第8話 絶望と希望のイベント

 「な……に……?」


 岩塊が飛んで来たのを見て司は死ぬ覚悟をしていた。


 走って避けられるようなモノじゃない事は本能で理解できたし相手は災厄獣だ。出会ったが最後、無事でいられる保証はゼロに近い。しかも、あの災厄獣はこちらを狙って攻撃してきた。生きていられる理由は何処にも無かった。


 なのに――――――――なぜ無事でいるのか。


 「これ……って?」


 その理由である目の前の光景、空から降って来たロボットに司は目を奪われていた。


 このロボットが降って来るや、突然その身を挺して岩塊をその身に受けたのだ。瞬間、爆発が起こったが司にも子犬にも少女にも被害は無い。衝撃は全てこのロボットが引き受けていた。


 司はロボットを見上げたまま、過去の事を思い出す。


 十二年前と似た光景、あの時もこうして助けてもらった事を。


 「ブレイブ……ヴァイン?」


 だが、すぐに違うと思い直す。目の前に現れたロボットはブレイブヴァインに似た面影はあるが小さすぎる。


 ブレイブヴァインは百メートル以上の大きさだが、このロボットは二十数メートルの大きさしかない。スラスターである翼も背中にはついてないし、体全体も細めだ。災厄獣を撃ち抜く拳は持ち合わせておらず、攻撃を完全防御できる厚い装甲も無い。


 ブレイブヴァインのような見た目の力強さがこのロボットからは感じられなかった。


 「コレって……なんだ?」


 ブレイブヴァインで無い事はわかった。


 だが、だとするなら何なのだろうか。この、何処かブレイブヴァインに似た機体は一体――――


 「ガレキに巻き込まれ気絶していたのか。どうりで返事が無いはずだ。やはり外出には私もついていく必要があるな」


 ロボットから声が聞こえた。無機質で事実だけを告げる冷たい声だ。


 だが、司には聞き分けの無い子供に怒って呆れている父親の声のように聞こえていた。


 無機質の中に何処か暖かみがあるような、そんな声だ。


 「生命反応、一名と一匹を確認。救助開始」

 「ワンワンワン!」

 「……あ」


 ずっとロボットを見ていた司だったが、ロボットの発した救助という単語に反応する。


 「そうだ! 助けてくれ! そこにガレキに埋まって動けない女の子がいるんだ! 早くガレキをどけてくれ!」


 このロボットならガレキを簡単に除去する事ができるはずだ。この少女について言いたい事はまだあるがそれは後でもいいだろう。今は彼女の安全を確保するのが最優先だ。


 「無論だ。だが助けるのは百合だけでは無い」


 ロボットは肯定し、その後注意するように司へ言った。


 「叫くなよ。大声は私の好むモノでは無い」


 ロボットの胸部からライトが照らされたかと思うと子犬と司の体が突如浮かびはじめた。


 「…………へ?」


 原理は全く不明だが一人と一匹の体が吸い込まれるように上昇していく。どうやら司と子犬を包んでいるライトの光が原因のようだが原理は全くわからない。


 ロボットの胸部が迫ってくる。


 「なんだコレ!? 何が起こってんの!? なんで浮いてんのオレッ!? てか、ぶつかるッ!」

 「ワンワン!」

 「叫くな。私の言った事が理解できなかったのか」


 呆れたようなロボットの声が聞こえる。


 「ぶつかるぶつかるぶつかるぶつかる!」


 胸部までの距離が激突寸前まで近づくと司は思わず目を閉じ――――――いつまでも起きない衝突をおかしいと思い目を開ける。


 「…………こ、ここは?」


 目を開けて見えたのは別世界と錯覚するような場所だった。


 全面に広がるスクリーンが付近の様子を全て映し出しており、十数メートルから見下ろした風景がパノラマのように広がっていた。


 前方にいる災厄獣もはっきりと映し出され、現れた“敵”に警戒している様子がはっきりと解る。


 膝の上には子犬が鎮座しており、その次に見えたのは二つの操縦桿だ。続いて、膝辺りに台座のように迫り出しているもう一つのスクリーン、おそらくサブモニターにロボットの簡略化された全身が緑色で映っていた。いや、胴体部分だけはオレンジで表示されている。


 「……もしかして」


 何が起こったのかわからないのは先程と同じだ。だが、この状況で解る事が司には一つだけあった。


 「ここって……あのロボットの中なのか?」


 そうとしか思えない。


 本物を見た事は無いが、司の現状認識がここはコックピット内だと完全に決めつけていた。


 「あ! そうだ! 女の子は!? あの子は助けたのかよッ!?」


 司は席を振り返った。コレがロボットである以上必ず操縦者がいる。完全AIで動いているロボットならこんなコックピット空間は無いはずなので、必ず誰かが乗り込んでいるはずだ。


 そう思い振り返ったのだが。


 「…………あれ?」


 後ろにも席はあった。二人乗りなのだろうか。司が座る席と同じモノが一段高い場所に設置されていたのだ。


 だが、そこには司が助けようとした少女が目を覚まして座っていた。司と話していた声の主は何処にもいない。


 「え? なんでいないんだ? 絶対おっさんが乗ってると思ってたけど……って、まあいいか。いや、良くないけど」


 気を取り直して少女に話しかける。


 「目が覚めてよかった、すごく心配してたんだ。怪我してないみたいだし無事で本当に――――え? 怪我が無い?」


 と、そこまで言って司は少女の様子がおかしい事に気がついた。


 「――――ルックス完全修復。外見、問題ありません」


 そう、体に怪我はなく、少女は目を覚ましてコックピットに座っている。着ている白いワンピースにも傷は無い。ガレキに巻き込まれて擦り傷や服に損傷があったはずなのだが、何故か消えている。


 (いや、それもだけど…………この子……)


 だが、そんな事より司の目を引いたのは少女の体が僅かに発光していた事だった。


 すぐに纏う光は消えたが、体が僅かとはいえ発光している女の子など、司は今まで会ったことなど無い。


 完全修復という言葉がひっかかるが――――――何か関係あるのだろうか。


 (ま、まあいいか。無事なら別にそんな事は…………いや、本当はよくないんだろうけど)


 整った長い黒髪と背筋を真っ直ぐに伸ばす凜とした姿は、彼女を見つけた時の心配を杞憂にさせ、安堵のため息が漏れる。ガレキに埋まって苦しんでいたなど嘘のようだった。


 「デスディルシステム接続開始。ヴァイン起動シークエンス準備」


 冷淡な声が聞こえた。


 少女の目は光の粒子がいくつも入り込んだように輝いており、ブツブツと何か呟いている。外に意識を捨ててしまったように見える姿に少し司は驚いてしまう。


 そして、その呟いている言葉は何を言っているのか解らない。日本語でも英語でも無く、人では発音できないような言葉の羅列が少女の口から紡がれていた。


 「…………一体オレの前で何が起きてるんだろう」


 話しかけられそうにないので司は前を向く。


 すると、台座のスクリーンに『デスディルシステム接続エラー』と表示されているのが見えた。これも当然何を意味しているのかわからない。


 だが。


 『どうしたシグ? デスディルシステムに接続できないとはどういう事だ?』


 スピーカーからコックピット内に唯の声が聞こえてきたのはわかった。


 「え、姉ちゃん!? なんで姉ちゃんの声がすんの!?」

 『黙ってろ司。事態が収拾したらいくらでも説明してやる』

 「で、でも色々とわけわかんないし、オレと喋ってたおっさんは何処にもいないし、姉ちゃんの声がいきなり聞こえるし、一体何が起こってんのか簡単な説明くらい――――」

 『黙れと言ったはずだ』

 「…………はい」


 素直にその言葉に従う。


 『どうしたシグ? なぜ応答しない?』


 唯はシグという誰かを呼んでいるようだが、ここには司と子犬と少女の三人しかいないはずだ。少女を呼んでいるワケではないようなので、もう一人何処かにいるという事だろうか。司の座る席と少女の座る席以外に人のいそうな場所は無いのだが。


 「いや、すまない。少し驚いてな。心配をかけた」


 男の声、数秒後シグと呼ばれている人物の返事があった。司は思わず周囲を見渡すが当然人の姿は無い。


 『驚いた?』

 「ココロシステムが起動している。どういう理由かわからない。原因なら察しがつくが」

 『………………たしかにこちらでも起動を確認できる。だが、これは一体どういう事――――』


 その瞬間だった。

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