第8話 金庫室と挑戦

 街から帰ってきた晩、私は思いきってセリアに打ち明けた。

 地震について大臣たちはどう考えているのか。そして、私の考えはどうであるのか。

 冒険王ジークのことからダンジョンコア、聖樹、私は全てを一つ一つ自分の言葉で説明した。

 セリアは最後まで、何も言わずに聞いてくれた。

 全てを言い終えても、セリアが私を見る目の色は変わらなかった。

 「それで、その地図は金庫室まで探しに行ったのですか?」


 セリアの最初の言葉がそれだったので、私は驚く。

「え、いや、まだだけど」

「では、今から行きましょう。私も一緒に探します」


 セリアは私を促すように言う。

 ちょっと待ってほしい。私の予想を越えたセリアの反応で、思考が間に合わない。

 どうして、どうしてセリアはーー

「私を信用してくれるの」


 セリアは動きを止めて、私を見る。 

 私は言葉を続ける。

「引きこもりで、常識知らずで、すぐ突拍子のないことも言う。普通だったらこんな私の言うことなんて、相手にしないわよ」


 そんな私にセリアはにっこりと笑って見せた。

「パーム様、私はあなたが小さい頃からお仕えして参りました。あの日からあなたが自信を失って引き篭るようになっても、私はあなたの側に居続けました。だから、私はパーム様、あなたの理解者でありたいのです。何があろう私はあなたの味方です」


 私を真っ直ぐ見つめるセリアの目。その目には汚れも何もなく、とても澄んでいる。

 熱い思いが込み上げてくるが、ここはぐっと我慢する。

 「もう…セリアが側にいてくれて本当にありがとう」


 本当はもっと感謝の気持ちを伝えたいけど、気恥ずかしいし、塞き止めた思いも溢れだしそうだし。私はそっぽを向く。

「ふふ、では行きましょうパーム様」

 


 城の金庫室には簡単に入ることができた。

 二十四時間態勢で複数人による警備兵が滞在しているが、私が事情を説明すると、すぐに扉を開けてくれた。

 事情と言っても本当のことは説明しない。冒険王ジークが帯刀していた剣を見たいと、言っただけ。さすが王族、こんな無理矢理な理由でも開けてしまえる。

 私はボディチェックは不要ではあったが、セリアは必要だった。当然のことなので、私たちは文句は言わない。

 「先日の地震で中は少々、散らかっております。足元にはご注意お願いします」

 

 警備兵が申し訳なさそうに忠告してくれた。それは仕方がない、整理をするにも金庫室の場合は、信用の問題で誰でもできるという訳ではない。

 私は構わない、と言って中に入る。

 金庫室の中は、想像していたよりもきらびやかとはしていなかった。

 宝石や、金銀、お金、は確かに積まれているが、部屋の広さと比べると少なく感じる。おおよそ、三割がそれを占めている。部屋の広さは、剣士二人が模擬戦を行うコート三面分はある。

 さて、残りの七割は、いかにも骨董品と思える絵画や壺やオブジェがある。他にも武器の類いもたくさんある。

 警備兵が言っていた通り、本来なら道になっていたはずの床が、物でなくなっている。

 とは言っても壊滅的な散らかり様ではない、あくまで積まれていた上の部分が崩落したように見える。

 私たちは、踏まないよう十分注意しながら進む。

 探し物は書物、仕舞われているとしたら箱の中の可能性が高い。

 箱はどこにあるのか、辺りを見回す。あった、そこら中に。骨董品なのどの一番下に置かれて、土台の役割を担っている。

 私とセリアは二手に別れて探すことにする。

 私はまず、何も積まれてない箱を開けてみる。中には布で包まれた何かがある。広げてみると、金色の懐中時計だ。違う。

 私は次の箱に手を出すが、これも違う。高価そうなブローチだ。

 セリアの方も、近くの箱から開けていっているが、どれも違うみたいだ。

 そう簡単には見つからないか、根気よく探すしかない。私たちは黙々と探していった。


 

 気付けば、目に見えていなかった奥のほうまで手を出している。

 箱の中身も、だんだん古めかしいものになっていく。いつの時代のものかわからない食器。錆びたナイフ。石の判子。さらには角の生えた頭蓋骨。

 時代が遡っていっていることに、可能性を感じてはいるが、まだ書物には出会っていない。私の心の奥に、もしかして地図は存在していないんじゃないかという、消極的思考が生まれる。

 だめだ、諦めるのは全てを見てから。私を信じてセリアも探してくれているんだから。

 

 

 どれくらいの時間がたったのだろうか。

 目的のものはまだ見つからない。もう金庫室の最奥近くまで探している。

 途中、なかなか出てこない私たちを心配して、警備兵が中の様子を伺いに来た。私は、探しものが見つからないという、嘘偽りない言葉で追い返した。

 私は少し疲れて、先ほどチェックした箱の上に座る。

 はあ、とため息をしてセリアの方を見る。

 セリアと目が合う。そして私の方へ寄ってくる。

「少し休みますか」

 

 その誘いはとてもうれしいけど。一度休むと、心がおれそう。

「大丈夫よ、先は見えてきたし、続けましょう」


 私は力なく微笑む。私が無理をしているのがわかっているんだろうけど、私の覚悟を決めた目を見て、引き下がってくれる。

 ごめん、もう少しだけ頑張らせて。



 そして、その時は唐突に訪れる。

 上下一式の甲冑の下に赤い鉄の箱があった。私とセリアが二人がかりで甲冑をどかす。箱を引きずり出して、開けようとしてみるが、錆びているのか開かない。

 そこで、二人で反対側を持ち合って引っ張る。

 金属をひっかくような音を出しながら、徐々に開いていく。

 あともう少しというところで、引っかかりがはずれたかのように、簡単に開いた。おかげで私たちは尻もちをついた。

「痛っ」


 私は自分のお尻をさすりながら立ち上がる。

 そこにひらひらと何か紙らしきものが漂う。そして床に落ちて、私は手に取って確かめる。

 それは地図ではなかったけど、冒険王ジークが子孫に向けて書かれた手紙であった。

 セリアが横に来て、私の肩越しに紙を見る。

「…っ、パーム様、これはもしや…」


 いつも落ち着いているセリアが目を見開く。

 それもそうだろう、これには地下迷宮について書かれている。内容は私の予想通り、ダンジョンコアの暴走についてだ。

 手紙には私たちにむけて謝罪が綴られている。そして、私が今一番求めている地下迷宮の最下層への行き方。

 その道はこの王宮にあった。

 私は急に足の力が抜けて、そのまま床にへたり込んでしまった。これでやっと大臣たちを動かすことができる。

 でも、その前に少しだけでも寝たい。今何時だろう。私は重たい瞼をゆっくりと閉じた。



 ×  ×  ×



 日がまだ登りだしていない早朝、俺は既に起きていた。

 今から地下迷宮を探索する予定である。迷宮に行く準備は昨晩のうちに終わっていて、玄関の近くにリュックサックが置いてある。中にはユニバーからもらった地図、そして軽食や水、他にもロープや魔道具がぎっしりと詰まっている。

 朝食は摂ったし、そろそろ行くとしようか。

 俺は立ち上がり、短剣を携え、小ナイフを体にいくつか忍ばせる。そして、リュックサックを背負う。茶色いブーツをしっかり結び、外に出た。


 街の東門から外にでて、少し森の方に入ったところに地下迷宮の入口がある。俺は中央通りを東に向かって歩いていく。

 朝日が登り始めていないので、外はまだ暗い。街灯の明かりによって朝靄が目立つ。

 聖樹の横まてたどり着いたとき、俺は聖樹を見上げた。

 明らかに成長している。伸びだ枝が周囲の家屋を貫通しているのがわかる。

 これは、本当に最近頻繁に起きている地震が関係しているのだろうか。地震のあとに大きく成長するというのは、確かに無関係と片付けるには、難しいだろう。

 俺は聖樹の横を通りすぎていく。

 昨日、図書館であった少女はこの地震はダンジョンコアの暴走によって引き起こされていると熱弁していた。

 あのような少女が、俺と同じように地下迷宮の存在を信じていることに驚きを感じるが、彼女の推論を俺はあまり賛同できなかった。

 予想の上に予想を重ねているような気がしたからだ。

 しかし、一晩明けた今、俺は彼女の推論を簡単に否定できるものではないような気がしてきた。

 俺は冒険王は地下迷宮を踏破したが、財宝は持ち帰らなかったという伝説を信じて探索するわけだ。

 根拠の水準では彼女と同等である。

 まぁ、ダンジョンコアについては俺はさっぱりなので、暴走するしないかを判断することはできないけど。

 もしも、彼女の推論が正しければ、俺は何かしら巻き込まれるような気がして、胸にモヤモヤしたものが生まれ始めた。


 東門を出て、舗装された道からそれる。

車輪の轍道が最初はあったが、進むつれてなくなって、草木が道を隠すように生えていている。

 とはいっても俺は探索者だ、草の生え方で道は予測できる。

 少し進んで目的のものが見えてきた。門を出ておおよそ二キロほどだろうか。

 ゴツゴツした岩がアーチ状に入口を作っている。周辺はきちんと刈られた芝生になっていたんだろけど、今では俺の身長の何倍もの草木が行く手を阻んでいる。

 俺はそれを掻き分けて中に入る。

 ひび割れた石の階段が下にむかって続いている。

 俺はそれを黙々と下っていった。

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