第7話 王女の一歩

 真っ直ぐ続く廊下を私は早足で歩いていた。この先にある扉で外に出れば、城の裏側に出られる。

 この城で働く、使用人やコック、他にも食材や日用品などの搬入に使われる通路である。

 現在、私は侍女の格好をしている。この服は侍女のロッカールームから拝借したものだ。

 では、なぜこのようなことをしているのかというと。

 私は緊急会議を終えて、部屋に帰ったあと、ベッドの上で一頻り泣いた。

 自分が世間に疎いことや、セリアの忠告を無視してしまったこと。

 とにかく私は不甲斐ない自分に情けなく思いながら、涙で枕を濡らし続けた。

 扉の向こうでセリアが、一晩中励ましの言葉をかけてくれた。

 そのかいあってか、私は平静を取り戻し始めた。

 「グスン、もういいわ、ありがと…セリア」


 と言ってセリアを下がらせた。

 私はしばらく一人で悶々としていた。

 心が落ち着くと、反対に腹が立ってきた。

 少し、世間からずれた発言をしたからと言って、皆して笑うことはないじゃない。

 でも、自分が使える国の頂点の人間がああであれば、呆れて笑うのも致し方ない。

 そもそと十九歳にもなって一般常識を知らない私はなんだ。それでも一国の王女か。

 私の憤りが自分自身に向く。

 ならば、常識を身に付けよう。

 でも本では駄目。自分の目で、耳で確かめないと。

 私は外に出ることを決意した。



 セリアには申し訳ないけど、社会勉強のために、無断外出させて貰うよ。私がいてもいなくても会議は成立するからね。日が沈む前には帰るから。

 私は意気揚々と裏口の扉を開けて、外に出た。

 外に出ると、すぐそばに衛兵がいた。

 その可能性は十分考慮していたので、なるべく目立たないよう顔を下げる。

「お疲れ様です」


 なるべく自然に、かつ業務的に一連の動作を行う。自分的にはしっくりきた。

 相手の反応を待って足を止めるのは愚行なので、そのまま裏門の方まで進む。

 視界の端で、私の方を見るために首を動かしたような気がした。

 しかし、結局衛兵は私に対して何も言うことはなかった。

 私としてはラッキーだったけど、あの衛兵さん、いつも侍女には挨拶しないのかな。とても、失礼な人。

 そのまま私は裏門の方にやって来る。

 馬車が一台、余裕を持って通れそうなほどの幅があって、両サイドに衛兵が一人ずつ立っている。

 私は、さっき同じように、お疲れ様ですーと門をくぐった。

 今度は反応があった。

 外から見て右側の人が、

「ん、ご苦労さん」


と言って、左側の人がつられるように、

「おつかれっすー」


と、やる気になく答えてくれた。 

 私を疑う素振りは一切ない。このままやり過ごせるだろう、と心に油断が生じた。

「ちょっと君、待ちなさい」


 呼び止められた。私は背中に電気が走ったかのように、びくっと体を跳ねる。 

 このまま振り向かないでいると怪しまれるだろう。

 私はほとんど部屋から出なかったから、おそらく末端の人間には顔を知られていないはず。

 私は恐る恐る振り向いた。

 声を掛けたのは、右側。優しいそうな顔をした四十代の衛兵だ。

 「はい、なんでしょうか」


 きょとんとした顔で、衛兵の顔を見る。

 「その格好で外に出るのか?着替えはどうした」


 私は視線を下げて、自分の格好を見る。

 侍女服。着方も何一つおかしな所はない。

 でも、私がわからないだけで、彼にはわかる何かがあるのだろう。

 ここは、一つ無難にいこう。

「すみません、私服が濡れてしまいまして。」


 不自然な点は一切ない返答。

 衛兵は私の全身をジロリと見て、

「そうか。なら街での振舞いには気を付けるんだぞ。その服には王家の紋章がついているからな」

 

 私は、左胸に描かれた紋章を見る。

 これが見えたまま街で粗相をすると、王家の評判も下げかねない。

 「はい、ご忠告ありがとうございます」


 といって頭を下げる。

 相手もコクりと下げてくれる。

 どうやら、これで終わりのようだ。

 私は翻って、街の方へ向かって歩いていった。

 ちなみに、左側にいた若い衛兵は終始眠そうにあくびをしていた。


 

 街にはいる前に、私は近くの林の中に入り、侍女服を脱ぎ捨てる。もともと侍女服の下にはロッカールームから借りてきた誰かの私服を来ていた。

 私は、どこにでもいそうな町娘の格好になって林をでる。

 さて、久々の街を探索しましょうか。


 街に入って、私はすぐに落ち込むことになった。どこもかしこも、先日の大地震の爪痕が残っている。

 完全に倒壊している家屋こそは少なかったものの、住民はみんな憔悴しきった様子だ。

 私は何もできない自分を不甲斐なく思いながら、道を歩み続けた。

 もし、この地震がダンジョンコアの暴走によるものなら、おそらくまた地震は起きる。

 しかし、大臣たちはこの地震をダンジョンコアによるものだと誰も考えていない。私しか、この可能性を疑っていない。

 ダンジョンコアの暴走は冒険王ジークによって、既に予知されているものだった。

 そもそも、ダンジョンコアをコントロールすることは不可能であった。しかし、それを唯一実現させたのが、ジークである。

 残念ながらそれは完全なものではなかった。だから、ジークは晩年、「私には後悔していることがある」「次の世代に託す」という言葉を残したんだ。

 たぶん、ジークはダンジョンコアに施した力は、数百年は保たれ続けると考えたのだろう。

 そして、その力がなくなったとしても、数百年後の世界ではダンジョンコアを無限に制御できる技術が確立されているはず、そう予測したんだと思う。

 しかし、現実はダンジョンコアがもたらす恩恵に頼りきり、魔法科学の進歩はジークの予想よりはるかに下回った。

 しかも、世間はジークの功績を迷信だと言う始末。

 私は一人の王族として果てしなく情けなくなった。

 私のできることは、何か。

 まずは、世間を知り、大臣たちに話を聞いてもらえるくらいになること。

 そして、ダンジョンコアの存在を確証させる材料を揃えること。

 私自身、ダンジョンコアの暴走は今まで読んだ本から考えだした推測であるから、完全に信じているわけではない。

 できれば杞憂であってほしい。

 でも、私がこれを放棄したら、誰がこの考えにたどり着くのだろうか。

 そう思うと、使命感が私を動かす。

 私は、唇をきつく結び、目に写る光景をひたすらに焼き付けていった。

 

 図書館を見つけたのは、西日が強く差し照らす時間だった。

 城にはない本がここにはあるかも知れない、そう思い中に入る。

 係員が疲れた様子で本を整理している。朝から続いていたのだろうか、ほとんどの本棚が綺麗に片付けられている。

 私は歴史書がある本棚に行く。

 背表紙を見ながら歩くが、他の本棚よりかなり隙間が目立つ。

 どういうことだろう、通りかかった係員を捕まえて訳を聞く。

 係員はとてつもなく面倒くさそうな顔で答えてくれた。

 どうやら、男の人が一人でテーブル席に溜め込んで読んでいるそうだ。

 係員がこんなに忙しそうにしているのに、なんて迷惑なやつだ。

 私は少し憤りを感じながら、テーブル席の方に行く。

 本の山が形成されたテーブル席がある。あきらかに異様な光景だ。

 いったいどんな人が読んでいるだろうと、本の山の上から覗き込む。

 手入れのしていない茶色い髪の毛をした青年。私より少しだけ歳上だろうか、でも下を向いてて上手く判断できない。

 私に気づいたのか、彼は顔を上げた。

 青い瞳と視線がぶつかる。

 はっきりとした顔立ち。大人びた表情であるが、でもどこか幼さを感じる。

「あの、何か用ですか?」

 

 彼は、戸惑った感じで、口を開いた。

 想像より、落ち着いていて低い声だ。

「すみません、ここにある本って、歴史書のコーナーにあったものですよね?」

 

 彼は目の前の本の山を見て、慌てた様子で

「あ、ああすみません、いつの間にか溜め込んじゃいました。読みたい本があれば、自由にとっていってください」


 と謝罪してきた。

 なんだ、悪い人じゃなさそうね。

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせてもらいますね」


 私がそう言うと、彼は少し微笑んで、再び本に視線を戻した。

 それから私は、読んだことがない本を選び、彼の隣のテーブル席に着いた。離れたテーブルだといちいち戻すのが面倒だ。

 

 しばらくの間、目を通しては彼のテーブルに戻し、選んではまた自分の席で読む、という行為の繰り返しであった。 

 読んだことがないとは言っても、内容は既に知っているものがほとんどだった。

 何度目かの本の選択の最中で、私はふと思う。なぜこんなにも、私が今求めている本が彼がよんでいるのだろうか。

 そう考えると、私は彼のことがだんだん気になってくる。

 そして、思いきって尋ねてみることにした。

「地下迷宮に興味があるんですか?」


 急に声を掛けたので、彼は驚いた様子で顔を上げた。

「え、ああ、まあそうですね」

「実は私も今、すごく興味があるんです」

「へー、そうなんですかー」

「…」「…」


 次の質問を用意してなかったので、すぐに会話が途絶えてしまった。

 ああ、なんか言わなきゃ。

 彼が再び本に顔を向けようとする。

「ところで、地下迷宮は本当に存在していると思いますか?」


 間一髪のところで、彼を引き留める。

「まあ…確証はないんですけど、俺はあると思っていますよ。実際本を読んでみて、それを裏付けることが書いてありますし、まぁそれだけじゃないんですけど」

「実は私も、歴史書を読み詰めていって、存在するという答えに至ったんですよ。あ、それだけじゃないっていうのはどういうことですか?」


 私の言葉に、彼は少し間をおいて答えてくれた。

「実は俺、冒険者をやっているんですよ。それで、冒険者の知り合いから、現在潜れる三階層までの地図をみせて貰ったんです。地図を見たら、地下迷宮には三階層より下がありそうな気がしたんです」

 

「え、冒険者をされているんですか」

「はは、冒険者が図書館で本を読むなんて珍しい光景ですよね」


 彼は、そう言って笑う。

 私は慌ててそんなことないですよ、とフォローを入れる。


 それから私たちは地下迷宮について話し合うことになった。

 私は初めて共通の興味を持つものがいて嬉しかった。

 彼は、地下迷宮にある財宝を狙っていると言った。たしかに、冒険王は迷宮から帰るさい宝を持ち帰らなかったと言っている。

 やはり、彼曰くほとんどの冒険者が地下迷宮の伝説は嘘であると認識しているらしい。

 私は思いきって、今回の地震の原因がダンジョンコアにあると話してみた。

 しかしその理由を添えてみても、彼は信じてはくれなかった。どうやら私のこの考えには推測が多すぎるらしい。

 ダンジョンコア自体は彼はあると考えているが、それが暴走するというのはにわかには信じられないという。

 私は残念だと思いながら、一番気になっていることを尋ねてみる。

 「地下迷宮の最下層までの地図ってどこにあると思いますか」


 質問して後悔する。なんて浅はかな質問だ。地図がないから冒険者は迷宮を潜ることをやめたんだ。地図がないから、この人は図書館に来ているんだ。

 幸い彼は冗談と受け取ってくれた。

「そんなもの、お城の宝物庫にあるんじゃないですか」


 この言葉に私は衝撃が走る。

 冒険王は次の世代に託すといった。

 だから、城に地図があっても何もおかしな点はない。

 「王族にそれを説明しても、誰も相手にはしてくれないでしょうね」


 彼はそう笑っているが、私自身が王族だ。

 もう既に説明は不要である。

「ありがとうございます!」


 突然の感謝の言葉に驚く彼。

 まだ存在すると決まったわけではないけと、気持ちを伝えないわかにはいかなった。


 その後、私は彼と別れ、周りに目もくれずに帰路についた。

 お城が目に見えたとき、私は彼に名前を聞くのを忘れてたことを思いだし、ひどく後悔した。

 ちなみに、行きと同じように侍女服で裏門から中に入ろうとしたが、カンカンに怒ったセリアに迎えれ、後でこっぴどく説教を受けた。

 

 

 

 

 

 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る