第5話 大混乱と小さな勇気
大地震が街を襲ったとき、私は自室で眠っていた。
昼夜逆転など当たり前の私は寝たいときに寝て、食べたいときご飯を食べる。それができるのは私が王女だから。
とにかく、眠っていた私は大地震によってたたき起こされる。
最初、何が何だかわからなかった。でも、すぐに思考は働き始め、恐怖の感情が生まれる。早く止まって、と掛布団で全身を覆う。
三十秒ほどたっただろうか。揺れはゆっくりと弱くなって、やがて完全に止んだ。
この地震、数日前に起きたときよりずっと、大きかった。
私は恐る恐る、顔を出して、周りを見る。天井に吊ってあるライトが地震の名残でまだ揺れている。
床には、先ほどまで積まれていたはずの本、床一面にぶちまけれていた。
「パーム様!ご無事ですか!」
扉の向こうから侍女のセリアの安否を問う声が聞こえてくる。私は振り絞るように、
「え…ええ、大丈夫だわ…」
と答える。
セリアは安心した声を出して、離れていった。
正直、セリアの声を聞かなかったら、今にも泣きわめいていたかもしれない。だから凄く感謝してる。
それでも、私はしばらくの間、ベッドの上で放心し続ける他なかった。
ベッドの上から降りることができたのは、地震発生から一時間後のことだった。
私は、散らばった本を拾い上げ、ジャンルごとに積んでいく。
整理をしながら、私は今回の地震について考えていた。
この国は、いまだかつて地震など起きたことがない。それがこの数日間で三回も起きた。明らかに異常だし、三回目のさっきのは凄くでかい。考えたくないけど、たぶん街でも大なり小なり被害は出てるんだろうな。
原因はなんだ。
私の心になにか、こうもやっとしたものが生まれる。
動かしていた手を止めて、思考に入る。
前に読んだ本だ。
名前も内容もジャンルも出てこない。
でも、この地震現象の原因に当てはまるなにかが確かに書かれていたんだ。
ああ、なんだったか。
しかし、私の記憶探索は、セリアの声によって出口に戻される。
「パーム様、よろしいでしょうか」
扉の向こうからでも、正常でないことがわかる。
私は、どうぞ、と答える。
「先ほどの地震について、防衛大臣が危険度を大と設定しました。したがって、今から各省庁の大臣による緊急会議が開かれます。これは最高指令官である王家の出席は義務付けられております。大変、大変、お気持ちお察しします。どうか、パーム殿下、出席していただけないでしょうか」
扉で見えないのに、セリアはきっと頭を下げているのだろう。
セリアには良くしてもらっている。私の心の病を侍女の中では一番理解してくれていて、私が外にでなくてもいいよう、いつも配慮してくれていた。
だから、彼女を悲しませたくない。
行きたくないけど、行きたくないけど、王家に生まれた私はその会議に参加にしなければならい。
私は覚悟を決めた。
「もももちろん、しゃんきゃしゅるわ」
盛大に噛んでしまった。恥ずかしい。
「お着替えの方、準備できております」
気を使って、なかったことにしてくれるセリア。私は、腹をくくって、扉を開いた。
正装に着替えて、場内の廊下を早足で歩く。私の隣にはセリアがいる。
「パーム様、王家の出席というのはあくまで形だけです。なので、なにもしなくて結構です」
「ただ成り行きを見守っていれば良いのね」
「はい、万が一意見を求められても、そうですね、と言っておけばなんとかなります」
「そう、ありがとう」
会議室に着くまでの道のりで、セリアが精一杯のアドバイスを贈ってくれる。ほんと、私にはもったいない良くできた侍女だ。
会議室の扉の前にやって来た私たちは一度立ち止まる。
セリアがこちらを向く。
「大臣たちは既に全員集まっていると思われます。ここから先は私は同行できます」
「え、そうなの」
藪から棒に言われる。てっきり、後ろにいてくれるかと思ってた。
私は身体中にどっと冷や汗をかく。
そんな私の両肩をセリアが抱いてくれる。
「大丈夫です。大丈夫です。パーム様はご立派になられました。私がいなくても、きっと上手くいきます」
私はひとり。
悔しい思いで、知識をつけた。
それに、今回は大臣たちに任せればいい。
なーんにも心配はいらない。
ゆっくりと、うん、と頷いた。
「さすがです。さあ、扉を開けます。行ってください」
セリアが扉を勢いよく開ける。
「パーム殿下がご到着なさいました!」
セリアが会議室に向かって大きな声で叫ぶ。
会議室の中は、縦長の机が置かれていて、そこに、二十人弱の人間が座っている。
彼らの視線が一斉に私に向く。
その視線に込められた思いを変に勘ぐる。
こんなとこで、立ち止まるわけにはいかないので、数歩進む。
すると、後ろで扉が閉まる。
閉まる直前、セリアが小さな声で御武運を、と言ってくれた。
さて、私は完全に一人になっしてまった。
とりあえず、席につかなければ、とテーブルを見渡す。
その席は、中年男性たちの視線によって発見できた。場所を一番奥で、縦長机の真ん中。つまり上座に位置する。当然よね。
私はそこに向かって歩いていく。
静寂の時間が会議室を包み込む。私は真っ直ぐ前を向いているけど、痛いほどの視線が突き刺さる。
近くにいくと、空いた席の隣にいた、これまた中年の男性がわざわざ立ち上がって、私の席の椅子を引いてくれた。そんな気遣い、いいのに。
私は笑顔を作り、ありがとうございます、と言って着席した。
私が席に着くと、さっきの男の人がそのまま立ったまま、会議の音頭をとる。
「えーお忙しの中、お集まりいただいてありがとうございます。ただいまをもって、今回の大地震による緊急対策会議を始めたいと思います。進行は私、アストラル公爵家、当主リーガ・アストラルが務めさせていただきます。さて、まず、先ほどの地震による被害について文化省による説明をお願いします」
振られた文化省の大臣が立ち上がる。
「はい、今のところ確認できるだけで百棟の家屋の倒壊した、という情報が入っています。これはさらに増えると予想できます。被害は特に聖樹周辺の地域が甚大であり、具体的に申し上げると、地震後、聖樹の枝が急激に成長して周辺家屋を破壊している、というものです。私から説明は以上です」
文化大臣が着席する。リーガさんは座ったまま進める。
「…では、農林産省からはありますか」
はい、と言って眼鏡をかけた中年男性が立ち上がる。
それから、各省庁による被害についての説明が続く。
そしてそれが終わると、直接被害を受けた住民の避難について移る。避難場所は軍部省が使われていない兵舎を提供することになった。
農業にはほとんど被害が出ておらず、大臣の間で安堵のため息がでる。
倒壊した家屋の中で商いを行っている家主には一時的に補助金がでることが決定する。また今後復興にあたっての補助金に関しては、別日を設定して話し合うことになった。
そして、会議は本題に入る。
なぜ、地震が起こったのか。
「…みなさんおわかりの通り、このフェルツェアート王国五百二年の歴史がありますが、この間、いまだかつて地震など起きたことがありませんでした。それが今日、いえ先日、初めて観測されました。みなさんどう思われますか。原因が何か、ご意見をお願いします」
リーガさんが淡々と言い終えると、複数の手が上がる。
まずは経済省。
「私はねえテロだと思うんですよね。周辺国のどこかが、こっそり爆弾を持ち込んで地下に仕込んだんですよ。そして、機を見計らって爆発させた。ほら、今この国には王がいないじゃないですか。ベストタイミングですよ。これはテロに決まりでしょ」
が、軍部省が否定する。
「テロだと?ありえん、現在この国はどの国とも戦争は行っておらん、これは二百年も続いているんだ。今更、テロなどありえん。そう思うだろ、外務省殿」
「ええ、少なくとも周辺国の関係は良好です。一方的な宣戦の可能性など限りなく低いでしょう」
テロ説はこれで終わり。私もないと思うし。爆発音聞いてないし。
続いて、発言したのは環境省だ。
「えーっと私からの意見なんですけど、これは単なる自然現象による地震なんじゃないでしょうか…」
うん、その可能性は十分考えられる。でもこの国の歴史をどう説明する。
文化省のおじさんがそれを指摘する。
「しかし…五百年観測されなかっただけで、もしかしたら国が設立される以前には起きていたのかもしれません」
「…たしかにそうかもしれませんね…。しかしここで偶然だと言って会議を終了させるわけにはいけません。」
これはリーガさん。
「そうですね、では私の方で後日、地震に詳しい専門家を召還させます」
リーガさんが先を予想して、地震説を保留にし、次の意見を求める。
文化省が手を挙げる。
「魔法、もしくは科学の研究所による事故って考えはどうでしょうか」
それを間髪入れずに、魔法科学省が否定する。
「魔法科学の研究をするには我々、魔法科学省の認可が必要でして、今のところそのような報告を受けていません」
「だが、非認可の研究だとわからんぞ」
軍部省のおっさんが突っ込む。
「む…たしかにその可能性は否定できませんが、…大地震が起きる研究など想像できません」
魔法科学省としては、説明しにくいことではあるけど、否定的というわけか。
このあとも、意見がいくつか挙がるがどれも、説得力が低かった。
そして挙手がなくなったとき、リーガさんが何か思い出したかのように、はっとして私を見る。え、なにかついてますか、私の顔。
「では、パーム殿下からなにかありますか」
ついに、私にきたか。完全に油断していたよ。
考え事をいていた各大臣の顔が一斉に私に向く。
セリアの言う通り、そうですね、とかわかりません、とか言えばいいのだ。
と、思いながら、実は私は一つ思い当たることがあった。地震直後に部屋を片付けていた時によぎった記憶がついさっき思い出されたのだ。
それを今言うべきなのか。とても悩む。
もし言わなかったら、この会議の間、ずっとこの意見が出ることはないだろうとなんとなく想像できる。
王女としてそれでいいのだろうか。否。
否定されても気にしない。ちょっとだけ勇気を出してみよう。
「あります」
まさか、意見があると思わなかったのか、会議室中にどよめきが走る。
「そ、それはなんですか」
「この国の地下にあるダンジョンコアの暴走によるものです」
言ってやった。この可能性だと、否定は難しいでしょう。
しかし私の考えはすぐに、撃沈されることになった。
「えっと、パーム殿下…それは本気でおっしゃられているのですか」
リーガさんが困ったように私に確認してくるので、はい、っと頷く。
「それはつまり、地下迷宮の下層が存在するということですか」
なにを言いたいのか私にはわからない。
私が読んだ書物には書かれていたよ。この国は初代国王が迷宮踏破の末、最奥にあったダンジョンコアの力を利用してこの国を発展させていったって。
「本に書いてましたので…」
すると、多くの大臣が笑う。そして、魔法科学の大臣が優しく私に話してくれた。
「パーム殿下、歴史書にはたしかに地下迷宮とダンジョンコア、そして冒険王の行い、それについて書かれていますが…それは真っ赤な嘘です。なぜなら地下迷宮に財宝があると噂されてから、多くの冒険者が地下迷宮を探索したのですが、ダンジョンコアはおろか、本に書かれていた四階層から下にいくこともできなかったんですよ。これは冒険者の、いえ、一般人含めて全国民の間の常識なんですよ」
大臣の言葉は私にとって寝耳に水だった。本にはそんなこと書かれていなかった。
「パーム殿下は、日ごろから部屋で読書に励んでいると聞きますからねえ、外に出て一般常識と触れ合うことがないのでしょう。これは仕方ありませんねえ、気に病まないでください」
経済省の嫌味な言葉が私の胸に突き刺さる。
本さえよんでおけば大丈夫だと思っていたのに、まるで読書が仇となった。
私は顔を赤く染めて、俯いた。またやってしまった。
「で、では会議ですが、今まででた意見で有力なものをいくつか選び、対策を考えていきましょう」
リーガさんが逸れた話を本題にもどし、会議を再開する。
それから会議は結局、違法で行っている魔法科学の研究所による事故によるものという考えが有力とされた。
そして対策として、街に調査兵を繰り出し、あやしい施設の捜査することになった。ちなみに明日、環境省が地震専門家を召還して、大臣のみの会議が開かれることが決定となった。
会議が終わると、私はいの一番に会議室を出た。これ以上不甲斐ない顔を晒したくなかったのだ。
部屋に着くまでの間にセリアと会った。
私の顔を見て、ただ事でないことを悟ったのか、何か声をかけてくれたのだけど、私はそれを無視して自室に逃げ込んだ。
着替えもせずに、ベッドに飛び込んだ。
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