第10話 そして動き出す
とてつもない揺れによって目を覚ます。
ダンジョンコアの暴走が大きくなっている。一刻も早くコアを制御しなければならい。
私は揺れが収まるまでベッドの上で丸くなった。
静かになって部屋を見る。せっかく整理した本がまた床に散らばっている。
そして記憶が甦る。
昨夜遅くまで、金庫室で冒険王が残したダンジョンコアまでの道のりを記した書物を探していたんだ。それで見つかったのはいいものの、私はその場で意識を失った。
どうやらセリアがここまで運んでくれたようだ。
私は窓を見る。太陽はそこまで高くない。もうすぐお昼頃といったところか。
さっきの地震。
きっとまた大臣たちが集まって会議を開くだろう。そこに昨夜得た冒険王の手紙を持っていけば、きっと彼らは信じてくれるだろう。
私はベッドから降りて、勢い良く部屋を出た。
私の部屋を出た先にはダイニングを兼ね備えた応接室がある。基本的に私個人に用がある場合はここで対応する。もっとも、そんな機会ほとんどないけど。
応接室にはダイニングテーブルと小さいテーブルがある。
ソファを見るとタオルケットが脱ぎ捨てられている。セリアがここで寝ていたのだろうか。
ダイニングテーブルにはバスケットにバターロールが積まれていて、その隣に例の手紙がある。
私はバターロールをひとつふたつと摘まんでは、口に運んでいった。
初代国王の手紙には、地下迷宮の最深部に直接繋がる道が王宮に隠されていると、係れている。そしてその場所も。
本当にそれが存在していれば、大臣たち動いてくれるだろう。
私は気合いを入れて握り拳を作るが、パンを口に放り込み過ぎて喉を詰まらせた。
ん、苦しい。
ドアが開いて、セリアが入ってくる。そして苦しみもがく私を見て、駆け寄る。
「どうしたんですか」
「んんぐんんっんん」
身振り手振りで説明すると、セリアは呆れたように
「はいはい、水ですね」
と、コップに水を注いで渡してくれる。私はそれを飲んでパンを胃に流し込む。
「んん、ハァ……死ぬかと思ったわ」
コップを置いてため息をつく。一旦落ち着こう。
いや、落ち着いてなんかいられない。
私は机を叩いて立ち上がる。
「セリア、今すぐ大臣たちを集めなさい!」
「全く、騒がしい王女様ですね」
私とは正反対に落ち着くセリア。
「大臣たちなら、先の地震で既に召集がかかりました。もうすぐ会議が始まるでしょう。そしてパーム様の出席は任意となっております」
淡々と、少し微笑むようにセリアは言う。
任意って、なんか嫌みに聞こえるわ。まあ仕方がないのだけど。
大臣たちは私は来ないと思ってる。
さて、驚かしてやろうじゃない。
「残念ながら私は出席するわ」
「お着替えの準備はできております」
「ありがと」
私は冒険王の手紙を持ってセリアと共に部屋の外に出た。
廊下を早足で歩いていく。
扉の前に立つ兵士が私の顔を見て、驚愕の表情に変わる。
私は、嫌みったらしい笑顔で兵士に話しかける。
「私はこの無意味な会議に用があるの。さあ扉を開けてくれるかしら」
一介の兵士である彼に言うには少々理不尽な口調ではあるが、何だかそういう気分になってしまったのだ。
一方彼は、ビクッと背筋を正してから、腰を低くして扉を開けるのであった。
私は彼に気品のある微笑みで礼を言い、頭を下げるセリアと兵士を背に中に入っていった。
突然の王女の来訪に目を丸くする大臣一同。
それもそのはず、前回の会議で心が折れたのは誰の目からみても一目瞭然であったからだ。
しかし、再び私は現れた。
私はやや顎を上に向けて、自分の席まで歩いていく。
前回、私が座っていたはずの席にはどこぞの公爵家のおっさんが座っていたが、私は近づくと慌てて立ち上がる
別に私はどこでも良いのだけど、断る理由もないのでそこに座る。
公爵は空いている右隣に座る。
私は、顔をあげて一同を見る。
皆、複雑な表情で私を見る。そして沈黙が続くので、私の言葉を待っているのがわかった。
私は作ったように咳払いをして、
「会議はどのように進んでいるのですか?」
と声を出してみるが、沈黙は終わらない。
「もう一度聴きますが、会議の進行は今どうなっているのですか?」
全然そういう気持ちじゃないけど、少し苛立ちが篭ったような言い方になった。
この言葉が効いたのか、隣にいた公爵がおもむろに口を開いた。
「えっと……今回の会議は連日の地震についてでして、その原因であるとされる魔法科学の研究を非公式で行っている者の調査がどのように進んでいるのか、です。」
「それで、見つかったのですか?」
私の問に声を詰まらせる公爵。
この態度だと、案の定前回の会議で有力となった魔法科学の研究による事故説は無さそうね。
と、考えていると、大臣の一人が戸惑ったように声を出す。
「ところで……パーム様はどうしてこの会議に出席なさったのですか?」
私の態度が明らかに変貌しているので、ついに口に出してみたのだろう。
私はまず、手に持っていた丸められた冒険王の手紙を机の上に置く。
当然、大臣たちの注目は手紙に向かう。
そして、私は立ち上がり
「はい、前回の会議で私が意見したことをもう一度再考してもらいたくやってきました」
と、落ち着いて言った。
これに対して大臣たちの反応は予想通り、私を笑った。その目には常識知らずの若造だとバカにした意味合いが籠っている。
覚悟していても、なんだか嫌になってくるので、この笑い声が止むのを上を向いて待つ。
魔法科学大臣の人が涙を拭いながら、
「パーム様……ご冗談は止してください。先日言いましたよね、一般常識レベルでダンジョンコアなど存在しないのだと」
と声を震わせて言う。
他の大臣たちもうんうんと首を振る。
「いいえ、存在します。何故下層に繋がる道がないのか、それは冒険王が埋めたからです。今のは推測ですが、とにかくダンジョンコアは存在します」
頭に血が昇るのを感じながら間髪入れずに言い放つ。
だけど、大臣たちはそんな私を意も介さないように振る舞う。
「熱弁するところ申し訳ないんですけどねえ、王女様がそう確信している根拠か何かはあるんでしょうかねえ」
これは経済大臣。癖のある言い方がきっと多くの人を苛立たせるだろう。
私はそんな大臣を口だけ笑って睨む。
「あります!」
大臣の身体はぎょっとして跳ねる。
私は高らかと丸められた手紙を持ち上げる。
「この手紙は初代国王が私達に残したものです。昨晩、城内の金庫室で見つけました」
雷が走ったかのように、大臣たちは目を丸くして、衝撃を受けた顔をしている。
彼らが我に帰る前に私は言葉を続ける。
「この手紙には地下迷宮について書かれています。さらに、ダンジョンコアの暴走についても触れられています」
「それは……本物なんですか……?」
環境大臣の優しそうなおじさんが、振り絞るように私に問いかける。
私は手紙の紐を解き、クルクルと手紙を広げる。そしてそれを隣で呆けた顔をしているリーガ公爵に渡す。
「それを確かめる術がここに記されています。リーガさん読んでください」
「は……はい」
公爵は固唾を飲み、それを受けとる。サッと文に目を走らせたあと、咳払いをして読み上げていった。
地下迷宮の最奥にあるダンジョンコアについて。ダンジョンコアが人々にもたらす恩恵と、不安材料とはなにか。冒険王の直筆により、説明と謝罪が記されている。
そして、重要であるダンジョンコアまで繋がっている隠し通路について語られる。
「もし、コアまで行かなければならないときのために、私は城内のある場所に直通の隠し通路を用意した。これを読んでいる今と私の時代と、城内の作りが変わっているかも知れないが、それは自力で調べてほしい。
さて、隠し通路がある場所は第二調理室の床の裏にある。極秘で使ってほしい。と……」
リーガ公爵は一度、読むのを止め、顔をあげる。
第二調理室の場所は今も昔も場所は変わっていない。そこに隠し通路があれば私の主張を信じてもらえるだろう。
暫く、静寂の時間が続く。各々が考え込むように下を向いている。
軍務大臣が考えることを放棄したのか、突然立ち上がる。
「おい!そこのお前!今すぐ第二調理室に行って隠し通路があるか調べてこい!」
人指し指を突きつけて、壁際に佇んでいた若い兵士に向かって声を荒らげる。
若い兵士は同僚を引き連れて、一目散に会議室を出ていった。
軍務大臣は息を整えながら、ゆっくりと着席する。
私は目を瞑り、報告を待つことにした。
殺伐とした空気が流れる。
時間が立つにつれて皆、そわそわと姿勢を変えたり、咳き込んだりする。
兵士が出ていって一時間ほど経ったとき、突然扉が開けられ、慌ただしく先程の兵士が戻ってきた。
私を含め、全員が立ち上がって食い入るように彼を見つめる。
彼は大量の汗を浮かべながら姿勢を正す。
「報告します!第二調理室の床下に地下に続くと見られる階段を発見しました!」
兵士は唾が飛ぶほど勢いよく声を上げた。
これに対し、大臣たちは驚きのあまり、言葉にならない声が漏れる。
私はひとり、見つかったことの安心なのか、力が抜けて椅子に崩れ落ちる。
良かった。
正直、心のどこかであの手紙は偽物なんじゃないかなと思っていた。
でもこれで皆に信じてもらえる。
良かった。
落ち着きを取り戻した大臣たちは皆、ダンジョンコアの暴走説を信じてくれたようだ。
そして、暴走を制御するためにどうすればいいかという会議に変わっていった。
私は口を挟まずじっと、それを聞いていく。王女として聞かなければならない。
慌ただしく進む会議は着々と実行に移り変わろうとしていく。
魔法科学省が名のある魔法使いを集める。
軍務省が魔法使いたちを護衛する精鋭の兵士たちを連れてくる。
文化省は歴史家を呼ぶ。
リーガさんは知識のある冒険家を呼ぶ。
経済省はそれらかかる予算を組み立てる。
やっと国が動き始めた。
私は王族の一人として恥じない働きをしなければならい。
これはまだスタートラインだ。
長かった。張り切っていきましょう。
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