第5話 災厄のイベント

「うおおおおおおおおッ! まだかッ!? ブレイブヴァインはまだなのかッ!?」


 地球平和記念日、ブレイブヴァイン記念パレード当日。司は隠しきれない興奮を顔に思い切り出しながら、英雄の登場を駅前で待ち続けていた。


 「早く早く早く早く早くぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 喧噪に混じって司の叫びが轟く。


 明らかに迷惑極まりなかったが、駅前に集まるようなヤツらは大なり小なり同族だ。司を騒がしく迷惑と思っていても、それ以上にブレイブヴァインの方が気になるため問題視していない。


 ブレイブヴァインが来るまで数分に迫っている。駅前に集まったマニア達の緊張は最高潮で今か今かと登場を待ちわびていた。


 「うう、あと何分かすれば英雄の姿を真近で見れるッ! この距離で見ようとしないなんて紅夏も順英も大馬鹿野郎だぜ!」


 ヒャッハー! と叫びそうな顔をしながら司は言い放つ。


 予定通りであるなら紅夏と順英は解放されている近くの小学校屋上にいるはずだ。他のクラスメイト達もそこへいる事だろう。カメラや双眼鏡を持って「そろそろかなー」と和気藹々にブレイブヴァインの登場を待っているはずだ。


 「甘い! そんな気分で英雄の凱旋を見ようとは甘いヤツらよ! いや! 馬鹿にしてすらいる!」


 そんな観光気分に浸って見ようとしている事を思うと司はため息が出そうになる。


 世界を救った英雄の姿を物見遊山程度で瞼に写すなど無礼千万だ。視覚という視覚に姿を焼き付け感謝を込めるのがせめてもの礼儀である。祭りの御輿や有名ミュージシャンが来たような気分で見るなどありえないのだ。


 「全く! みんな英雄に対する気概ってモノがなってないな!」


 ドヤ顔で言い放つ。


 登場時間まで一分を切った。


 唾を飲む音が聞こえる。喧噪の中でも時間は確実に過ぎていき、やがてその時は訪れた。


 駅前にある、ただっ広い道路が突然開きだしたのだ。


 「なにッ!?」


 司はソレが何なのか知っている。ブレイブヴァインの最初の登場場所は大きい混雑を防ぐため伏せられており、毎年違う場所で姿を現すのだ。


 「ま……マジ…………か?」


 この地球平和記念日にある記念パレードを毎年見に来ている司だったが、最初の登場に巡り会った事はない。


 だが、この目の前で起こっているコレはもしかして――――――――いや、まさか。


 「マジなの……かッ!?」


 現実味の無い感覚で司は開いた道路を見る。だが、現実味はすぐにやってきた。


 その光景に打ち震える。


 「お、おおお……おお……」


 現れる白銀の頭部、そこから流れるように出てきた力強い白銀の翼や体は、毎年熱狂的に見てきた姿と同じ。十二年前に助けてくれたあの時と同じ姿だった。


 白銀の巨人ブレイブヴァインが目の前に。


 それは興奮や熱狂といった感情のメーターを全て振り切らせ、司の脳内にアドレナリンをこれでもかとまき散らす。


 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 ブレイブヴァインが登場しきった時、その瞬間街全体が最高の熱気と最高の歓喜の渦に包まれた。


 世界の救世主。


 一年に一度だけ姿を見せる白銀の英雄がついに登場し記念パレードが始まったのである。


 「おおおおッ! ツイてるっ! ツイてたっ! オレはツイてたぞぉぉぉぉッ!」


 涙を流しながら司は最初の登場場所にいた事を喜び叫び続けていた。


 パレードのためブレイブヴァインはすぐに移動を開始し、周囲にいたマニア達もそれを追いかけていった、司だけはその場から動かずひたすら感動していた。


 「おお…………おお……お…………お………………」


 大好きな存在であるブレイブヴァインを眼前で見る事ができたのだ。


 その計り知れない喜びは司の脳内を埋め尽くし、そのショックは全身の伝達系神経を十数秒の間麻痺させていた。


 初恋の女の子と結ばれたような感覚(無いが)、いやその百倍は軽く超える。


 司にとって特別すぎる存在であるブレイブヴァインをこんなにも恵まれた形で見る事ができたのは一生モノの幸せに匹敵するのだった。


 「………………ハッ!」


 ブレイブヴァインがこの場を去ってから十秒程経って司は正気に戻った。


 「い、いかん! 早く後を追わなければッ!」


 不意打ちで起こったあまりに大きい幸運に我を失っていた。


 一年に一度だけのチャンス、いくら眼前で見る事ができてよかったとはいえ、アレだけで満足する程司のブレイブヴァイン愛は薄くない。


 「うおおおおッ! 待ってくれッ! 愛してやまない大英雄ぅぅぅぅぅ!」


 記念パレードのコースは先月の時点で全て頭に叩き込んだ。多少先に進まれた程度なら裏路地を使ってすぐに回り込める。


 司はブレイブヴァインに追いつくべくその身を翻し近道へ向かおうとすると。


 「え……?」


 その近道に続く商店街のアーケードが――――――――――轟音とともに破壊された。


 突如、商店街がガレキの山へと変わっていく。


 「…………え?」


 聞いた事の無い――――――――――いや、十二年前なら何度も聞いた破壊の音が司の耳を貫き、その足を止めさせた。


 「な…………」


 司はその場で固まってしまった。目の前の出来事に驚き竦み上がってしまう。


 だが、真の理由はそれでは無い。その場で固まった理由は別にある。


 それは商店街をガレキの山とした原因が――――――ブレイブヴァインの頭部だったからだ。


 「…………なんで」


 ブレイブヴァインの頭部が隕石のように降って来たのと同時に、アーケードが破壊され商店街が――――――――――――その事実は司に混乱とドス黒い不安を思わせた。


 「なんでだよ…………」


 かなりの衝撃を受けたらしくその頭部は激しく傷つき、中の配線や機械部分が向きだしになっていた。見るからに大きなダメージを負っている。


 これは商店街に落ちた際に受けたダメージではない。


 おそらくブレイブヴァインは“何か”にやられている。


 「なんだよコレ…………」


 その光景を見て司は言わずにはいられなかった。


 「なんだよコレはッ!? どうしてブレイブヴァインが!?」


 何が起こったのか理解できない。何故ブレイブヴァインの頭部がこんな所に落ちて来ているのか。なぜこんなあり得ない事が起こっているのか。そもそも、ブレイブヴァインにこんな事ができるヤツなど――――


 「………………え?」


 思考が整理できない。だが、事態は進行する。


 「……なん……だって?」


 ポツリと司はそれだけつぶやいた。


 視界の先に。遠くに――――――――――もう人類の前に現れてはならない巨悪がいた。


 「災厄獣ッ!?」


 地面が割れるような音ともに現れたのは、高層ビルに匹敵するくらい大きな亀だった。


 甲羅にミサイルを思わせる岩塊をいくつも備え、凶暴な顔をその甲羅から覗かせている。


 大気を振動させる雄叫びを上げ、目標に向かって甲羅の岩塊を発射している光景は十二年前にあった地獄の再現だった。


 白銀の装甲の破片が――――――――落ちてくる。

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