第17話 存在理由のイベント

「あれ? 司じゃない。何してんのよ?」


 知ってる声がした。司が声のした公園の入り口へ振り向くと、そこに紅夏と順英二人の姿を見つける。


 「ほー、いつの間にこんな可愛い子と知り合ったんだ? まさか、紅夏という幼なじみがいながら彼女を作っていたとは」

 「…………何で私の名前が出てくんのよ」

 「お前ら何でこんな所いるんだ? 家はこっちじゃないだろ?」


 この住宅街は司達の住む場所とは反対方向にあるため、ここに二人がいるのは不自然だった。


 制服を着ているが学校帰りなのだろうか。だが、今は夏休みなので制服を着て出歩いているのはおかしい。


 「制服なんか着てるし、お前ら部活入ってたっけ?」

 「部活じゃないわよ。栗原先生のお見舞い行ってたの。こないだの事件で入院してるからさ。クラス代表ってヤツよ」

 「ああ、そういう事か」


 その事は順英のメールで知っていた。


 司がヴァインに乗ったあの時、大半の住民は無傷でシェルターに移動できたが、数十人程は怪我をしてしまったのだ。


 その中に司達のクラス担任である栗原が含まれており、足の骨を折ったとかで今は入院中となっている。


 だが、司は本人が至って元気なのを話で知っていたので全く心配しておらず、むしろ忘れていた。


 「担任が入院したのに教え子が誰もいかないってのは変だろ? だから、オレと紅夏が見舞いに行ったってわけ。まあ、話で聞いた通り元気だったけどな」

 「栗原先生はどんぐらいで退院すんの?」

 「夏休み中には完治するらしいわよ。新学期には間に合うってさ…………って、今は栗原先生の話なんかどうでもいいっての」


 チラリと紅夏は百合の方を見る。


 「その子は? ホントに司の彼女なの?」

 「……違う」

 「なんで少し間を作って言うんだ?」


 順英のツッコミが入る。


 好意を抱いているのは本当だが、それをあっさり言う程司の器は大きく無い。否定するのに二秒かかってしまったが。


 「この子は篠々木百合。あ、コイツらは名瀬沢紅夏と穂蓑順英って言うんだ。幼なじみでオレのクラスメイト」

 「は、初めまして…………さ、篠々木百合と言います……」


 緊張を顔に思い切りだしながら百合は二人の礼をする。カクカクの九十度のお辞儀だった。


 「篠々木って、名字が司と一緒なのか。もしかして司の親戚? いとこ?」

 「え……あ、そうですね…………うーんと…………えーと……えーと……」


 なんとなく聞いた順英の質問だったが、百合は本気で悩み考える。


 「…………あ、そうか。えと、私は司さんの妹ですね。唯お姉ちゃんなんだから、司さんはお兄ちゃんになるはずです。そ、そうです! きっとコレであってると思います」


 おそらく、面倒くさくなりそうな事を百合は言い放った。


 「…………どういう事なの司?」


 ギギギと首を動かし紅夏が聞く。


 「え、えっとだな……………………そう! 姉ちゃんがオレの知らない親戚筋から最近預かって来た子でさ。オレも先週初めてあったんだ。偶然にも今日街中で会ったから一緒に買い物してたんだよ」


 とっさの嘘がつけたのは奇跡に近かった。我ながらよく口が回ったモノだと関心し、司は紅夏と順英の反応を見る。


 「へぇー、そんなラッキーがホントにあるとはな。これはかなり凄く美味しく羨ましいぞ」

 「ふーん、そんなのが本当にあるもんなのね。百合ちゃん、もし司から変な事されたらすぐに唯さんに言うのよ? あっという間に血祭りにしてくれると思うから」

 「は、はい! お、お姉ちゃん凄く強いですから、司さんの十人や二十人くらい簡単に倒してしまうと思います。あの身体能力に勝つには薬物の投与でもしければ無理でしょう。それでも司さんが一対一で勝つにはキツイでしょうが」

 「その通りだけども……傷つくような気がするのは何故だろう……」


 言ってる事はアレだが、どうやら二人は信じてくれたようだった。


 百合も空気を読んでくれたようで二人の会話に混ざっている。緊張している様子が会話から伺えるが、さっきの自己紹介の時と比べればかなりマシになっている。


 百合なりに一生懸命打ち解けようとしているようだった。


 「あ、そうだ。学校は何処に通うの? ひょっとして私達と同じトコ?」

 「え……あ、えと……それはですね……」


 百合が司をチラチラと見て助けを求める。


 ヘタに答えられない内容なので話せなくなったのだろう。地元である新座山市の話題になると言いにくくなるのは仕方ない。


 「あー、それはだな――――」


 司は適当な高校名を言って二人を納得させようとしたが、それは無理だった。


 「――――百合が転校するのは君たちと同じ学校だ。たしか能美坂(のみさか)高校と言ったか。新学期になれば君たちと同じ制服を着ている事だろう」


 突然シグがとんでもない事を言い放ったからだ。


 紅夏と順英がいる間は黙っているものだと勝手に思っていたので、この発言は内容的にも不意打ちだった。


 「……え? ええッ!?」


 百合にとってもどうやら不意打ちだったようで、胸元にぶら下がっているシグを凝視している。


 「ちょ、ちょっと何言ってるんですかシグ!」

 「百合が転校するという事を言っただけだが? 別段、驚くような事ではない」

 「驚きますよ! 誰がそんなの決めたんですかッ!?」

 「私が今決めた」

 「意味がわかりませんッ!」


 あたふたと混乱している百合を上にシグは淡々と喋り続けている。


 それを見ている司は一人と一個に何を言えばいいのかツッコめばいいのか考えてしまうが、それ以上に考え込んでいる二人が目の前にいた。


 「え? 何? 何が喋ってるの? そのアイポッドみたいなのが喋ってるの?」

 「マジで? ちょっと信じられないんだけど、百合ちゃんの首から下がってるソレなんか喋って無い?」


 驚くのは無理もない。機械が詰まった長方形が突然喋り始めれば誰だって驚くに決まっている。


 しかし、シグは驚く二人を見るとフヨフヨと百合の胸元から、フヨフヨとその身を移動させ話しを続けた。


 「紅夏、順英と言ったか。どうか百合と仲良くしてやって欲しい。何分、内気な子でな。君達のような友達がいれば随分と助かる」

 「え……あ…………も、もちろんよ! 百合ちゃんは是非とも友達になってもらうわ」


 突如喋った小さな存在に多少圧倒されながらも紅夏は好意的な返事をする。


 「そう言ってもらえると嬉しい」


 シグは紅夏に礼の言葉を返した。ディスプレイにはドット絵で描かれた人間が頭を下げる姿が描かれおり、どうやらこれはシグなりのお辞儀らしかった。


 「ま、待ってください! 勝手に話を進めないでくださいよッ!」

 「百合の友達なんだ。話ぐらいしても別にいいだろう」

 「そういう事じゃなくてッ! いや、そういう事もありますけど! なんで私が学校に行く話とかしてるんですかッ!?」

 「何だ? 百合は司や紅夏や順英と一緒に学校へ行きたくないのか?」

 「う……」


 百合の言葉が詰まる。


 「百合、お前はもっと素直になるべきだ。唯はお前のワガママを断りはしない。世界で一番最初にお前の事を想い、考え、悩んでくれた人物なんだ。学校に行く事など二つ返事で了承するに決まっている」

 「そ、そうかも…………ですけど…………」

 「お前の世界は司と出会った事で広がりを見せている。そうでなければ司に買い物を頼んだり一緒に街を歩くなどするワケがない。他人と自分に距離を置く事を当たり前としてきたのに、司ではそれが無かった。これは変化と取るべきだ」


 シグは饒舌に話を続けていく。


 相変わらず起伏の無い声なのだが、何故かそこには慈愛と苛立ちの両方が混ざっている感情が見え隠れしていた。


 「ふれあう事を怖がるな。お前はもっと胸を張るべきだ」


 少なくとも司が知るシグでは無い。一週間前の印象とはかなり違う。


 「…………ダメ……ですよ」


 喉から絞り出したようなか細い百合の声が聞こえた。


 「だって……私は触れる事ができない存在なんですよ。人とは違うんです……私は……違うんですよ…………」

 「違わない。お前と司達には何の差も無い。触れる事など何の問題でもない」

 「ありますよ……やっとみなさんに日常が戻ってきたのに……そこへ私みたいな異質がやって来るなんて……嫌われるに決まっています。災厄獣のような“生きる機械”みたいな私は…………本来一緒にいてはいけないんです。ダメなんです……人間でないモノが人と同じ日常を送るなんて……」

 「お前は災厄獣などではない。自分を同列に語るな」

 「同列ですよ。災厄獣と戦える機械なんて…………それと同じ恐怖の対象じゃないですか」

 「百合、それは唯への侮辱だ。理解して言っているのか?」

 「ダメなんですよ…………私は人や動物や植物が大好きですけど…………それと同じくらい怖がってるんです」

 「百合」

 「私、学校なんて絶対行きたくありませんからッ!」


 百合は振り返るとそのまま走っていき茂みの中へと姿を消す。戻ってくる気配は無さそうだった。


 「わんわんわんわん!」

 「ま、待てよッ!」


 すぐに百合の後をダイスケが追う。司も百合を放っておけなかったので続いて後を追った。


 「…………え? アレッ!? 何処行ったんだ?」


 だが、すぐに茂みを突き抜け向かい側の住宅路に出てしまった。


 百合はこの道を走っていったはずだが姿が見えない。即座に後を追ったはずなので、見えなくなるというのはちょっとおかしかった。


 「わんわんわんわん!」


 ダイスケは全力で住宅路を走りその姿を消した。消えた主を捜すべくやっきになっているらしい。一通り探し尽くすまで戻ってくる事は無さそうだった。


 「この公園はロンバルディ社地下基地の直上にあってな。以前、司が寝ていた百合の部屋のそばにある。あの茂みの中にある隠し通路を通って帰ってしまったようだ。もう追いつく事はできないだろう」

 「もっと早く言えよ…………アイツ何処か走って行っちゃったぞ……」


 司はダイスケが消えた方向を見て思わずシグに呟く。


 「あと、やっぱ姉ちゃん公私混同してるな……間違いない……」


 どうやらこの公園は百合にとって立ち寄る場所であり帰る場所でもあったらしい。ダイスケの世話ができているのも基地のそばだからできているのだろう。


 「百合ちゃん……どうしちゃったの? あと、その……えと、今頃だけどソレが何なのか気になるんだけど?」

 「うむ。走って行った百合ちゃんも気になるが、そのアイパッドも気になるな」

 紅夏と順英も茂みを抜けて司のそばへとやってきた。だが、百合が何処に行ったかわからないため、とりあえず目下の疑問を解消する事にしたようだ。

 「あ……えと、コイツはだな…………」


 言っていいモノかと迷うが、シグが二人の前で喋った以上隠すつもりは無いのだろう。司はシグが止めようとしないのもあって簡単な説明をしようとした。一応、ブレイブヴァインの事だけは隠すと決める。


 「あの有名な会社のロンバルディ社って所の機械で名前はシグって言うんだけど――――」


 だが、それ以上の説明はできなかった。突如、耳を突く大きな音が鳴り響いたからだ。


 それは避難サイレンの音。


 再び災厄獣が現れた合図だった。

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