第9話 愚行

 階段を降りていくと、途中からランプが天井に吊られていて、道の先を照らしてくれていた。

 何度も探索した冒険者が設置したのだろう。

 階段を降りきると、広い空間に出た。ここが一階層なのだろう。

 ここも案の定舗装されているが、長年の風化のせいか、ひび割れた壁や、点灯しないランプが目立つ。床には脱ぎ捨てられた服や、酒瓶が散らかっている。

 俺はユニバーから貰った一階層の地図を広げて、先にある少し細い道を進んでいく。

 冒険者の間での常識で、一階層から三階層までは魔物がいないと言われている。

 俺は、一応警戒心を持ちつつ進んでいったが、結局魔物が現れることはなく、ネズミだけが、俺の横を走っていた。

 三階層にたどり着く。

 ここも、かつての冒険者たちによって本当に迷宮かと思うくらいに明るく、歩きやすく平らな道になっている。

 そして俺は本命の三階層の地図を広げる。

 この地図だけはユニバーのお手製で、かなり細かく記されている。そして、その上からユニバーが書いたと思われる赤い×印が所狭しと点在している。

 俺はユニバー爺さんの言葉を思い出す。



「四階層へ行く方法。それは罠だ。迷宮の罠には幾つか種類がある。槍や矢が飛んでくる殺傷罠、毒針や毒霧による状態異常罠。そして落とし穴の罠。古典的な罠だが、かなり卑劣だ。落下中は何もできないからなから、落ちる先に剣山や毒沼があるというのは恐ろしいことだ。落とし穴の先にはそれ以外にもある」


 爺さんは崩れた書物の間に置かれた椅子に座りながら語る。

「それ以外…魔物の巣か?」


 俺は地図を片手に爺さんに尋ねる。

 それを聞いて爺さんは頷く。

「そうだ。もしも、落下による衝撃で死ぬことができなければ魔物たちによってなぶり殺されることになる。仮に無事であったとしても、そこは魔物がうようよいる場所のど真ん中、作戦もクソも立てることなく、殺される」


 俺は思わず固唾を飲み込む。ここまで話したら俺にはわかる。

「だが、魔物の巣に落とす罠は、罠という意味を抜いて考えると、幾つかの階層を飛ばして下層に行ける、便利な移動方法だ」

 

 理論上、可能ではあるが、実行しようと考えたことはなかった。

「じゃあこの×印はなんだ」

「ああ、その印がある一帯には下層に落ちる罠がなかったという意味だ」


 俺はそれを聞いて驚く。この地図の半分以上の箇所に×印がつけられている。つまり爺さんは一人でこれだけの数の罠を調べていったのだ。どれだけ骨の折れる行為というのか。

「罠は自動で起動しないようにされ、隠されている。おそらく四階層への道を埋めたやつの仕業だろう」

 

 爺さんは顎髭を触り、懐かしむように語っていた。



 俺は三階層の地図にまだ×印がつけられていない場所に向かって歩き始める。

 ほとんどの場所が爺さんによって調べられているから、俺がこれから調べる量は少ない。もし最初から俺だったら、半分もいかずに挫折するだろう。

 しばらくして爺さんが調べていないエリアにやって来る。フェルツァアートの街で言えば北西に位置している。

 俺は今通路にいて、地図を見る限りこの先にはさらに三つに別れる道があるようだ。

 冒険者としていうとここに罠がある可能性は低い。

 かといって調べないわけにはいかない。

 俺は周囲の地面や壁を自前の折り畳み式スコップで掘っていく。

 掘るといっても三十センチほど、土に突き刺した感触で罠の有無を調べていく。

 結局ここから分かれ道まで罠はなかった。

 俺はその後も根気よく、左の道から順に調べていった。

 一番始めに罠を発見したのは左の道を少し進んだところ。壁を掘っていると、高さ三十センチのところに魔法器具のようなものが埋まっていて、その隣にレバーらしきものもあった。

 魔法器具から無色の魔力線をとばし、それを何かで遮れば、レバーが動くシステムなのだろう。

 今は魔法器具は作動していないので、自力でレバーにロープを括りつけて引っ張る。

 錆びが剥がれ落ちるようないやな音をしながらレバーが動いた。

 すると、天井から毒霧が発射された。

 当然俺は、罠から十分離れた位置にいたので影響は受けない。

 まずは一個目。手動でも罠が作動してくれたことは大きい。

 その後も二つ目、三つ目と罠を探し当てるが、どれも目的のものではなかった。


 時間にして六時間ほど経ったとき、俺は三つの分かれ道の右を進み、さらにその先にある分かれ道を右に進んだ途中の通路にいた。

 地図によると、この先にはだだっ広い部屋がある。この部屋は宝部屋である可能性が高い。

 ということは、この通路には罠が存在している可能性は十分ある。

 俺は壁を堀り始める。

 しかし、見つからない。

 部屋の入口が目視できる位置まで来る。初心者の冒険者なら、ここで部屋に目が奪われて、周囲の警戒が疎かになって罠に嵌まる。

 俺は期待込めてスコップを差し込む。

 すると、硬い何かが行く手を阻み、カキンという金属音が通路中に響き渡る。

 俺は誤って作動させないよう、周囲の土から掘っていく。

 モノは長い板のようになっていて、床の下に埋まっている。そして反対側の壁まで続いている。

 恐らくこの罠は一定量以上の重さで沈み、スイッチが入るのだろう。

 板と壁の接着点あたりを深く掘っていくと、スイッチらしきレバーを見つけた。

 手では押してもレバーは動かなかったので、足の裏で踏むよう蹴る。

 少しずつ動いていくのがわかる。

 十数回目の蹴りでレバーが下向きになった。そして同時に鈍い金属音と共にゆっくりと、手前の地面が押し開きのドアのように真ん中から開いた。

 細かい砂や誇りが、開いた先にある穴に落ちていく。

 俺は期待を抱いて穴を覗く。

 見つけた。

 穴の先は見えなかった。どこまでも続く闇が広がっていた。

 この先は下層に繋がっている。だが、そこは魔物の巣の中心部。下に降りた瞬間俺は死ぬかもしれない。

 体の底から恐怖を感じる。

 やめたい。見つからなかったことにして、引き返そう。そして、デルデに謝って海峡に行こう。

 俺の心が未知なる穴の前で弱っていく。

 でも、この先にある階層は冒険王ジーク以外はたどり着いたことがない。

 そう思うと、何故かワクワクする自分がいた。

 行ってみたい。冒険王が見た世界を俺も見たい。それを見てどう思ったのか。知りたい。

 ……いや違う。俺は金のために潜るんだ。

 金のために。

 俺は装備を確認して、ゆっくりと穴を降りていった。


 五十メートルほど降りただろうか。

 微妙に曲がっていたせいか、上からの光が差し込まなくなった。

 俺はライトの呪文を唱え光源を漂わせる。周囲の視界が広がる。

 入口のときより幅が狭くなってきているのがわかる。今なら足を全開に開けば、両足が左右の壁に僅かに付くだろう。

 俺は視線を下に向ける。光は底までは照らしてはくれない。

 俺は黙々と下っていく。

 

 最初に降り初めてから一時間ほど経った。

 ついに俺は落とし穴の終着点にたどり着いたかもしれない。

 壁を照らしていた光が、五メートル下ったところで空に分散されているのが見える。

 俺は足を広げて壁につけてバランスをとり、ライトを極力絞る。そして鞄から三十センチほどの鉄の杭を二本取り出し、対角に壁に音を鳴らさないように差し込む。

 壁から浮き出た二本の杭の端に一本のロープを往復させるように結び、二本の杭の丁度真ん中のところできつく結ぶ。俺はロープを引っ張って、重さが左右の杭に分散されるのを確認する。

 そして、俺はロープをてで持ち、壁を蹴るようにして穴を下る。

 逆さを向いて、穴の淵から顔だけを出す。

 薄明かりのライトをゆっくりと穴の外に出していく。

 僅かに視界が広がった刹那、俺は背筋が凍った。

 鍾乳洞のような凹凸が目立つ天井。

 そこにぶら下がる無数のコウモリ。

 俺は動物的本能に従って瞬時に顔を穴に引っ込めた。

 あのコウモリは普通ではない。魔物だ。普通のコウモリの五倍はあったと思う。

 一匹一匹は弱くてもあの量が一斉に襲いかかってきたら、どんな冒険者でも瞬く間に骸に変えられるだろう。

 もし意図せず罠に嵌まっていたら、落下後の音で奴らを呼び起こすことになっていた。

 とんでもない罠だ。

 だが俺はまだ奴らには気づかれていない。気づかれる前に、下層に繋がる階段を見つけよう。

 俺は指向性のあるライトを作り出し、地面の方を照らす。

 十メートルくらい下に水が見える。深さはわからないが、この辺り一帯は水があるようだ。

 俺は水に浸らないギリギリの所までロープをたらし、ゆっくりと音を立てず降りて行く。

 冷たいしっとりとした空気。静寂の中に、コウモリたちが動く僅かな音が耳に入ってくる。俺は額に冷や汗を浮かべながら一番下までたどり着く。

 ライトを照らす。水は深くないようだ。足首まで浸かる程度といったところだ。

 俺は片足ずつ地面に降り立つ。そしてライトを上に向けないようにして周囲を見渡す。

 上層とは打って変わって人の手が加わっていない、自然の洞窟だ。

 水溜まりはここだけで、少し歩けばゴツゴツとした岩道がある。とりあえずそこまで歩いていく。

 この先は大小異なるトンネルが二つあるが、どれが下層に繋がっているかなどわからないので、俺は勘で大きい方を選んだ。

 トンネルは進むつれて立ってられないほど狭くなった。そして暫くする進むと開けた広場に出る。そして分かれ道。その繰り返しだった。

 俺は当てもなく歩き続けた。それでも頭の中に地図を作り、一度通った道には目印をつけるようにした。

 広い空間には必ずコウモリたちがいた。気が休まるときがない。

 

 コウモリたちの巣窟を探索し始めて、俺は数十個目の広場に出た。

 そこは今までの広場よりはるかに大きさが違った。

 今までは薄明かりのライトでも向かいの壁まで視認することが可能だったのだが、この広場では反対側までライトが届かない。

 天井にはコウモリの気配が感じる。この広さだと、相当な量になるだろう。

 緊張感が一気に高まる。

 引き返すか?

 いや、迷宮において厳しい場所ほど宝や階段があることが多い。

 だから、進もう。

 俺は一歩ずつ慎重に歩く。

 壁に沿って進んでいくと、どうやらこの広場は円状になっていることがわかった。

 おそらく百歩ほど進んだときだった。

 地面には水溜まりが斑に存在していた。

 俺は水音を立てないよう気をつけていた。

 だがここで悲劇が起きた。


 地中から上に叩きつけるような揺れ。

 最近巷で大騒ぎになっていたあれだ。地震だ。それもかなり大きい。

 俺は壁にしがみつくようにしてバランスをとろうとした。

 だが、不幸にも地震は俺の身体を壁を触れさせてくれなかった。

 倒れそうになる俺は宙に浮いた右足で地面を踏み込む。

 しかし、そこは水溜まり。

 バシャリと水が跳ねる音が広場に響き渡る。

 この地震。

 当然コウモリたちは目覚める。

 そして俺の愚かな一歩。


 奴らが俺の血を求めて羽ばたく音が聞こえてくる。


 万事休す。

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