第3話 世界平和のイベント
「あーもう! 早く始まれっての! なんで今日に限って時の進みが遅いんだ!」
八月の夏、学生達が夏休みを存分に満喫する季節。
大勢の学生が家へ帰る時間帯、そこに駅前でビニールシートを引いて座る篠ヶ木司の姿があった。
「あんた本気でまた一日前から場所取りする気なの? いつも怒られてれるクセに」
「年一番の盛り上がりを見せるからなー。司の浮かれっぷりは仕方の無い事だろうよ」
その男子の傍には同じくクラスメイトである名瀬沢紅夏(なぜさわくれか)は呆れ、穂簑順英(ほみのゆきひで)は軽く笑って立っていた。
駅前は多くの人間が行き交い、それらのほとんどの人物が司達を見ては通り過ぎている。駅前を花見のごとく場所取りしているのだ。視線を向けず無視を決め込むのはかなり難しい。
「明日は年に一度だけブレイブヴァインを拝める唯一のチャンスなんだぞ! なのにS級クラスの場所を取らずしてどうする!」
「別にそんな事しなくても、どっかのビルの屋上とかで見ればいいじゃない。明日は学校も屋上開けてくれるんだし。つか、あんな大きなロボット何処にいても見られるでしょ?」
うんざりするような口調で紅夏は言った。
「バッカ! お前はバァッカじゃねぇのか!? またはアホか! そばで見るのと遠くで見るのじゃ全然違うに決まってんだろ! 大きさが百メートル以上ある英雄の姿を間近で見ないで一日を終えるなんてオレにはできないね!」
「まあ、司は世界で一番ブレイブヴァインを愛して憧れて夢中な人間だもんな」
「その通り。ブレイブヴァインはオレの中で廃れる事のない絶対的英雄だ」
順英の言う通りだと司は何度も頷く。
「人類を救ってくれたスーパーロボット。その記念パレードは必ず眼前で見届けねばならない!」
災厄獣により人類が絶滅の危機に瀕し、その外敵をブレイブヴァインが駆逐してから十二年後。
ブレイブヴァインに持たらされた平和により世界は着実に再建を進め、今では普通の生活を多くの人達ができるくらいに人類は日常を取り戻していた。
災厄獣の恐怖を一刻も早く過去のモノとし、この日常を維持しようとみんなが頑張っているのだ。
それは日本だけでなく世界各地も同様であり、十二年経った今では災厄獣の爪痕は段々と少なくなってきていた。
だが、災厄獣の攻撃が激しかった世界の主要都市は未だ復興の兆しが見えない所が多く、日本では特に東京と大阪にその様子が顕著に表れている。
徹底的に破壊された大地には今も瓦礫の荒野が広がっており、拾う事のできない死体が多くあるのだ。
多大な時間をかけねば復興は無理とされており、今の日本の首都は愛知県の名古屋になっている。
首都機能を移動させるのは大変な労力と手間暇がかかったが、それは特に問題にはならなかった。
日本に限らず首都機能を移転させた国は数多くあり、混乱は何処も同じだったのだ。
最近になって首都を名古屋にした事への反発が見えるようになったが、これは人々に余裕が出てきた証拠だろう。一日も早く完全復興を目指す人達にとっては「そんな事する暇あるなら手伝えよ」な話ではあったが。
「でも、徹夜は禁止でしょ。警察に捕まって帰されるのがオチよ。こんなビニールシート広げちゃ補導してくださいって言ってるようなもんじゃない」
紅夏が忠告するも司の態度に変化はない。
「何にせよ、明日のためオレは特等席を確保する義務がある。動く事はできない」
「アンタ、毎年そんな事言って最後は唯さんにしょっぴかれてんでしょーが」
時計は夕方五時半を回っている。真夏の季節が夜を告げるにはまだ早い時間帯で、司はもうじき落ちていく夕陽を眺めながら言った。
「ふ、こんどこそあの姉にオレの熱意を伝えてみせる。あの人外を説得しなければ特等席を手に入れる事はできないからな」
「それも毎年言ってるわよね……」
「放っておこうぜ紅夏。警察よりも早く唯さんが連れて帰るだろうからさ」
そういって順英は紅夏と一緒に司へ背を向けた。
「ちょっと待て。何故お前達は帰ろうとしている?」
立ち去る二人の背中に司は手を伸ばした。
「オレは警察に絡まれるのも嫌だし、唯さんに怒られるのも嫌なんだ」
「私も同じ。徹夜の場所取りなんかに付き合えるワケないでしょ。この真夏にお風呂入らないなんて耐えられないっての。耐えられても帰るけど」
紅夏は冷めた視線を、順英は嘲笑っぽい顔を向けて言う。
「お前らがいないと十分な場所取りができないじゃないか!? そのためにここへ連れてきたというのに!」
「ルール違反者に馴れ合うつもりは無し。せいぜい唯さんの鉄拳に耐える用意しとけよ」
「じゃ明日ね。凱旋パレードが終わったら一緒に屋台回るんだから、忘れないように」
大手を振ってさようなら。パーティーから二人が抜け、ポツンと司はその場に残される。
「く……アイツらにはこの特等席はやらんと今決めたぜ……」
勢いよく司はシートの上へ座る。
周囲を見ると、シート持参とはいかないが司のように明日のため場所取りをしようとしている者がチラホラいた。
柵に腰掛け動かない者、地図を広げて辺りを確認している者、堂々と話し込んでいる者、少し離れた所から一点をジッと監視している者などなど。
「今年も大勢来てるみたいだな」
地球平和記念日に行われるブレイブヴァインの記念パレードは人気であり、それを間近で見たいという者は多くいる。
何しろ、人類の危機を救った偉大なロボットだ。そのファンは司以外にも大勢いるのだ。
地球を救った英雄を見る事ができる唯一の日であるため、司の住む新座山市(にいざやまし)にあるホテルは観光客で溢れかえっていた。
地球平和記念日にイベントを行う所は数多くあれど、ブレイブヴァインを見る事ができるのは日本だけで、それも新座山市だけだ。
このため、どうにかいい席を取ろうと大勢の人が躍起になる。誰もが地球を救った英雄を見晴らしのいい場所で見たいと思うからだ。
そして、大勢の人が躍起になれば、少しでもブレイブヴァインに“近づきたい”と思う輩も増える。
「だが、この場所はやらんぞ!」
この駅前はある意味危険地帯であり、ブレイブヴァインに触りたい、一緒に横を歩きたいといった、そんな“禁止事項”を破る違反者が集まりやすいのだ。
「オレが! オレがッ! オレが守らねばならないッ!」
そんなヤツを許す事はできない。
ブレイブヴァインに直接命を助けられた司はそういった事に耐えられないのだった。
「今年も無慈悲な姉の弾圧に負けずに頑張るぞー!」
ちなみに、全力で自分の事を棚に上げていることに司はもちろん気づいていない。
「で、毎回何も反省せず、またこんな場所にいると? そういうワケかお前は?」
背後でゾッとするような声が聞こえた。
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