第6話 彼女とのイベント

「なんで災厄獣が!? どうして!?」


 考えても答えはでない。ただ、人類の前に再び災厄獣が現れた事を司に告げていた。


 そして、その災厄獣にブレイブヴァインがやられてしまった事も。


 商店街に落ちて来た頭部と吹き飛んだ装甲の破片が――――――その証拠だ。


 「信じ…………られるかッ!」

 ブレイブヴァインがやられた? 世界を救ったあのスーパーロボットが? 災厄獣より遙かに強いあの巨人が?


 そんなバカな。


 「く……」


 だが、事実としてブレイブヴァインの首は吹き飛ばされており、凱旋パレードで集まっていた大勢の人々から悲鳴が聞こえている。逃げ惑っている声や周囲の混乱が司の耳に思い切り届いていた。


 災厄獣の恐怖に再び人類が晒される現実。


 この様子は、ただ生きるため無力のまま逃げ続ける。司にはそれだけの日々がまた始まってしまった合図のように聞こえた。


 「くそッ!」


 何にせよ今は逃げなくてはならない。


 災厄獣の があってから大勢が住む場所にはシェルターをつける事が義務づけられている。まずは、すぐにそこへ向かわなければ災厄獣の攻撃に巻き込まれ死んでしまう。


 気がつけば避難サイレンが街中に響き渡り市民のシェルター避難を急がせている。災厄獣がいる事に驚き完全に聞き逃していた。


 「ここから一番近いシェルターは……」


 避難訓練は学校で散々繰り返している。避難するべく司はその場から走ろうとして――――――子犬の鳴き声を聞いた。


 「ワンワンワン!」


 振り返ると、商店街のガレキの中で倒れている少女の姿が視界に入った。


 「う……うう……」


 ブレイブヴァインを記念パレードを身に来た者の一人だろう。逃げる際にガレキに巻き込まれ、そのまま動けなくなったようだ。


 「ワンワンワン!」


 そばで子犬が助けを求めるように鳴いており、自分ではどうする事もできないと懸命に吠え続けている。


 あの子犬には見覚えがあった。たしか昨日、不審者と一緒に見た子犬だ。散歩の途中だったのか、首輪につけている紐がだらしなく地面に落ちている。


 てっきり捨て犬だと思っていたが違ったのだろうか。主と思われるのはトレンチコートを来た不審者で、決して目の前の少女ではなかったと思うが。


 「誰もいないかッ!?」


 だが、そんな事を気にしている場合ではない。


 大量のガレキが華奢な少女の体に雪崩のように積もっているのだ。早く少女を救出しなければ、いつ崩れるかわからない。


 「くッ!」


 すぐに司は駆けつける。


 危うく、この子を見捨てて逃げてしまう所だったと悪態をつく。事態に動転してしっかりと周りを見ていなかった。子犬が鳴かなければ絶対に気づけなかっただろう。


 「おい! 大丈夫か!?」


 以前、ブレイブヴァインに助けられた時から司は“見捨てる”という行為をひどく嫌っている。


 あの時感じた死の感覚は絶対に抱かせてはならないモノだ。生気を吸い尽くそうとする糸が体や心に巻き付き、人を闇の中へと引き連れていく。


 その味わった感覚を思い出すと司の体は勝手に相手を助けようと動く。あの時助けてくれたブレイブヴァインへの感謝が司に使命感を与えているのだった。


 「わたしは…………大丈夫……です……」


 下半身がガレキで埋まっており、どうしようもない状態で少女は俯せで倒れている。


 息も絶え絶えなのを見るに、やはり何処か怪我をしているのかもしれない。それならば、一刻も早くここから連れ出して治療する必要があるだろう。そうでなくとも、すぐそこに災厄獣がいるのだ。


 「ワンワンワンワン!」


 子犬の鳴き声が司を急かす。


 「ちょっと痛いかもしれないけど我慢してくれよ!」


 司は少女を抱えてガレキの中から引き抜こうとその肩へ手を伸ばした。


 「ダメ……触らない……で……」


 「何言ってんだ! そんなワガママ言ってる場合かよッ!」


 触られる事をかなり嫌がっているが、構わず司は少女の肩を掴む。


 「やめ……て……ッ!」


 少女は気絶し――――――そこで司の手に違和感が走る。少女の肩を掴もうと伸ばした手に“皮膚に触れた感覚が無かった”のだ。


 何もない空間にただ手を突っ込んだとでもいうような。影や光に触れようとでもしているかのようで、全く何の感触も無い。


 「…………え?」


 司はそこで起きた事に我が目を疑った。


 司の手は少女の肩を貫通していた。立体映像(ホログラム)にでも手を突っ込んだようで現実味が無い。何度か抜き差しを繰り返すもそれで結果が変わるわけがなく、僅かな混乱が司を襲った。


 「え? は? な、なんで!?」


 少女は気を失っている。体に触れる事のできない理由を聞きたくとも聞く事はできず、少しの混乱が司を襲った。


 何かの映像かと思ったが、それならガレキが少女の体に“触れている”のはおかしい。


 舞い上がったチリや砂粒が背中に付着しているのもおかしいし、子犬が懸命に助けを呼ぶために鳴いていたのも変だ。助けを呼ぶような子犬が映像と人物を間違えるとは思えない。


 「く……」


 災厄獣が出現し周囲の状況は最悪だ。すぐにでも逃げ出すべきなのは間違いない。


 しかし、触れる事ができないのでは助ける事ができない。


 「と、とにかく誰か探して来た方がいいか!」


 だが、触れる事はできなくても少女はここに存在している。


 そう思う以上、司は絶対に少女を見捨てる事はできなかった。


 「すぐに戻るから!」


 誰か呼んできて解決するとは思えないが、そう思う前に体が動く。


 司は少女と子犬にそう告げ、付近にいる誰かに助けを求めるべくその場から離れようとした。


 その時。


 「――――――ッ!?」


 災厄獣が司の方を見た。周囲を絶えず見渡していた災厄獣の首がピタリと、司を見た瞬間止まったのだ。


 それは奇妙な光景だった。


 人類を蹂躙するだけの災厄獣が何かの興味を示したような。


 いや、何か“捜し物を見つけた”とでも言うようで、司の方をジッと見ているのだ。


 だが、それはほんの数秒の間だけだった。すぐに災厄獣は甲羅にある岩塊の一つを司へ向けると、すぐにそれを発射した。


 ロケットエンジンに点火したような爆音とともに岩塊が接近してくる。


 「やべ……」


 あの岩塊がこちらへ届くまで二秒もかからない。


 当然逃げる暇はなく、どうしようも無い事態に司はその場に立ちすくむ。


 ただ死を待つばかりの状況で「せめてあの子だけでも助けたかった」と、その言葉が脳内に響いた。


 「ははは……」


 司は死ぬ寸前に思ったのが自分の事ではなく、自分では無い誰かであった事を誇らしく思い笑っていた。

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