第19話 予感のイベント

「以上が作戦内容だ。何か質問はあるか?」

 「つまり、オレが一発で合体を成功させれば問題無いって事だな」

 「そうだ。ブレイブヴァインになれれば問題無い」


 ヴァインに乗り込んでいる司はシグから説明を受け、合体の成否で全てが決まるこの作戦にメラメラと闘志を燃やしていた。


 「意外と余裕だな。もっと焦ると思っていたが」

 「緊張はしてる。でも、オレは絶対に狼狽えたりなんかしないぜ」


 現在、ヴァインと三騎士は発進準備中で、外に出られるのはD22トゥーバイツがやってくる十分前との事だった。その時間で何としても合体を成功させなくてはならない。


 合体できなければオルゴンデール級の災厄獣相手に抗える術は無くなる。


 人類の命運全てが司にかかっており絶対に失敗できない作戦だった。


 「ほう、大した自信だな。怖くは無いのか?」

 「…………そうだな。怖い、とは思ってるけどそれよりも大きい感情がオレにはある」

 「興味があるな。絶体絶命を実感できていないだけなのかもしれんが」

 「うるせーよ。怖い以上に思ってる事があるんだから仕方ないだろーが」

 「で、何なのだそれは?」

 「…………………………秘密で」


 その司が思っている事というのは百合の事だった。


 十二年前自分を救ってくれた彼女のために頑張れるという気持ちが全身を満たしており、災厄獣に対する負の感情を蹴散らしているのだ。


 そして、そこには百合に対する気持ちも当然含まれており、コックピット内でそれを言う事はためらわれた。


 「最終安全装置解除されました。ヴァイン、三騎士、射出ターミナル移動完了。発進まであと三十秒」


 百合は司の後ろの席で淡々と現状を呟いていた。


 中央司令室から様々なデータが送られているのだろう。いくつもの立体映像(ホログラフ)が百合の周囲に現れては消えるを繰り返し、合体の準備に備えていた。


 「そーいや、お前は何もしないの?」

 「百合にできる範囲の仕事だからな。それに本来ヴァインで私のできる事は少ない。ブレイブヴァインにならなければココロシステムの本起動はあり得ないからな」

 「ココロシステム?」


 前に災厄獣と戦っている最中、たしかそんな言葉が出てきた気がする。言ったのがシグだったのか唯だったのかは思い出せないが。


 「お前がパイロットになったのは、そのココロシステムを起動させる事ができたからだ。別に知らせる必要はないため言わなかったが」

 「何だよそのココロシステムって?」

 「…………そうだな」


 少し考えてからシグは言った。


 「理解不能の信用できないブラックテクノロジーだ」


 司は「何だよそれ?」と続けようとしたが、そこで三十秒が経過した。


 「ヴァイン、三騎士、発進します」


 百合が言うと同時に、司に内蔵がせり上がってくるような不快感が襲ってきた。

 高速でヴァインがカタパルトを滑っているためだ。マッハに近い速さで駆け上がっているため、この無重力感覚はどうしてもやってくる。振動があまり無いのは幸いだったが。


 「…………百合」


 地上に出るまでの間、司は百合の事を考えていた。


 別れた後に災厄獣が現れたため百合にはすぐ会えた。司がヴァインに乗り込んだ時、既に百合は乗っており機体のチェックをしていたからだ。一応声はかけたものの最低限の返事をされただけで、それ以上の会話は無い。公園であったやりとりなどまるでなかったかのようだった。


 (そんなに辛い事なのかな…………自分がAIだって事が……)


 司は百合をとてもAIとして見る事などできない。


 実体を持ち、人間らしい仕草の塊である篠々木唯を機械と思うなど不可能で、好意まで抱いている始末だ。


 百合はあまりにその容姿や雰囲気が人間味に溢れている。触れられない以外は自分と全く変わらない。


 「…………機械……か……」


 司はAIであるなど全く気にする事では無いと思っているが、それは自分勝手な思い込みなのだろう。


 実際、そのAIである百合はかなり気にしている。あの時の百合は血飛沫を撒くよう、静かに叫んでいたのだから。


 だが、だからこそ司は百合が人間と変わらない事を確信できる。


 (傷つく事ができるヤツを怖がるなんて……少なくともオレの周りにはいないよ)


 機体にやや激しい振動がやってくる。ヴァインが地上に到着したのだ。


 スクリーンに知らない森林の風景が映る。かなり遠くに街が見えるが、どうやらあれは新座山市のようだった。街の名前が表示されている。他の地名ある場所も名前を示していたが、今はそれらを見学気分で眺める余裕はない。


 後ろを振り返るとD22トゥーバイツの表示が前方を指し、距離はまだあるはずなのに姿を目視できた。映像は見ているものの、その実感はやはり見た時にやってくる。


 「大きさは千六百メートルあるそうだ。東京スカイツリーを四つ足しても、まだ災厄獣の方が大きいぞ」

 「そんなデカい災厄獣もいるんだな……」


 破格の大きさを持つ敵を認識し司は確認した。


 「合体いいんだよな?」

 「ブレイブアクセス実行に問題無し。接敵まであと七分五十秒。計画通り事態は進行中。三騎士の制御をココロシステムへ譲渡。最終合体確率は二パーセントを維持。声紋照合お願いします」


 事務的に百合は告げる。司の座席のそばにあるサブモニターが〝ブレイブアクセス オールグリーン〟とヴァインの全身図と一緒に表示していた。


 「よし! 成功するまで何度も合体いくぞ! ブレイブアクセ――――」

 「接近警報、逃げろ司」


 シグの警告と同時に凄まじい衝撃が走った。前以上に脳が揺さぶれる感覚。ヴァインが盛大に吹き飛んだのだ。


 「――――――がっ!?」


 けたたましく鳴るサイレンが稼働箇所の異常を知らせている。何か致命的な事態がヴァインに起こったらしいが、何をされたのかわからない。


 今わかるのは、ヴァインが新座山市に向かって吹き飛び無様に転がったという事だけだった。

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