第18話 再災厄のイベント
「状況を説明しろ」
中央作戦司令室では唯と折原を混ぜた数人の人間達が現在の状況を確認していた。
唯に指示された金本二尉が説明を始める。
「災厄獣、呼称名D22トゥーバイツが東京湾上空二千メートルに突如出現。その十秒後に移動を開始。進行中いくつか街を通り過ぎましたが被害はありません」
ロンバルディのメンバーが囲む机に地図が表示される。
そこには赤い点で印のつけられた災厄獣が地図上をゆっくりと前進していた。地図周囲の空いた部分には災厄獣の姿が映し出されており、その“大きさ”に誰もが目を見開く。
小さな町程度ならすっぽりと包んでしまえそうな大きさを持つ蛾が這うように空を飛んでいるのだ。
右羽についている黒い珊瑚のような塊が禍々しく、そこだけ意志を持つように蠢いているのが巨大な体躯に不気味さを与えている
空飛ぶ要塞と言っても過言ではない大きさを持つ災厄獣、それが羽を振動させながら上空から人間達を見下ろすように飛行していた。
「D22の進行直線上には新座山市があるためウェポンダミーを展開。ですが反応無し。これらの事からD22はD21と同じく“危機感知”をしていると思われます。その原因は新座山市の外れにあるヴァインと思うべきなのでしょうが、その可能性は極めて低いと言わざるを得ません」
「それだと先週まで狙われなかった原因がわからないからか」
唯がポツリと言葉を漏らす。
「はい。なので、D22が何を危険と見なしているのか不明です」
これまでもロンバルディ社は災厄獣をディスディルシステムで起動させたヴァインと三騎士で撃退しているが、その際災厄獣から基地自体を狙われた事は一度もない。
これは、災厄獣はブレイブヴァインなら反応するが、ヴァインや三騎士には反応しないためである。どうやら災厄獣からすれば分離状態のブレイブヴァインは“危機対象にならない”ようで目視でもされない限り襲ってこないのだ。
脅威になり得ない。つまり危険ではない、弱いと災厄獣から認知されているのである。
そして、かつて大量にあった世界の兵器達は十二年前の災厄獣の襲撃により全て破壊されており何処にもない。
つまり、今の地球上で災厄獣を脅かすような存在は無く“危機感知”されるモノなどあるワケが無いのだ
しかし、このD22トゥーバイツは何か目標を目指しているかのように進行してくる。
それはまるで十二年前ブレイブヴァインに群がった時のようで、この行動は過去と酷似していた。
「現状の進行速度と方向から予測すると新座山市まで残り三十分で到着します。そして一番の問題なのですが、D22の等級はオルゴンデール級です。これはヴァインや三騎士で対処できるレベルを超えています」
災厄獣には等級があり、下からアジューラ級、ヴィスドア級、グェイズム級、ゾドルド級、オルゴンデール級、カイザー級と上がっていく。
ヴァインや三騎士で通常対処できるのはヴィスドア級までとされており、それ以上の等級で勝つのは難しいとされていた。さらに、オルゴンデール級まで行けば対処不能と言われている。
多少は戦えるようになったとはいえ、これが今の人類の限界だった。
「体殻硬度予測は45000。オルゴンデール級で最上の硬度です。この硬度はヴァインの武装であるドミネートガンやシンクレアではとてもダメージを与えられません。現状でD22に対処できる方法は“非情な選択”だけであり――――――」
「――――ブレイブアクセスを実行しろ。ならば問題はずだ」
呟かれた折原の言葉が場の空気を一気に凍らせる。
「た、たしかにブレイブアクセスができれば問題はかなり解消されますが……しかし……」
「我らは死刑宣告を聞くため集まったワケでは無い。パイロットのいる今、ブレイブヴァインへの合体は可能となったはずだ」
ブレイブアクセスとは三騎士とヴァインの四機を合体させる音声キーワードの事だ。
パイロットが「ブレイブアクセス」と叫ぶ事で合体シークェンスが開始されブレイブヴァインが誕生する。デスディルシステムに頼らない本来の方法であり、司というパイロットを得た事で可能となった災厄獣への対処法だった。
しかし、それは可能であっても決して簡単な事では無い。
「で、ですが! 現在の成功確率は一パーセントしかなく、とても打開策と呼べるモノではありません! それに災厄獣からの被弾でヴァインが破壊される恐れも十分あります!」
「今回の敵はザコでは無い。一パーセントでも勝てる見込みがあるなら上等だろう。例えヴァイン破壊のリスクを抱えているとしてもだ。これまでの我らなら、このオルゴンデール級に対して戦う準備すらできなかったはずだからな」
これまでロンバルディは二十体の災厄獣を倒している。だが、それはどれもヴィスドア級やアジューラ級ばかりであり“運が良かった”だけだった。グェイズム級を超える災厄獣と戦った事は今まで無く、本来であればこの戦いは負けるはずだった。
しかし今は――――――――ほんの僅かな勝利の可能性がある。
「この一パーセントは人類の狼煙であり災厄獣への挑戦だ。このブレイブアクセスはどんなに難しくとも成功させなくてはならない。我らと災厄獣の戦いはこれからも続くだろう。そのためにブレイブヴァインという戦力は絶対に必要だ」
人類が存亡をかける一パーセント。
それにかけるしか無い事は不安がる金本を含めた全員わかっている。
しかし、地球の運命を託す可能性として、その数値はおそらく低い。
「一パーセント。この数値が…………今の人類の全てなんですね」
だが、覚悟を決めるしかない。
どんなに低い確率だろうとも、それは今の人類が災厄獣に抗える最高の数値なのだから。
「そうだ。だが、我々は一パーセント以外にも“使い捨て手段”を用意する必要がある」
折原は言った。
「ブレイブアクセスが続行不可能となった場合、エルポノルユーリに“無理矢理”ブレイブアクセスを行わせる。デスディルシステムの使用タイミングは金本二尉が判断し、アクセス権を使え」
「……わかりました」
その折原の提案に金本は返事をして頭を下げた。
だが、決してその顔は晴れやかではない。むしろ、悲痛に歪んでいる。
「人類が滅ぶ事だけは絶対にあってはならない。例えそれがその場しのぎであり、その結果が救世主の残骸なのだとしても」
本来はもう百合にデスディルシステムによるブレイブヴァインの合体はできない。
だが、それは決して不可能という意味ではないのだ。
百合は“あと一回だけなら”デスディルシステムを“全開”で使う事ができ、中央司令室からでもヴァインや三騎士を一時的に操作できる強制アクセス権を使えば、同システムを起動できる。
だが、それによる百合への負担は半端なモノでは無い。
全開のシステムを傷ついた自分で無理矢理起動させるのだ。その身に走る負担は想像を絶するモノだろう。
ならば、当然そこにはリスクが発生する。
「意見ある者がいなければ作戦会議はこれで終了とする」
そのリスクとは何なのか。
それを知っているから金本は顔を悲痛に歪め、それを“言わせなかった”折原に頭を下げたのだ。
「これでいいな副司令?」
折原が唯に肯定を促す。その声は途轍もなく冷淡だった。
「…………はい」
唯は当然知っている。今の百合にデスディルシステムを無理矢理使わせればどうなるのか。
デスディルシステムを百合に使わせればエルポノルユーリは初期化される――――――――今の百合は何処にもいなくなってしまう。
「…………………………問題ありません」
これは篠々木百合という個人が死んでしまう事を意味しており、それと同時に十二年前人類を救ってくれた英雄にこれ以上ない“侮辱”を行うという意味でもある。
これは間違いなく外道のする行為だった。
「では作戦を開始する。篠々木司、バルビルシグナス、エルポノルユーリにはすぐ合体シークェンスに入らせろ」
「…………はい」
それを知った上で唯は折原に肯定の返事をした。
「……………………」
唯の腹の底から「お前達は百合に全て押し付け満足して生きるつもりか?」という言葉が這い上がってくる。
だが、それが口に出る事は無い。上に立つ者は“そうする事”を必要とされている。
唯は三秒程立ち尽くした後、重くなった体を動かし部下達に指示を降り始めた。
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