第4話 姉ちゃんとのイベント
「まあな。五年連続もこんな事されれば察せるさ」
現れたのは司の姉である篠ヶ木唯(ささがきゆい)だった。長身でスーツを着て現れた今年二十四歳の篠ヶ木家の長女は静かな怒りを露わにして司の背後に立っていた。
「では、言い訳を聞いてやろう。私には弟が違反者達と同じ事をしているとはとても信じられないからな。そう見えてしまうのは、きっと深い訳があるから。そうだよな? そうなんだよな?」
唯の視線からゴゴゴゴゴゴという音が聞こえてくる。
「と、当然だろッ! オレは警察だけでは手に余る違反者達を捕まえるべく席を獲得しようとしているだけだ! これは明日のパレードを穏便に済ますために必要な措置!」
「ほう、それで?」
「警察の人手不足は毎日の事! こうしてオレが手伝えば手助けになる! それにオレにならって他の協力者も出るかもしれない! そして、これはいつしかコミュニティーになって警察と一緒にイベントを守る砦となる!」
「ほう、それで?」
「そうなればブレイブヴァインの記念パレードはもっとやりやすくなる! あの手この手で勝手に近づこうとするヤツらや、立ち入り禁止区域での見学者なんかが激減するからだ! 難攻不落の陣営が築ければ地球平和記念日のイベントはもっと意味あるモノにできると思う!」
「ほう、それで?」
「そ、そんで日本の警備レベルは世界最高となって、世界一安全で事故の起こらないイベントとして有名になって、千年も続くイベントになって、やがて伝統と呼ばれるようになって……いや、もう伝統だけど……」
「ほう、それで?」
「…………え、えっとその……以上です」
ボゴッ!
「痛ってぇぇぇぇッ! 殴るんならもっと手加減してくれっての!」
唯の容赦無いゲンコツが司の頭に炸裂した。
「違反者と同等の行為をするお前に手加減する理由は無い。違反者を嫌うお前が違反者になってどうする」
「で、でも大なり小なり違反者が毎年問題起こしてるし…………」
「お前がいた所で役には立たん。警備は警察と私の所に任せておけ」
「別に姉ちゃんとこのロンバルディ社を疑ってるワケじゃねーけど…………違反者達がどうしても問題起こすのは間違いないと思うし」
「ほう? 私の会社を信用しないとは良い度胸だ。どうやらお前にはその凄さを身に染みさせる必要があるらしい」
「ロンバルディ社は凄い会社で素晴らしく就職人気堂々一位の会社で誰もが憧れている最高の会社です申し訳ありません」
「よくわかっているじゃないか」
ロンバルディ社とは唯の働いている会社の名前である。
世界に多くの支社を持つ警備会社であり、公共施設や民間施設を問わずほとんどの警備を任されている大会社だ。要人の警護も多くこなしており、その規模と信頼と名前は幼稚園児でも知っているくらいの知名度を持っている。
慈善事業もこなしているため、少し調べればロンバルディ社の関わっている養護施設や図書館にゴミ焼却場、それに公園や公民館なんかまでワラワラと出てくる。
なので、当然というべきか今年からブレイブヴァインの記念パレードの警備をロンバルディ社はやる事になっていた。
記念パレードは世界が注目するイベントになりつつあり、ここでの醜態は日本の民度や信頼や経済利益、そしてメンツといった様々なモノを失わせる結果に繋がってきているのだ。
そのため、国として違反者が多くいるからといってイベントを中止にするワケにはいかず、かといって警察だけでは大きくなっていく記念パレードを管理しきれない。
警備会社ロンバルディに依頼したのはこういった背景があるからだった。
世界的信頼を得ているロンバルディ社なら十分任せる事ができるし、国にとって何より“直接的な政府の恥”にならないのが大きかった。
「さっさと帰るぞ。ここには明日の朝一番でやって来い」
ちなみに、唯はそんな警備会社に勤めているので、その“戦闘力”は大したモノだった。その辺のチンピラだったら三十人は軽く倒しそうな力と技術を持っている。
見た目は正常な男なら誰もが振り返ってしまう美貌の持ち主だが、その内面は恐ろしいくらい“強者”だ。
「うう、今年もまた失敗してしまった……」
「当たり前だ」
「く……来年こそは必ず……」
「お前はアッパーも追加で欲しいようだな。なかなかの欲張り具合だ」
「あ、いえ……何でもありません……」
唯に手を引っ張られながら司はトボトボと歩いた。
抵抗する気は起きない。抵抗すれば唯の光速の拳が襟首を掴み、そのまま窒息寸前までつり上げるだろう。ブローで気絶する危険性もある。
「…………アレ? そういや、姉ちゃんがここにいるのって変じゃね? 明日警備開始だから結構忙しいんじゃないの? 去年までならココにいても不自然じゃないと思うけど」
「お前の行動を見つけるくらいは暇だった。感謝するんだな」
唯は振り返りもせず告げると、ポコンと司の頭を叩く。
「ふーん、じゃあ今日は一緒にご飯食べられるね………………今日は帰らないって計算もあったんだけどな」
「何か聞こえた事にしてやろうか?」
「私はお姉様を好きでたまらないので向けられるのは愛だけがいいと思ってます」
何だかんだと二人は会話を続けて商店街を通り過ぎていく。
横断歩道を渡ると住宅街に辿り着き、ここの一番奥に司と唯の家はある。紅夏や順英も一緒だ。
四年程前まではこの辺りに仮設住宅が多くあったが、今はもうその影は無い。当時、司は紅夏や順英と鬼ごっこやかくれんぼをしていたが、当時の風景は消え失せており完全な思い出だ。この住宅街の変わりようは今見ても驚いてしまう。
災厄獣から居場所も精神も滅茶苦茶にされたのに――――――ここまで街も人も復活した。
誰もが過去に負けるかと未来を歩き進み、嘆く事よりも立ち向かう事に力を注いだ。
「明日なんだよな。楽しみでたまらないぜ」
それを思う度に司は、ブレイブヴァインに対して誇らしい気持ちと感謝の気持ちでいっぱいになる。
あのスーパーロボットがいたから人々は立ち直る事ができたのだ。あのスーパーロボットが希望と勇気と愛をくれたからこそ、人々は“今も災厄獣に負けず”生きる事ができているのだ。
「姉ちゃん、明日のパレード頼んだからな!」
「無論だ」
角を曲がって、その先にある自動販売機を通り過ぎていく。もうすぐ我が家だ。十字路の多い似たような道が続くが、ここに住んで十二年の司と唯にとっては問題にならない。いつものように迷路のような道筋を進んで――――――――――――気になる光景を見た。
「………………?」
子犬がいたのだ。首輪をつけているのを見るに捨て犬ではない。その子犬が目の前にあるにぼしを食べながら、時折可愛い声で鳴いていた。
これだけなら別段気になるような(にぼしの事は気になるが)事では無いのだが。
「…………ん?」
気になるの事とは、その対面にいるヤツだった。
この真夏にトレンチコートを着て、顔半分は覆い隠すようなサングラスとマスクしている。
どう見ても不審者が子犬の前にいた。
怪しく無いと言い張るにはとても難しい姿であり、職質を受けたらどんな対応をするのか見物なくらい気になる人物だった。
「――――ッ!?」
司と唯がその後ろを通り過ぎようとした時だ。不審者がコチラに気づき、司と唯の顔を見た。
すると、弾かれるように不審者は走り去ってしまった。漫画ならドヒュンと擬音がつくような見事な逃げ方で、思わず司は目を見張ってしまった。
「何だあの不審者は……メッチャメチャ怪しすぎる……」
司は言葉を漏らすが、唯は別に気にならなかったらしく。
「そうだな」
それだけ呟き、不審者に対する感想は何も言わなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます