第2話 人類奇跡のイベント

「…………なに?」


 聞こえたのは甲高い金属音。見間違いでなければ、それは“刃が折れた時に聞こえた音”だった。


 「なに……が……?」


 一体何が起こったのか。


 どうしてまだ自分が生きているのかと思いながら、司は瞑っていた目を恐る恐る開いた。


 「………………さいやくじゅうじゃ……ない?」


 そこに見えたのは巨大な金属の塊。


 だが、それは災厄獣ではなかった。


 「…………これって」


 二体の災厄獣よりも遥かに大きい巨人の姿が目の前に立っていた。


 全身は主に眩い銀色で染められた金属でできており、背中には雄々しく力強い翼が熱を排気しながら君臨している。


 地面にめり込む足は蠍の災厄獣を踏み潰せるような威圧感を放ち、腕は豪腕と呼ぶに相応しい逞しさで目の前の災厄獣を貫くべく構えられている。


 その姿に司はゾクリと背中を振るわせた。


 「ロボ……ット?」


 そう、ロボット。


 司の前に現れた銀色の巨人は、以前テレビで見ていた空想世界にしか存在しないスーパーロボットそのものだった。


 「グオオオオオオオッ!」


 災厄獣達が巨人に迫る。司を見つけた時のような余裕や油断は何処にも無い。巨人を明確な“敵”と認識し、全力で破壊しようと攻撃を開始した。


 蠍の災厄獣が持つ金属の刃が振り下ろされる。


 それを前にして巨人は動かない。


 いや、動く必要が無かった。


 「わ……」


 パキィィィィン、と高い音が鳴ったのは一瞬の事。その光景に司は思わず声を漏らした。


 その音が聞こえた瞬間、巨人に振り下ろされた災厄獣の刃が真っ二つに折れたからだ。


 ビルくらい簡単に裂いてしまうだろう刃を、巨人は何の防御行動もせず防ぎ切っていた。


 「ガオオオオオオオオオオッ!?」


 巨人には何の傷もついていない。攻撃した災厄獣の方がダメージを負っており、断末魔のような悲鳴を上げていた。


 顎の災厄獣が続けて巨人の胴体に噛み砕こうとしても、刃と同じで意味を成さない。


 巨人はその無力な災厄獣の頭を掴むと、そのまま刃の折れた災厄獣へと投げつける。片手で野球ボールでも投げるかのようだった。


 「ゴオオオオオオオオオオッ!」


 二体の災厄獣は激突すると森を滑走し、その衝撃で折れた木々がバキバキと音を立てて跳ねていく。


 その滑ってできた更地には黒い重油のような液体が飛び散っていた。おそらくコレは血だ。


 ――――――災厄獣が負傷している。


 それは司が知る限り聞いた事も見た事も無い出来事だった。


 「……………………す」


 さらに巨人の攻撃は続く。投げられ重なった二体の災厄獣を巨人は蹴り飛ばし、対面の山へその巨躯をめり込ませた。蠍の災厄獣は直接蹴られたせいでダメージが大きく、腹部に大きなヒビが入っていた。


 立ち上がろうとする動きもかなり鈍っている。片手に残っている刃を翳すも、腹部から血を噴出しその姿は実に弱々しい。さっきまで司を殺そうとしていた際の圧倒感は嘘のように消え失せていた。


 唯一、まだ反撃力を残している顎の災厄獣がすぐに巨人へと向かっていくが、それが届く事はない。


 「すごい…………」


 巨人が拳を勢いよく突き出すと、その拳が災厄獣達へ向かって“発射”されたからだ。


 ミサイルのように撃ち出された巨人の拳は、顎の災厄獣の腹部をあっさり貫くと大穴を開け、それは続けて蠍の災厄獣にも行われた。


 それは巨人が災厄獣に行った“トドめ”だった。


 圧倒的な存在による外敵への一撃。


 二体とも致命傷を与えられガクリと項垂れると、その身体が爆発した。


 爆炎と共に凄まじい風圧が司の体に叩きつけられる。


 吹き飛んで行きそうになるのを懸命にこらえながら、司は目の前の光景に感動した。


 災厄獣が死んだ。


 人ではなく災厄獣が。


 「すごい!」


 この二ヶ月間ずっと人類を蹂躙し続けた災厄獣が初めて“殺された”のだ。


 それはあり得ない光景だった。


 人類の抵抗手段を無力にし、人類をゴミのように扱っていた災厄獣の死。


 それは絶対的侵略者に対する初めての勝利だ。


 間違い無くこれは歴史的瞬間だった。


 「すごい! すごい! すごい! すごい! すごいッ!」


 目を輝かせ夢中になって巨人を見上げる。


 先程見せた巨人の圧倒的な力は、司の心に根付いていた災厄獣による絶望や恐怖や憎悪までも振り払い、闇に染まった心を光で照らし上げていた。


 それは、巨人が見せてくれた希望、巨人に与えられた勇気、巨人に対する愛によるモノだった。


 「ありがとう! たすけてくれてありがとう! 来てくれてありがとう! ありがとう! ありがとう!」


 そう言い続ける司に銀色の巨人は僅かに一瞥した後、背中にある翼から青い光を噴き出して遠くへ飛んで行った。


 爆音が鳴ったが熱は無い。ジェット噴射のように見えたが、どうやら違うようだった。


 「ありがとー! ありがとー! ありがとー!」


 司は巨人が見えなくなっても、ずっと感謝の言葉を投げかける。


 いくら言っても言い足りない。溢れるこの気持ちを全て伝えるには、あまりにも巨人のした事は大きすぎた。


 身体いっぱいに手を振って巨人の去った方向を見続ける。


 「ぜったいにこのことはわすれないから! ぜったいにわすれないから!」


 この後、司はすぐにやってきた避難民捜索ヘリに発見され命を取り留める。


 その後すぐに姉と再会し、姉は無事な司を見るなり涙でグシャグシャになった顔で抱きしめた。


 司はすぐに助けてくれた銀の巨人の事を姉へ話す。


 あのスーパーロボットは自分達を助けてくれる。もう人間は災厄獣に怯えなくてもよくなったのだと。


 その司の言葉は真実となる。この一ヶ月後、世界を蹂躙していた災厄獣が全滅したからだ。


 災厄獣を滅ぼしたスーパーロボットは瞬く間に世界へ知られ、英雄の象徴として感謝され続けた。


 銀色の巨人ブレイブヴァイン。


 巨人の名は十年以上経った今でも英雄の象徴として世界に名を轟かせている。

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