第11話 戯れのイベント
「…………何処だここ」
司が目を覚ましたのは知らないベットの上だった。暖かい布団に包まれ、窓から心地よい日差しが部屋全体を照らしている。
かなり殺風景な部屋だった。真っ白な部屋で飾りっ気が全く無い。ベット以外は何も無く、何処か異世界にでも迷い込んだ気分にさせてくれる。
「…………ん?」
濡れタオルが落ちていた。気づかなかったが額に置かれていたらしい。額を触ると少し冷たかった。タオルを変えて間もないようだ。
見るとすぐ隣に水の入った洗面器が置かれている。自分の財布や携帯もだ。
「誰か……オレの面倒を見てくれてるって事か……」
他に誰かいる。今、この部屋には自分しかいないが。
「よいしょっ、と」
ベットから降りる。眠気は完全に消えており、体は健康そのものだ。
司はベットの横に揃えて置いてあった靴を履いて財布と携帯を掴み取る。
何にせよまずは状況だ。このまま再び寝る気にはなれないので、とりあえず司は外に出る事にした。
部屋の扉を開ける。
「…………うわぁ」
部屋の外に広がるのは一面の花畑だった。今の季節は夏だが四季関係無く花が咲き乱れている。桜まで咲いており、夢かと疑いたくなるような風景だった。
「すごい風景だな…………どうなってんだコレ」
近くに立っていた桜の木に近づき手を添えて見るが、そこでおかしな事が起こった。
「……え?」
すり抜けてしまったのだ。司の手は桜の木に触れずそのまま突き抜けた。
触った感触が何処にも無い。どうやら、この花達は立体映像のようだ。
「…………これって」
前に似たような体験をした事を司は思い出す。この感覚はたしか――――
「いつ目が覚めるのかな…………司さんには悪い事しっぱなしだ……人がヴァインを操縦するとあんなに疲れるなんて」
声が聞こえた。
司が振り向くと、少し離れた場所で膝を曲げて花を愛でている少女の姿が見える。
そう、彼女は司と違って何故か花に触れる事ができていた。
(これはきっと…………“そういう事”なんだろうな……)
理屈はわからないが、もう司には彼女がこの花達と同種の存在である事に気づいた。
だが、そう理解しても彼女に対する思いは変わらない。
(だってそんなの関係無いし…………)
コックピット内で見た時と同じワンピースの姿を見て司は思う。
咲き乱れる花の中に一人立つ美少女の姿はとても絵になっており、再び司の心音が高鳴り頬が赤くなった。
「でも、司さんの寝顔……ちょっと可愛かったな……初めてあんな近くで人の顔を見たけど…………ふふふ、ちょっといたずらとかしたくなっちゃった」
花を愛でている少女の表情はにこやかだった。誰もが振り向くような笑顔で――――――何やら司が非常に気になるような事を呟いている。
(い、いたずら? オレに? ど、どんないたずらを……)
気になって仕方ないが、台詞の続きは聞けなかった。元々小さな声で喋っているので、かなり聞きずらいのだ。
少女の独り言を出歯亀のごとく聞くのはいけないと思いつつも、気になるのでは仕方ない。司はなんとか聞き耳を立てようと集中する。
本当はもっと近づきたいが、桜の木から少しでも離れれば自分の姿が完全に見えてしまう。
「ぬぅ……何を……何をあの子は言って――――」
「ここで何をしている」
背後から聞こえた声に司はビビった。
「ぬおっ!?」
「ぬお、ではない。何を驚く事がある」
即座に後ろを振り向き司は声の主を確認する。
「…………何これ?」
振り返って見えたのは空飛ぶウォークマンだった。コンパクトな画面とヤジロベーのような手をつけて、その“機械”は浮いていた。
その愉快な物体を見て司は思わず目を擦る。
「お前が見ているのは幻ではないぞ。私だ」
「私って誰よ?」
「シグだ。それなりに喋ったはずだが」
呆れたようにシグは言った。腕を組み、画面にため息の表示を出す。
「オレ、AIって会話の流れで聞いたから実体無しと思ってたんだけど? え? 何? 最近のAIってこんな格好してんの? 世界はこんな技術革新してるの?」
「そんなに私の姿が気になるのか」
口調は冷徹なままだったが、頭を掻き(ウォークマンの上部分を頭と言っていいのかわからないが)シグは照れた仕草をする。口調と発した言葉のかけ離れっぷりがAIと言うべきなのか、司はとりあえずそれ以上は何も言わなかった。
「百合が心配している。こんな所に隠れず挨拶でもしたらどうだ」
「ユリって……あの子の名前?」
「そうだ。篠々木百合(ささがきゆり)、それが百合のフルネームだ」
ずっと名前が気になっていたがユリという名前らしい。できれば本人から自己紹介されたかったがそれは贅沢というモノだ。
「ユリ……百合か……」
百合という、その容姿にも相応しい可憐な名前を聞いて司はとても少女に似合っていると感動した。
「そうか篠々木百合って言うのか。良い名前だ。しかも苗字が同じとは素晴らしい」
司は名字が同じという根拠も何も無い繋がりに運命を感じた。
そして「名字が同じなので呼び合う時は名前かぁ」と勝手に妄想し、百合との学園ライフを自分勝手に展開した。
その妄想は青春あり、ときめきあり、少しのエロありといった内容で、無意識にだらしない顔になる。
「いきなり名前で呼び合う仲になれるなんて、なんてラッキーなんだろう! 同じ苗字万歳!」
「ラッキーでは無い。唯の妹なのだから篠々木なのは当然の事だ」
名前を呼び合う仲を勝手に想像していた司の脳内にヒビが入る。
「…………何て?」
「唯の妹だ。だから篠々木だ」
「もう一回いい?」
「唯の妹だ。だから篠々木だ」
二回聞いてみたが全く同じ答えが返って来た。
「……嘘でしょ?」
「本当だ」
「またまたぁ」
「本当だ」
「からかうのうまいなー」
「本当だ」
「騙されないってーもー」
「本当だ」
「そんな虚偽誰が信じるってー」
「本当だ」
「このAIは妄言うまいなー」
「本当だ」
「最近の機械は空言言うんだなー」
「本当だ」
「なんて事だ……」
断言し続けるシグを前に司は頭を抱えた。
「……バカな……そんな事オレは知らんぞ……」
唯に妹がいるなど司は知らない。
たしか篠々木家は四人家族のはずだが――――――一体いつから五人家族になっていたのだろう。
つか、弟である司が五人目の家族の存在を知らないワケ無いのだが、不思議な事に全く記憶に無い。
「そんなバカな……オレにもう一人家族なんているワケが…………てか、家族じゃ恋愛できないじゃんか! イチャイチャウフフしたい妄想したオレが危ない人じゃんか! この高鳴る鼓動をどうしてくれるのって感じじゃんか! 結構強めのエロい妄想をイチャイチャとウフフに入れちゃったじゃんか! それ禁断の妄想じゃんか!」
「何が禁断なんですか?」
「ぬあ!?」
いつの間にか百合が司のそばにやって来ていた。シグと同じく背後に立ってた百合に司は二度目の驚き反応をする。
「…………何処から聞いてましたでしょうか?」
「イチャイチャウフフしたい妄想したオレ危ない人じゃんか、って所からです」
「うっぎゃああああぁぁぁ!」
司はその場に撃沈した。
「ど、どうしたんですか!? しっかりしてください!」
そう言って百合は司に手を伸ばすが、ハッと気がついたように慌てて手を引っ込めた。
「よ、よくわかりませんが元気だしてください! イチャイチャウフフしたって司さんは危なくも強めなエロでも禁断でも無いですから! よくわかりませんけど!」
「わぎゃあああぁぁぁぁぁ!」
さらなるダメージが司を襲う。電気が流れたように飛び起き、司は頭をブンブン振り出した。体もやたらクネクネさせてその場で落ち着き無く動き回る。
「やめてぇぇぇ! 言わないでぇぇぇ! ぎゃああああああ――――――っと!?」
あまりにジタバタしたせいだろう。司は前のめりにバランスを崩し、百合の方へ倒れてしまった。
百合は反射的に避けようとするも間に合わない。予想しない突然の出来事で、さらに距離が近いのもあって完全にぶつかるコースに入っていた。
「ッ!?」
司は百合にぶつかってしまう事を心の中で一足先に謝った――――――が、それは無駄に終わった。
「おぶっ――――――って、あれ?」
司の体は“何にもぶつかる事なく”地面に倒れたからだ。百合が避けたワケでは無い。接触した事は自身の目で確認している。
「あ、そうか……」
司は思い出す。そうだ忘れていた。百合と初めてあった時、ガレキの中から助けようとして今と全く同じ現象が起こった事を。それに、さっきの花の件もある。
「……………………」
百合は何も喋らない。顔を俯かせ、その表情を司から隠していた。
「…………えーと」
司は立ち上がるが、そんな百合を見て黙ってしまった。俯く百合が話しかけて来る事を拒んでいるように見えたのだ。
「…………うーむ」
二人の間に冷たい空気の溝ができている。司は何とかこの嫌な空気を壊そうとするが、話題が全く浮かばない。
隣で浮かんでいるシグに助けを求めようとするも何の反応も無い。二人の様子をジッと見つめるだけで口を挟もうとはしなかった。
「気持ち悪い…………ですよね……」
「え?」
百合の自虐的な言葉が刺さるように響いた。
「人の形をしたAIなんて変だなって、私も思ってますから」
アハハと百合は笑うも、その表情はちっとも笑っていなかった。
「ちょ、ちょっと待ってよ。何の話をして――――」
「どうした? 何かあったのか?」
桜の木のそばの空間が自動ドアのように突然開き、そこから女性の声が聞こえた。
「唯か。遅かったな。もっと早く来るモノだと思ったが」
「書類整理と現場調整に時間がかかってな。来るのに手間取ってしまった」
シグに一通り説明すると唯はギロリと司の方を見た。
「お前…………百合に何かしたのか?」
「え? べ、別に何もしてないけど…………」
「本当だろうな?」
唯の全身から流氷のような威圧(プレッシャー)が司へ放たれる。
「百合に何かしたら私が絶対に許さんからな。例え、弟であろうと容赦はしない。全身の皮を剥いだ後、肉を焼きつつ痛覚神経を一つ一つ潰して生きている事を後悔させながら生かしてやる。永遠にな」
「そ、そんな言葉を弟に真顔で言わないでくださぁい……歴代姉ちゃんベスト十に入るくらい凄いんですけどぉ……メガギガ怖いでぇす……」
唯から場所取りをした時とは比べ物にならない恐怖を司は感じた。
「お、お姉ちゃん! 司さんもの凄く怖がってるからやめてください!」
慌てて百合が殺気立つ唯を止めに入る。
「あ! そうそう! それなんだけど!」
妹、お姉ちゃんと呼び合う二人。その唯と百合を見て、司は電気が流れたように反応した。
「ね、姉ちゃん! その百合って子が姉ちゃんの妹ってそこのウォークマンから聞いたんだけど、それは一体全体どういう事なの!? いつの間にそんな可愛いすぎる家族が増えていたというの!?」
「ウォークマンでは無い。私はシグだ」
さらっと訂正するシグには見向きもせず司は真偽を唯にたしかめる。
「妹である事が嘘か本当かと言うなら本当だ。そうだな…………お前にとっても妹でいいか。まあ、これは私が勝手に決めた事なんだが」
「……勝手に決めた?」
ポカンとした口調で司は言った。
「そうだ。百合には色々な事情があってな。機密事項も多くお前にはずっと話せないままだったが事情が変わった。災厄獣は再び人類の前に現れ、ヴァインと三騎士もその姿を晒したからな。もう隠す必要は無い。ヴィスドア級災厄獣を倒したのは見事だった」
「あ! それも! その事なんかも色々聞きたいんだ!」
「疑問には答えよう。これから私達ロンバルディ社に協力してもらうためにも」
雪崩のように司の脳内へ疑問が溢れ出てくる。いや、少し落ち着いたせいで思い出してきた。
百合の事以外にも、再び出現した災厄獣や、ブレイブヴァインでは無くヴァインという人型ロボットが戦った事など、他にも色々わからない事だらけなのだ。
どうやらそれらがわかるらしい唯には聞きたい事は山ほどある。
「そ、そうだよ! わからない事だらけでずっと聞きたかったんだ! えっと……その……ええと……うーん……」
脳内に多く溢れている疑問は司の口を噤む。
それを見た唯は少しのため息をついて先に話を始めた。
「まず、最初に言っておこう。お前の大好きなブレイブヴァインについてだが」
唯は断言した。
「百合はそのブレイブヴァインのメインAIで、十二年前お前を救った張本人だ」
「………………へ?」
司が一日も一時間も一分も一秒も忘れた事の無い、大切で大事な巨人の名前。
その巨人の中にいたのがそばに立っている可憐な少女だと聞いて、司は驚く前に抜けた返事を漏らしていた。
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