第9話 出撃のイベント
『攻撃警報! D21に急速なエネルギー反応!』
司令室にいるオペレーターがコックピットに危険を知らせる。司が前を見ると災厄獣が再び岩塊を発射しようとしていた。
今度は合計十発。さっきよりデカい。岩塊の切っ先がこちらを捕らえ完全に目標補足(ロックオン)されていた。
「司、操縦桿を持て。どうやら君にはこのヴァインを操る資格がある」
「ちょ、ちょっと待てよ! ヴァイン? ブレイブヴァインじゃなくて? てかオレの事知って――――」
「早くしろ。死にたいのか」
「くっ……だぁぁもうッ!」
司が操縦桿を握るのと災厄獣が岩塊を打つのは同時だった。
十個の岩塊が真っ直ぐにロボットを、ヴァインを狙う。一直線で狙ってくるその様子はミサイルというより魚雷だった。真っ直ぐな線を描き、並びを乱すこと無く迫ってくる。
「避けろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
司のかけ声と共にヴァインが空高くジャンプする。直後、二発が背後にあったビルに被弾。残り八発は飛び上がったヴァインを追走した。
「な!? アレ、誘導弾か!?」
「何故飛び上がった? これでは格好の的だ」
「今頃そんな事言うなよ!」
「迎撃準備。司、私の言葉を繰り返せ」
「な、何?」
ヴァインは最高点に達するとそのまま落下していった。スラスターもブースターも無いヴァインは空中で身動きがとれない。岩塊の正面に向かって落ちていき、串刺し落とし穴に落ちた盗賊のようだった。
「ドミネートガン。繰り返せ、でなければお前は死ぬ」
「ど、ドミネートガン!」
脅されたように司がそう叫ぶと、ヴァインの肩から二門の機関砲が現れ火を噴いた。
迫る八つの岩塊を狙うように角度を変えながら弾幕を展開し、一つ、二つ、三つと爆発が起こり岩塊を落としていく。
「す、凄い!」
「凄くはない。三発逃した」
爆煙の中、ドミネートガンの弾幕から逃れた三つの岩塊が起動を変化させながらヴァインに迫ってくる。ドミネートガンは間に合わない。近すぎる。迎撃は続けているが、落とす前に接触されるのは間違いなかった。
「や、やべッ!?」
「ヤバくは無い。装備が届いた」
処理しきれなかった岩塊がぶつかるかと思われたが、その直前で岩塊は爆発した。
突如ヴァインのそばに飛来した刃、それが岩塊を裂いたのだ。
「こ、これは……武器…………か?」
迎撃を終え、そのむき出しの刃はヴァインの前で命令を待つようにその身を浮かせる。
「シンクレアと叫べ。言えば装備可能になる」
「装備って…………さっきもだけど叫ばなきゃ使えないの?」
「そうだ。ヴァインの武器は音声認証で管理されている」
「使いにくそうだな……」
「仕様だ。諦めろ」
司が「シンクレア!」と叫ぶとヴァインの左前腕が隆起し、そこに開いた細広い穴にシンクレアが装着された。装着と同時にロックがかかり、シンクレアはむき出しの刃から剣へと姿を変える。
ヴァインの持つ近接武器だ。ドミネートガンと違って装着する武器を手にしたからか、司は少し安堵のため息を漏らした。
「よし、これで少しはまとも戦えるってことだな!」
「まともには戦えない。敵の猛攻が来る」
ヴァインは地面に着地、シンクレアを災厄獣へ構えるが、同時に災厄獣の甲羅から二十発以上の岩塊が何度も撃ち出された。完全に着地タイミングを読まれた攻撃だった。
「うわああああッ!?」
着地を狙われたため完全には避けられず二発の岩塊が被弾した。コックピットが大地震でも起きたかのように揺れる。台座に映っているヴァインの右腕がイエローに、胴体を示す場所が濃いオレンジに変化した。
「ぐっ!」
脳を直接シェイクされたような最悪な吐き気が司を襲った、だが吐いてる暇も無ければジッとしている暇も無い。司は揺れるコックピットの中、操縦桿を強く握りしめヴァインをその場から走らせた。
ドミネートガンは全力行使、だがとても全てを迎撃できない。岩塊の雨がヴァインに降り注ぎ、少しでも足を止めればその雨に殺されてしまう。
『ヴァイン右腕、腹部に被弾! 損傷率十パーセント!』
スピーカーから現状を知らせるオペレーターの声が聞こえる。司には十パーセントという数字が伝える意味をよく理解できなかったが、直撃した際の酷い揺れがダメージの酷さを教えてくれていた。
「攻撃予測とかできなかったのかよ!」
「AIである私にできる事は機体の管理とその制御と現状把握だけだ。戦闘行為自体は私のできる事では無い」
「薄情なAIだなおいッ!」
走り続けながら岩塊をドミネートガンとシンクレアで迎撃し続ける、災厄獣に何とか近づきたいが近寄れない。降って来る岩塊に精一杯でこのままではやられてしまう。
「他に武器は無いのか!?」
「無い。ヴァインの基本武装は少ないからな」
「威張るみたいに言うなよッ!」
「何とかこの状況を突破しろ。シンクレアを災厄獣に突き刺せれば我々の勝ちだ」
「んな事言われてもッ!」
迎撃を続けるが数が多すぎる。直撃では無いが岩塊爆発の衝撃でヴァインの状態はジリジリと悪くなっていった。
現在のヴァインの状態は全てが濃いオレンジ、特に足は常に激しく走り続けているのと、爆発による衝撃をモロに受けているためレッドゾーンに差し掛かろうとしていた。
「くそッ! このままじゃ…………」
「――――デスディルシステム起動。セントレイ、ゼルグバーン、ティーンベルを遠隔操作。援護…………開始」
司の背後、そこから再び少女の冷徹な声が聞こえた。少し苦しげだ。振り返りたい衝動にかられるが気を抜ける状況では無い。司は耳を傾けるだけに止めた。
「くっ……援護要請…………承認……三騎士、ロンバルディ中央基地より発進……」
苦痛に顔を歪めている以外は少女の状態は先程と変わらない。
だが、その周囲は司が見た時とは違って大きな変化が起こっていた。
少女が淡い赤の球体に包まれており、周囲にその球体の粒子が舞っている。その粒子は砂時計の砂が落ちるように少女から流れ出ており、何処かそれは流血を連想させた。
「デスディルシステムを起動できたのかユリ?」
「はい、ヴァインはココロシステムの管理下に置かれたので無理でしたが、三騎士には影響がなかったので動かせました。時間がかかってすみません」
「負担は?」
「ヴァインを操る方が疲れます」
「ワンワンワン!」
「……ごめんなさい。心配をかけてしまいましたね」
いつの間にか子犬は司の膝の上を離れ少女の元へと向かっていた。
だが、決して彼女にすり寄ろうとはしない。尻尾を振りながら足下で少女を見上げ、可愛らしい顔で主の無事を喜んでいた。
「え!? 何!? 何かどうかなったのか!?」
二人(?)が何を話しているか司には理解できない。だが、現状を変える何かが起こせたという事を直感で理解する。
「司さん、これから災厄獣に隙ができます。それを逃さず攻撃を」
「わ、わかった!」
少女に聞きたい事は色々とあったが、今は指示に従う事にした。まずはこの現状を脱しなければ何もできない。
しかし、隙ができるとはどういう意味なのか。
ヴァインの武装はこれ以上無いとシグは言っていたし、現状はギリギリ避け続けるので精一杯だ。それでどうやって隙を作るというのだろう。
「――――来ました!」
「え? 来たって何が――――――」
岩塊の大雨を防いでいると、突如その猛攻が緩くなった。だが、それを司が不思議と思う事はなかった。そこに起きた変化は一目瞭然だったからだ。
「――――援軍?」
災厄獣の近くに空から三機のロボットが現れたのだ。
当然、司の見た事の無いロボットで、そのロボット達がヴァインの援護を始めた。それでヴァインへの攻撃が緩くなったのだ。
大鷲と虎と狼、人型ではないその三機のロボット達は災厄獣へ全力で攻撃している。
「なんだ、あのロボット達……?」
大鷲は翼で舞うように斬りつけ、虎はその大きな体で体当たりを仕掛けていた。狼は素早い動きで災厄獣を翻弄し、時折災厄獣へ牙を突きつけダメージを与えていく。
そのまま倒せそうな勢いを感じるが相手は災厄獣だ。三機の援軍が来たとはいえ、あっさりやられはしない。三機へ乱れ撃つ岩塊は激しさを増しており、たった一体でも三機へ互角以上の戦いを繰り広げていた。
「ヴァインの三騎士。私の可愛い騎士達です」
「騎士?」
「聞くのは後にしろ。今なら災厄獣を倒せる」
ヴァインに降る岩塊の量が激減した事で災厄獣に近づく事が容易になっている。
事態が好転している間に災厄獣を倒さなければならない。三機は頑張ってくれているが、いつまでも持ちはしないだろう。
「よしッ!」
司はヴァインを真っ直ぐに災厄獣へと走らせる。災厄獣はヴァインに気づいているが、三機の攻撃が激しく手を出せない。岩塊は今以上に激しく射出はできないようで、ヴァインを迎え撃つ事ができていなかった。
「くらえッ!」
ヴァインの速度を落とさないままシンクレアを災厄獣の頭部へと突き刺す。
その瞬間、シンクレアを固定していたロックが解除され、飲み込まれるようにその刃が災厄獣の肉塊へ進入していった。
「離れろ。その剣は爆発する」
「そういう事は早く言えッ!」
シンクレアを突き刺し、すぐにヴァインは飛び上がりその場から離れた。
直後、閃光でコックピットモニターが真っ白になり爆音が轟く。
災厄獣が爆発したのだ。
「た、倒した……のか?」
ヴァインは着地、爆心地に災厄獣の姿が無い事を確認する。
破片や残骸は何処にも無く火災も起こっていない。少し焦げた地面があるくらいで、災厄獣のいた形跡は何処にも残っていなかった。
いくつものビルや家屋が破壊され周囲の惨状は散々たるモノになっているが、逆にこれだけで済んだのは幸運かもしれない。災厄獣が本当に暴れれば街一つくらい簡単に破壊しつくしてしまうのだから。
「D21バルドルを殲滅。作戦完了」
偉そうなシグの声が司を労った。
「はぁ……全く色々とワケわかんねぇ……」
終わったと聞いて体からげっそりと力が抜ける。リラックスできる状態がこれほど幸福だと思ったのは久しぶりだ。
「すみません司さん…………こんな戦場に巻き込んでしまって」
「え?」
シュンとした少女の声に司は振り返る。
「本当なら私がするべき事だったのに…………」
そこで見えたのは申し訳なさそうに俯く少女の姿だった。
泣きそうな表情ではなかったが、その様子は何処か壊れてしまいそうな氷細工を連想させた。ワンピース姿から見える白い肌と長い黒髪が一層その印象を濃くし、司の心臓をドキリと波打たせる。
「そ、そんな顔しないでって! もう終わった事だし、別にオレ全然気にしてないからさ!」
「ですが……」
「わけわかんなかったけど、多分役に立ってたと思うし! あと、災厄獣を倒すとかレアな体験もさせてもらえたし、空に飛び上がったのも楽しかったし、ミサイルの雨は迫力あったし、無我夢中で操縦できたし、君が無事でホッとしたし、唯姉ちゃんの声が聞こえてビビったし、偉そうなオッサン声は色々と言うのが遅いし」
「私の声はオッサンでは無い」
少女に「心配無用」とアピールしたかったため、とにかく司は色々と出てきた事全部並べ立て言ってみた。
「心配無いって! 君が気にする事なんか一つも無い…………って、ん?」
そこで当然の疑問に司は気がつく。
「なんでオレの名前知ってんの? もしかして何処かで会った事ある?」
「えっ? あ…………その……えと……それはですね……その……」
何故か少女はモゾモゾと体を動かし視線を司から逸らす。だが、反らしっぱなしは気になってしまうのか、時折視線を戻してまた逸らすを繰り返す。
(え? オレ会ったことあんの? でも、こんな可愛い子とあってるなら忘れるワケないし……え? 何処で……)
落ち着かない視線が司に向けられ何とも言えない気持ちになる。
「…………あのー、ごめん。オレとは何処で会った――――」
「わ、私は司さんの事なんか知らないです! 司さんの事を唯さんに聞いてるとかそんな事は一切ありませんから!」
「え? 姉ちゃんの事知ってるの?」
「――――あっ!」
少女の顔が赤くなる。どうやら思わぬ事を言ってしまい恥ずかしいらしい。
「うう……その……それは……えっと…………」
「……そういやさっき姉ちゃんの声が聞こえたな…………災厄獣のせいで忘れかけてたけど…………なんでこんな場所で……姉ちゃんの声が聞こえる……んだ……」
「…………司さん?」
「あれ…………なんかめっちゃ…………眠い……ぞ……なん……で………」
瞼が落ちて体から力が抜け、バタリと司はその場で倒れてしまった。
理由は不明。いきなりやってきた疲労感が司を眠りの世界に誘っていた。倒れた際に鼻をぶつけてしまったが特に気にならない。それぐらい今の司は眠かった。
(あ……そうだ…………)
完全に眠ってしまう前に、司は起きたら少女の名前を忘れずに聞こうと頭に刻み込む。
(ホント可愛い……よな……あの子……)
心臓の鼓動が高鳴ったのだ。そんな少女の名前を知りたいと思うのは自然な事だった。
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