第6話 下調べ

 夢を見た。

 父親の夢だ。俺がまだ小さいガキの頃の。

 俺の父親は冒険者だった。しかも、有名なユニバー爺さんに弟子入りしていた。

 俺はそれが、とても誇らしかった。

 迷宮帰りの冒険者は、みんなお金持ちだって聞いた。

 だが、いつも父さんが迷宮から持ち帰る宝はいつも微々たるものだった。

 俺は知らなかった。袋一杯の宝を持ち帰る冒険者なんてそうそういない。身体一つ持ち帰るだけで、立派な儲けものである、というのが常識であった。

 そうと知らず俺は、父親にそれをなじった。迷宮からもっと宝物を持ち帰ってきて。

 それから暫くして、父親が帰らない日が続いた。

 迷宮で父親の死体か見つかったのは、違和感を覚えてから二週間後だった。

 俺はただ、泣くことしかできなかった。

 


 頭をかきながら起き上がる。

 俺は、貧乏だったあのころの生活が嫌で、いつも持ち帰りにこだわって冒険をしている。金はあるに越したことはない。稼げるときに稼がないと。

 俺は、ベッドから降りて部屋の惨状に気づかされた。

 昨日の大地震。

 帰り道、倒壊した家屋をいくつか見かけた。平常なら驚いていたところだが、昨晩は違う。

 デルデたちと喧嘩しちまった。

 今思えば、酒のせいだ。素面ならあの程度で血が昇ることなどない。

 昨日の今日で謝るのもなんか気恥ずかしい。時間が解決してくれるだろう。

 それに、あいつらとは一時的なパーティ契約だ。常時一緒に冒険する必要はない。

 しかし困った。地下迷宮に行きたがる冒険者なんてこの街にはいないだろうな。

 しかたあるまい、一人でいこう。

 俺は、ベッドから降りて、水を飲む。そして今日は、一度この国の地下迷宮について勉強するため、公共の図書館に行こうと決めた。



 もうすぐ太陽が真上にやって来る時間。

 俺は図書館までの道を練り歩いていた。

 昨日の地震で、完全に倒壊している家屋がちらほら目立つ。倒壊とまでいかないが、壁が崩れたり、ヒビが入ったりしている家もたくさんある。

 住民たちは慌ただしく片付けの作業をしていた。

 これじゃ図書館も無事じゃないだろうな、と思いながら歩く。

 しかし、その考えは杞憂に終わる。

 外見は見事に無事だった。良かった、と胸を撫で下ろす。

 俺は解放されている入り口をくぐる。


 残念ながら、中は無事ではすまなかったようだ。

 係員の人たちが忙しなく俺の前を横切っていく。

 俺は、辺りを見渡した。図書館は二階建てに設計されている。その床には無数の本が無惨な姿で散らばっている。それを本棚に戻していく係員たち。

 やっぱり、中は駄目だったんだな、帰ろうかと考えたが、意外と無事な本棚が見えた。

 俺は、係員をひとり捕まえて、利用可能であるか聞いた。

 係員は面倒くさそうな顔で、あと二時間ほどおおかたが片付くから、それ以降なら大丈夫だと、答えてくれた。

 俺は、お礼を行って図書館を出た。

 さて、時間ができた。

 順番が逆になってしまったが、先にユニバーの爺さんの家に行こう。


 いつも通り爺さんは俺の呼び掛けには答えてくれなかったので、俺は勝手に中にはいった。

 中は酷い惨状であった。ただでさえ所せましと積まれていた書物が、床に雪崩落ちると、歩くところがなくなる。俺は最低限歩ける場所を厳選して廊下を進んでいった。

 物音がする部屋に入ると爺さんは本を整理していた。

 俺が声をかけると、

「おー待っておったぞ、地図なら用意しておる」


 といって、客間まで連れていかれる。

 曰く、爺さんは俺が家を出たあと、ずっと地図を探していたという。

 なかなか見つからないと思っていたところに地震があって、爺さんは書物の山に飲まれたらしい。

 しかし、それが幸運に傾き、顔の上に地図が落ちてきたんだと。

「これは運命かもしれん、わしは無宗教ではあるが猛烈に神に感謝したぞ」


 と熱く語る爺さんをよそに、俺はテーブルに置いてあった目的のものらしい地図を手に取った。

 俺はその地図を見て、大きく目を見開いた。

 隣で爺さんが鼻を高くして言う。 

「この地図に記されているバツ印は既に調査したところで、何もないところ、そのままの意味で、調査できていないということだ」

「調査とはなんのことだ」


 ああそれはな…。

 俺はその続きを聞いて再度驚かされる。なるほど。

「…よし、地図を渡したことだし、わしの部屋の片づけを手伝ってくれ」


 それは面倒くさい。俺は適当な理由をつけて、爺さんの家を逃げるようにして飛び出した。


 昼食をとり、俺は再び図書館を訪れた。

 係員の言う通り、散らかった本はほとんど整理されていた。

 俺は受付の女性に会釈をして、目的である歴史のコーナーの本棚に向かった。

 そして地下迷宮について書かれていそうな本を手あたりしだい手にっと、テーブル席に着いた。

 それから俺は、虫のように本を読んでいった。

 以下、おおざっぱに得た知識である。


 まず、冒険王曰く、地下迷宮は全部で十階層になっていて、下層になっていくにつれて、凶悪な魔物が住んでいるらしい。巨大ネズミ、巨大女王グモ、無数のコウモリたち、歴戦の骨の剣士、といった魔物が本には綴られている。さらに、腕っぷし以外にも知恵も必要だったとも書かれている。

 そして十階層の最奥にダンジョンコアがある。冒険王はそのダンジョンコアの力で聖樹を誕生させ、国を反映させていった。

 その後、多くお冒険者がとてつもない財宝を求めて探索するわけだが、なぜ冒険者は一度踏破された迷宮にそれほどの財宝があると考えたのか。

 それは、冒険王自身が言った、

「宝を持ち帰ることはできなかったが、私はそのおかげでダンジョンコアというお金以上に価値のあるものを手に入れた」

 という言葉が原因である、そう伝記に書かれている。

 俺は冒険王の言葉にひっかかりを覚えながら読み進めていく。

 財宝を求めて多くの冒険者が地下迷宮を探索したが、誰も四階層より下に降りることはできなかった。やがて、冒険者の間では冒険王の言葉は嘘であると考え始め、探索する人がいなくなった。

 ここは知っている知識だ。

 次は冒険王と知り合いであったらしい著者が書いた本。

 著者は晩年の冒険王と直接言葉を交わせたらしい。

「冒険王は晩年、こう語っている。”私はあの冒険で一つ後悔していることがある、無責任ではあるが次の世代に託すとしよう”と。冒険王はおそらく財宝を持ち帰らなかったことをひどく悔やんでいるのだろう」

 この冒険王の言葉の意味は本当に著者の言う通りなのか。どうも違うような気がすると俺は思う。 

 ここまで読んで、俺はユニバー爺さんが言っていた、四階層以降の道をだれかが塞いだということを考えた。

 これはおそらく冒険王だろうな。

 冒険王にとって一番大切なのはダンジョンコアである。それは誰の手にも触れさせたくなかった。この国が反映し続けるように、だから、塞いだんだ。

 「次の世代に託す」という言葉。

 もしかしたら王家には最下層まで降りる手段を知っているかもしれない。

 例えば、城の宝物庫に直接最短で降りることができる地図があるとか。

 そんなまさかな、と鼻で笑って、次の本を手に取った。

 


 


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