなく“この事態”に誰もが息を飲んでいる。メインモニターを誰もが凝視し、何が起こっているのか理解しようとしていた。


 いや、理解はすぐにできた。ただ、この事態を認めたくなかったのだ。


 あまりに理不尽に訪れた人類の終わりを。


 「オルゴンデール級が…………十体……突如上空より……飛来……」


 力なく告げるオペレーターの声が聞こえた。


 「レーダーシステムに反応無し。レーダーはD22を捉え続けています……現れた十体の災厄獣への反応は無し…………どうやらD22はジャマーの効果を持っているらしく…………現れた十体のレーダー反応を遮っていたようです。目視した現在は判別可能……今より現れた災厄獣の呼称をD23、D24、D25、D26…………」


 状況を何とかオペレーターは伝えるが、それは死の宣告だった。災厄獣の呼称数はその分だけ人類終焉の早さを告げる。


 現れた災厄獣達の姿はD22トゥーバイツと同じ蛾の姿だが、その大きさはかなり小さい。小さいといっても五十メートルは有にあるのだが、その蛾達は編隊を組むように並んでいた。姿が似ているのもあって、その十体はD22トゥーバイツの子供のように見え、またはD22トゥーバイツの操る無線誘導小型端末(ビット)のようにも見えた。


 「……現れたオルゴンデール級…………再度ヴァインに進行開始」


 中央司令室の人間は誰もが絶望し恐怖し憎悪していた。


 人類を再び殺していくであろう災厄獣に対し何もできない無力感が支配し、その三つの思いだけが渦巻いている。全員の脳裏に人類滅亡の四文字が刻まれ、現れたオルゴンデール級に対し途方に暮れていた。


 「D22は…………進行速度変わらず……攻撃の気配は無し……」


 シンと静寂が支配していた。


 司達と違い、中央司令室の全員はモニターで何が怒ったのか確認できている。


 十体のオルゴンデール級災厄獣が現れる一瞬前、ヴァインの目の前に真っ直ぐ降りてきた十発のレーザーがいきなり直角に曲がりヴァインに命中したのだ。


 この不規則に屈折したレーザーは当事者からすれば何が起こったかわからなかっただろう。完全な不意打ちだ。


 ヴァインは見るも無惨に吹き飛んでいった。これを見れば一瞬で起こった圧倒的暴力の前に、誰もが呆茫然自失とするのは無理もなかった。


 「ヴァインの状況はどうなっている!?」


 だが、事態は進行している。唯は一喝するように現状報告を促した。ハッと正気が戻ったようにオペレーター達の報告が相次ぐ


 「れ、レミレースドライブ出力は八十パーセントに低下! まだ作戦は続行可能! パイロットの生命反応は正常です! AI反応も問題無し! ですが、通信機器に異常が発生しています! コックピットとの通信ができません!」

 「ヴァイン損傷率四十パーセント! 左腕大破! 両腕のシンクレア装着箇所破損! 現状使える武装はドミネートガンのみです!」

 「すぐにブレイブアクセスだ! これ以上のダメージは許されん! シェルターへの避難を急がせろ! もし一体でも災厄獣が街へ向かえば、パレードの時以上の被害が出るぞ!」


 各自に指示を飛ばしながら、唯はヴァインの映し出されているモニターを見ていたが、その様子は酷いモノだった。


 全身の至る所が欠けてしまっており、報告の通りダメージが酷い。人工筋肉が千切れダラリと下がった左腕と、衝撃吸収剤が潰れ散っている両足の付け根は痛々しく、腹部の装甲は所々が貫かれている。このダメージでコックピットが無事なのは奇跡としか言いようがなかった。


 不意であるとはいえ、たった一撃でこれだけヴァインをボロボロにしたオルゴンデール級が十体もすぐそばからやってきている。一刻も早くブレイブアクセスを成功させなければヴァインは破壊されてしまう。


 しかし。


 「攻撃反応! D23からD32までの災厄獣が先程のレーザーを発射! 三騎士回避不能!」

 「何だと!?」


 唯はモニターを見上げると、そこには暗黒に染まる人類の運命が映し出されていた。


 「ふ、副司令……三騎士が…………」


 オペレーターが絶望しきった声で言った。


 「大破……しました……………反応消失……これではブレイブアクセス続行不能……です……」


 大爆発の後、煙が晴れた中心に見えたのはレーザーによりバラバラにされた三騎士の姿だった。爆発で盛大にパーツが吹き飛び、新座山市に隕石のように墜落する。


 「何……だと……」


 その報告はこの場の誰もから可能性というモノを吹き飛ばした。


 その信じられない報告はメインモニターを見ればすぐに理解できる。そこにはヴァインのそばへ無様に転がる三体の様子が映っており、それはどうしようもない光景として全員の目に刻まれた。


 諦観が支配する。


 「……………………」


 だが、そんな中で一人だけ何の憂いも見せない人物がいた。


 ロンバルディ災厄獣対策室司令、折原流心(おりはらりゅうしん)。

 モニターを見つめ、動かないままのヴァインをこの男だけがジッと見つめていた。

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