第16話 過保護のイベント

 「えっと、最後はここですね」

 「ま、まだ寄る所があったのか……」


 司は両手にビッシリと紙袋やビニール袋を下げて百合の後ろを歩いていた。


 住宅街の中心にある公園に入り、百合と一緒にベンチへ座る。両手をフルに使っての荷物持ちは久しぶりだったので中々疲れた。


 あの後、大量の本を買ってきた司だったが百合の買い物はそれだけではなかった。他にも欲しいモノはまだまだあったようで、それに司は全て付き合ったのだ。


 百合が行った所は様々だった。


 デパートにゲームセンターにホームセンターにスーパー、商店街内にあるブティックやパン屋や薬局やメガネ屋なんかにも立ち寄り、行き先に規則性は無い。

 興味が沸いた場所には全て立ち寄っているようで、それら全てに付き合うのはかなりの骨だった。


 だいたいは店内やショーウィンドウを見る程度で終わるのだが、買うと決めた場所では思い切り買うため、百合の荷物は司の両手を塞いでいる。


 買った物のほとんどは本と食料品なのでかなり重い。最後に立ち寄った場所が公園でよかった。ベンチに物が置けるため休憩できる。


 「公園に何の用あるんだ? ここに何か売ってんの?」


 しかし、百合が様々な店に立ち寄ったのは意外だった。思えば、百合は漫画を読むのが好きみたいだが、その漫画はいつも自分で買いに行っているのだろうか。




 ――――人の形をしたAIなんて変だなって、私も思ってますから。




 あの発言は百合の人に対する消極さを表しているものだと思った。ちっとも楽しそうでなかったあの笑いはAIである自分を嫌がっているように見えた。


 しかし、百合は買い物を純粋に楽しんでいた。いくつもの場所を回ったのがその証拠だ。道行く人に触れないよう気をつけて歩いていたのは見て解っていたが、それだけだ。外を歩く事を嫌がっている様子は何処にもなかった。


 これは矛盾だった。


 人に触れられない事を“本当に”恐れたり悲しんだりしているなら、外を出歩くというリスクなんて絶対犯さないはずなのに。


 「いえ、ここには買い物に来たワケじゃありません。会うために来たんです」

 「会う? ここに誰かいるの?」

 「えーと…………見あたらないですね。ちょっと呼んでみます」


 今の百合は出会った時の姿であるワンピースに着替えている。


 あの格好で歩き回るのはどうかと思ったためデパートで服を買ったのだ。


 本来ならもっと似合う服装があったのだろうが、司にそんな知識は無いため(百合にもなかった)最初見た服装と同じ物を買った。


 服の知識に疎い司が選ぶのに一番リスクが少ないと判断したためである。


 まあ、百合の白いうなじや肩が大胆に司の目に刺さるのはかなり堪えたが、これはワンピースでなくとも一緒だろう。夏である以上、薄着だったり露出が高くなるのは避けられない。


 「ダイスケー! ダイスケー何処にいるんですかー?」


 公園内を歩きながら百合は誰かの名前を呼ぶ。ここで待ち合わせでもしていたのだろうか。唯から話を聞いた限りだと百合は外での知り合いはいないはずだ。


 しかし、唯は何者かの名を呼んでいる。


 (ダイスケ…………誰だ? 呼び捨てなのが微妙に気になる…………)


 何となく落ち着かず百合の様子を見ていた司だったが、その疑心はすぐに安堵に変わる。


 百合がダイスケと呼ぶ誰かの正体がすぐにわかったからだ。


 「ダイスケー! 今日も元気で何よりです」


 尻尾を振って駆け寄ってくる子犬、ダイスケはすぐに百合の前にやってくると餌を待つように待ての姿勢をした。それを確認して百合はビニール袋の中からめざしを取り出す。どうやらダイスケの餌らしい。


 「あれ? この子犬って」

 「あ、司さん気づきましたか」


 ダイスケに司は近づきすぐに気がついた。


 間違いなかった。ダイスケはあの日、倒れた百合のそばにいた子犬だった。


 百合の飼い犬っぽかったのに基地内にいなかったので気になっていたが、どうもこの公園を住処としているようだった。


 「わんわん」


 百合からもらっためざしを美味しそうに食べる。一匹目はすぐに食べてしまい、二匹目もすぐに食べてしまった。三匹目を要求するように再び待ての姿勢を取り、百合は三匹目のめざしを与える。


 「お前、犬なのに猫が好きなの喜んで食べるのな」

 「わんわん」


 めざしを食べつつ、ダイスケは器用に司へ返事をする。


 「もちろんドッグフードも食べるんですけど、めざしが一番喜ぶんです。犬なのに変ですよね。フフフ」


 ダイスケに餌をあげる百合はかなりご機嫌だった。司にとって百合はオドオドしている印象が強いため新鮮な表情だ。


 「…………こいつ」


 そういえば、ダイスケは百合からの餌を待つだけで他は何もしようとしない。


 一定距離を保ち百合に近づこうとしないのだ。尻尾を振り、喜ぶ主に返事をするよう吠えても距離を開けている。


 「結構、利口なヤツなのかもな……」


 おそらく、ダイスケは主が何者なのか知っているのだろう。主に触れるという粗相をしないよう自分で注意しているのかもしれない。


 「…………………………ハッ!?」


 ふと、司は自分がどんな状況になっているのか気がつく。


 今頃になって司はダイスケの前に百合と一緒に並んで座っている事に気がついたのだ。


完全に無意識でやった事だが、その大胆な接近に司は心の中でガッツポーズし、同時に心臓がシバリングする。


 現在、外に音が漏れそうなくらい鼓動がうるさい。意識しなければよかったと司は後悔し、その体を緊張させる。


 「な、なんでこんな所で餌あげててんの? か、飼ってるるんなら基地内で上げればいいっのに」


 声が裏返り、言葉をトチり、どもらせ、司の顔が赤くなる。だが、言い直すような間抜けな真似はしない。


 「あ、それがですね。基地内でペット飼っちゃいけないってお姉ちゃんに言われているんですよ。なので、ダイスケはここでこっそり飼ってるんです。犬小屋だってあそこにあるんですよ」


 司の声や言葉に気づいているのか無視したのか、唯は茂みを指さした。その茂みは不自然にこんもりしており、どうやらあの中に犬小屋があるらしい。子供が派手に遊べば見つかりそうな位置に思えるが、その辺は大丈夫なのだろうか。まあ、大丈夫だから犬小屋が置かれているのだと思うが。


 「…………は?」


 って、ちょっと待て。


 「公園で犬飼ってる? 犬小屋まで置いて? しかもこっそりとか、んなバカな」


 思わずツッコミを入れる。


 「え? 飼えてますよ? この公園にダイスケが住んで半年くらい経ちますけど問題は起きてませんし」

 「わんわんわん」

 「なん……だと……?」


 そんなバカなと再び言いたくなるが、百合に断言されては納得するしかない。

 普通考えて公園で子犬など飼えるワケが無いのだが、何か不思議な力でも働いているのだろうか。


 「………………待てよ?」


 いや、これは間違いなく“不思議な力”が働いているのでは?


 「どうした? 私に何かついているのか?」


 何となくシグを見てしまったが「そんなバカな」と思いすぐに視線を外す――――――が、もしかするかもしれないと司は考える。


 「いや、まさか…………なぁ……」


 たしか、公園はロンバルディ社の建設した物が多いはずだ。


 この公園もそのはず。今の世界各地の慈善事業でロンバルディ社が関わっていない所を探す方が難しい。


 そして、自分の姉である篠々木唯はロンバルディ社の災厄獣対策室の副司令。災厄獣対策室がどれだけの部署なのか知らないが、副司令という肩書きは伊達じゃ無いだろう。


 それなりの権力を唯は持っているはずで――――――公園の一つくらいどうにでもできるのでは無いか?


 唯は百合を溺愛しているように思えるので、そんな想像をしてしまう。


 「なあ、ダイスケはこっそり飼ってるんだよな?」

 「なぜ私に聞く?」

 「いや、なんか通じてそうだから」

 「何にだ?」

 「美味しいですかダイスケー?」

 「わんわんわん」


 まだダイスケはムシャムシャとめざしを食べ続けている。それを百合は笑顔で見つめ、司は不安気な顔をしながらシグを見ていた。

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