第4話 提案と衝突

 俺の冒険談が終わると、爺さんは身を乗り出さんとばかりに聞いてきた。

「どうだった。今回の冒険は楽しかったか?」


 俺は、爺さんの突然の変貌に戸惑いつつ答える。

「楽しかったといえば楽しかったかな。まあやっぱりお宝を手に入れたことがでかかったよ」


 しかし、爺さんは俺の答えに不満を持っているようだ。

「いや…宝を持ち帰ることができたというのを抜きにして、死と隣り合わせの時間を過ごしたから体感できるスリルというものに、快感さはなかったのか?」

「別に、ただ緊張の連続でそういうのはなかったと思う」


 たまにあるのだ。爺さんの中には爺さんなりの冒険論があるのか知らないが、俺に対してしきりに探索の最中の感情を聞いてくる。俺が冒険者をやっている理由は金だ。それ以外の理由があるのかと聞きたい。だから言う。

「爺さんが言いたいことはよくわからんが、宝を手に入らなかった冒険に価値などないと思うんだ」


 すごく残念だと言わんばかりの表情をする爺さん。さっきまでの勢いが覚めたのかゆっくりと口を開く。

「冒険にはな、宝以外にも得るものがあるのだ。それはまず知識。そして経験。これはすごくでかい。有意義な時間こそ、冒険においてもっとも楽しいものだ。わしは全ての冒険者の潜在意識の中にこれがあると思っている」


 死ぬかもしれないものが楽しいだと、狂っているのか。

 俺は、こんな話をしたくなかったので、話を転換する。

「なあ、次さあ、どこか良いところないかな」

「ほう、もう次の迷宮を求めるのか、少し待て、考える」


 俺の言う言葉の何が面白かったのか、にやりと笑ってから、腕を組み考え込む。

 俺はその間、視線を周りに向ける。さまざまな本がある。本を背表紙を舐めるように視線を横にずらしていく。そして一つの本が目に留まる。

 「冒険王と地下迷宮」という本だ。”地下迷宮”とはこの街の地下に広がっていると言われている迷宮で、とうの昔に踏破され、金になるものは何もないと聞く。

 俺が本を見ていることに気づいた爺さんが、俺の視線を追う。そして地下迷宮の本を見て、お、と声を出す。

「地下迷宮か。興味があるのか?」

「いや、別にいったことはないけど、噂、というか常識を思い出していた」


 地下迷宮には何もない。というのは冒険者の間では常識中の常識である。その名を出さないと一生記憶の底に沈んでいる迷宮なのだ。

「常識か、たしかに地下迷宮の伝説に憧れた冒険者によって多くの宝が持ち去れた。それによってあの迷宮からは何もなくなった。それは正しい」

「その言い方だと、続きがあるのか」

「あるとも。冒険者が潜ることができた階層は三層までだった。しかし冒険王が踏破したこの地下迷宮はなんと十階層まであったと、冒険王自身がそう言っているのだ」


 それは知らなかった。じゃあ、つまり地下迷宮には財宝がまだまだ眠っているということか。いや、冒険王が地下迷宮を踏破した年にこの国を設立した聞いたことがある。だから既に五百年近い年月が過ぎている。その間、誰も四階層から下に進めなかったのか。ああ、そうか嘘か。だから常識なのだ。地下迷宮には何もないということが。俺は今考えたことを爺さんに伝える。

「お前の言う通りだ。多くの冒険者が信じて迷宮を探った。しかし四層への階段は見つからなかった。次第に迷宮を探る冒険者の数は減らしていった。そして、迷宮探索を断念した冒険者は、皆口を揃えてこういった。冒険王ジークの伝説は嘘だ、と」


 初めて知った常識が常識である理由を。

 と、まあそんな金にならない迷宮などどうでも良い。早く、次の探索先を何か考えてほしい。

 という俺の考えをよそに爺さんは話を続ける。

「しかし、実を言うとわしは冒険王の伝説を信じているのだ」

「はあ?」

「わしが冒険者を生業にし始めたころから、この常識は存在していた。つまり地下迷宮に潜るものなど誰一人いなかった。しかしわしはそれを面白がった。冒険心を燻ぶられたわしは暇の時間を見つけては地下迷宮に潜った。わしは、何回も探索するうちに地下迷宮の地図を独自で完成させたのだ。そしてそれを見ているときにある違和感きづいた」

「違和感?」

「そうだ。一回層、二階層には共通して、形に規則性を感じたのだ。階段の位置が迷宮として理にかなっていると言えばわかりやすいか?」


 わかるようでわからんような。確かにこのパターンでこの道を進めば階段があるだろうと、予測できることがある。そういうことか?それを爺さんに言う。

「そう、まさにそれだ。わしはその規則性を三階層に当てはめてみたんだ。最初は共通していたんだが、一部だけ明らかに変則的になっていた。あるはずの道がないんだ」


 爺さんの話が徐々に核心に迫っていく。俺はいつの間にか、身を乗り出すように聞き入っている。早く、続きを。

「あるはずの道がない、それは何故なのか。わしはある仮設を立てた。それはもし誰かが意図して階段を埋めたとしたら、というものだ。地図の違和感は明らかだった、だからわしは確信したのだ。冒険王は嘘を言っていないと」

「それから?探ったんだろ、その違和感がある場所を」

「当然。しかし、見つからなかった。時間をかけてかなり深く掘ったんだが見つからなかった。おそらく階段は存在するはずなんだが、埋めた方がわしの想像以上に深く埋めたんだろう。それからわしは別の線を考えて実行した。だが、結局その途中で断念することになった」


 爺さんは自らの足を指さして、弱く笑う。

 なんだ、見つからなかったのか。しかし、途中で断念した手段が気になる。

「別の線とはなんだ」

「ほう、気になるのか」


 先ほどまで信じられないと言っていた俺の態度が気に食わなかったのか、少し面倒くさい感じに言ってくる。屈辱的ではあるが、好奇心が勝る。

「ああ、教えてくれ」

「そうだな、次の冒険先を地下迷宮にするなら教えてやろう」


 ああ、すごく面倒くさい。

「潜る。地下迷宮に潜る。約束しよう」

「今度な」

「はあ、なんでだよ。今教えろよ」

「はは、いや、地図を渡すときに一緒に教えてやろうと思ってな。そうだな明日来い。それまでにこの山積みの書物から探し出しといてやるから」


 くそ、この部屋に埋もれているならしょうがない。

 俺はこの溢れんばかりの冒険心を胸の奥に押しやったつもりだったが、この瞬間から俺の心は地下迷宮の探索のことでいっぱいになっていた。


 爺さんの家を出たときには、空はすっかり夜に相応しいものとなっていた。これはデルデたちと約束した時間は過ぎている。おそらく彼らは待ち焦がれて先に乾杯を始めているだろう。俺は先を急いで早歩きで居酒屋に向かった。

 途中、中央通りの交点。聖樹の横を通り過ぎるとき、俺はふと、顔を上げた。なんだろうか、不思議と聖樹が成長しているように見えた。

 ただ、俺はそれを気のせいだと思い、通りすぎていった。

 酒場の中に入ると、デルデたちがいるテーブルはすぐにわかった。彼らの周りだけやけに盛り上がっていたからだ。

 テーブルに近づくと、二人の出来上がりっぷりが確認できる。

 馴染みの冒険者が俺に気づく。

「お、主役の登場だぜー」


 一斉に皆が俺を見る。やめろ、主役なんて柄じゃねぇ。

 デルデの隣に座っていた男が、気を利かせて席を退いたので、そこに座る。

「遅かったじゃない。先に始めちゃったわ」

 

 エルヒナは、顔を赤くしてフォークを向けてくる。

 デルデはいつの間にグラスを頼んでいたのか、俺のそばに一つグラスを置く。

「すまん、寄り道してたら思いの外、時間がかかって」

「まぁ良い。祝い事だ、喧嘩はやめにしてのもうじゃないか」


 デルデが肩肘をついて、ビール瓶を持ち上げるので、俺はグラスを差し出す。

「お、ありがてぇ」


 とくとくとビールが注がれていく。

 エルヒナは注ぎ終わるのを確認すると、観衆にグラスを持つように言う。そして皆が、グラスを持つと、俺のを方を見てくる。俺は、照れ臭くグラスを掲げる。

 「冒険の成功と、生きて酒を飲める今夜を祝って、乾杯」


 俺の声に合わせて、乾杯という声が店中に響く。

 俺は、面倒くさいので、デルデとエルヒナとだけ、グラスを交える。

 そして、グラスを傾けて一気に飲み干す。

 うまい。

 どうしてビールは、こんなにも美味しいんだ。これ考えたやつ天才だろ。

 俺は、近くにあった唐揚げをつまんで、口に入れていく。

 とにかく腹が減ったのだ。何でも良いから腹を満たしたい。お、あの焼き魚まだまだ身が残っているじゃないか。皿を近くに寄せて、フォークで身を抉り口に運んでいく。

 俺の周りでは、出来上がった二人が武勇伝で、観衆を盛り上げている。

 しかも、囃し立てられて、今夜の飲みを全て俺らがご馳走することになっているじゃないか。

 俺は断固払わんからな。

 デルデとエルヒナが観衆の思い通りに操られてるのをよそに、俺は次々と飯を腹に入れていった。


 大方の皿を空にすると、俺は爪楊枝をくわえなが、背もたれに体を預ける。

 デルデたちはそれぞれ、席を変えて酒を嗜んでいる。

 俺は、重くなった瞼を指で擦る。すると、近くにいた冒険者の誰かが

「それで、次の探索はどうするんだ」


 と声を聞いてきた。

「あん?ああ…俺は地下め」 

「南東にある鉱山よ!」


 エルヒナのばかでかい声で、俺の声がかき消される。さっきの話聞こえてやがったのか。

「お、噂の鉱山かー、金塊の一部が見つかったっきいた冒険者がわんさか潜ってるらしいな」


 眼鏡をかけた冒険者が腕を組んで頷く。

「俺は、ブリアスタ海峡の沈む宝を狙っている」


 デルデが言う、ブリアスタ海峡とはここから西に真っ直ぐ進んだ所にあるブリアスタという港町から、さらに北に進んだ所にある海峡のことだ。

 当時その辺りを支配していたブリアスタ王国という国があった。ブリアスタ王国は海の産物が豊富に採れて、それで貿易をしていた。結果、国は大きく成長した。しかし、周囲の国はそれをよく思わなかった。そして、ブリアスタ王国は海以外の全方向から集中砲火を浴びることになった。王家や貴族は逃げること決めて、海に出た。その際、とても持ちきれない量の財宝があった。王家たちは苦渋の決断の末、近くの海峡に財宝を沈める。いつか帰ってきた日のために。しかし、逃げだしたブリアスタの船は途中で海の魔物に襲われて沈没した、と言われている。

 その後、多くの冒険者がこの伝説を追いかけたが、ブリアスタ海峡は底が深く、未知の魔物がうようよと存在しているため、結果は芳しくなかったそうだ。

 と、思わず長々と語ってしまったが今は関係ない、俺が目指すのは地下迷宮だ。

 俺が思い耽っている間、酔っぱらいたちは鉱山か海峡かで言い争いをしていた。

「クロイツはどうするんだい?」


 近くにいた女性冒険者が不意に聞いてくる。

「俺か、俺はこの国の真下にある地下迷宮に行こうと思っている」


 俺は満を持して答えてやった。

 そして、当然の如く、店の中は静まり返った。

 誰かが、クスっと笑う。

 すると、それでスイッチが入ったのか店内は笑いの嵐で包まれた。

 さすがにここまで笑われるとは思わなかった俺は、少しムッとする。

「…ン、はあ…笑わせる…面白い冗談だぜクロイツ」


 デルデが目にたまった涙を拭きながら言う。

「いや、本気だ」


 俺は真面目な顔をしてデルデを睨む。

「いやいや何言ってんの、常識を知らないの?」


 馬鹿にしたようにエルヒナが俺をつっこむ。

「知っているが、ユニバーの爺さんが、地下迷宮にはまだ下層が存在すると言っていた。俺はそれを信じようと思うんだ」

「ユニバーさんは確かに昔は有名な冒険者だったけど、今は本を読みすぎて頭がおかしくなったと聞いたわ」

「おいクロイツ、お前そんな老いぼれの妄言を信じたんのか」


 エルヒナの言ってることは正しい。爺さんは冒険者を引退してから、本に囲まれた生活を送るようになった。それから外に出ることが少なくなって、周りの人が変な研究をしているんじゃないかと、噂を立て始めた。

 まあ、爺さんが全く気にした様子がなかったので、俺も特にそれを訂正する気はなかった。爺さんはただ本の迷宮に飛び込んだだけだ。

 だが、デルデ。俺はお前の発言は許さない。

「今老いぼれだといったな、いくら酔ってるからって、言っていい言葉と悪い言葉があるんじゃないか」

「あ、気に障ったか?だが事実だろ」

「お前も同じ冒険者だろ、少しは尊敬の意はないのか、この脳筋」

「今なんつった」


 俺もだいぶ酒を飲んだ。頭に血がのぼる。

 ガンっとテーブルを叩いて立ち上がる。

「脳筋だと言ったんだ、耳まで筋肉でできてんのか」

「ッお前っ」


 デルデも同様に椅子を倒すように立ち上がる。

「お、ケンカか」

「どっちが勝つ」

「俺デルデ」

「俺も」「俺も」「俺も」

「おいおいこれじゃ賭けにならないぜ」

「じゃあ、俺クロイツ」


 ギャラリーたちが賭けをし始める。人の気も知らないで、しかもほとんどデルデが勝つと予想してるじゃねぇか。ああくそ勝ち負けじゃねえ俺はこいつをただ殴り飛ばしたい。

「ちょっと二人とも、やめてよ」


 エルヒナが慌てて俺たちを止めようとするが、もう遅い。

 いつの間にか俺とデルデとの間に邪魔なテーブルなどは移動させられている。

 最初に動いたのは俺。先手必勝とばかりにデルデの顎を殴る。しかしデルデはそれを手ではじいて、片方の肘で俺の顔を弾く。

 いてえ、口の中が切れた。怯んだ俺の胴体をデルデの蹴りが襲う。

 後ろまで飛ばされるが、ギャラリーによって、再びデルデの前に跳ね返される。

 やっぱ強いな。今度は俺が殴ると見せかけて、そのまま頭でデルデの顔をどつく、さすがに予想していなかったのか、もろに受ける。

 仕返しだとばかりに俺も、デルデに蹴りを入れるが、手で足をつかまれる。

 デルデは俺の足を掴んだまま、俺を持ち上げて遠くに投げ飛ばす。

 床に叩きつけられた俺の肺は、強制的に空気を吐き出される。

 視界の端でとどめをさそうと近づいてくるデルデが見える。勝てない。

「まいった」


 俺は目を瞑ってそう言う。 

 デルデの足が止まる。

 はっきり言う、冷めた。俺はなんとかエルヒナとデルデを説得して、またパーティを組んで地下迷宮を探索しようと考えていた。

 殴り合いなった時点で、うっすらともう無理だと思っていた。

 仕方ない迷宮には一人で行こう。


 無言で立ち上がる。

 エルヒナが心配して俺に近づく。

「大丈夫、すごい音したけど」

「ああ、気にすんな」


 俺はエルヒナを適当にあしらって、出口のほうに歩いていく。


とそのとき、店の中、いや地面が大きく揺れた。なんだこれは。



 




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