第3話 歓喜とユニバー

 あの遺跡を出発してから三日。日暮れ時。

 俺、デルデ、エルヒナの三人は馬に跨り、前を見据えていた。目の前にはフェルツェアート王国に入る門がある。門の近くには衛兵たちが立っていて、外から来た人の通行のチェックを行っている。

 ちょうど今俺たちの前に、馬車を従えた小太りの商人が衛兵たちと話をしている。商人はこの国にくるのは初めてなのだろうか、身分を説明している。

 衛兵の一人が、積み荷を確認して、同僚に頷いてやる。同僚はそれを見て、商人とその馬車を中に通した。

 次は俺たちの番であるが、今のようなやりとりは行わない。

「おや、クロイツ達じゃないか、一週間ぶりか」

「ああ、遺跡から今帰ってきた」


 顔なじみの衛兵である。中年のおっさんで、いつもこの門にいる。

 おっさんは俺たちの馬の腰にぶらさっがっている膨らんだ布袋を見て、にやりと笑う。

「お、宝を持ち帰ることができたのか、やるじゃないか」

「今回の冒険はさすがに死ぬかと思ったわ」


 エルヒナが疲れたように言う。同町してデルデも頷く。それを見た、衛兵のおっさんが声を上げて、ハハハと笑う。

「このままギルドの方にいくんだろ。さあ通りな」

「どうも」


 俺たちは門を潜り、街の中に入っていった。


 街の中は文明で溢れている。暗くなると、無人で点灯する街灯。捻ると、浄化された水が出る蛇口。これも全てここから見える聖樹の力のおかげである。

 俺たちはまず、冒険者向けに馬の貸し出しを行っている業者に行き、馬を返す。

 そして冒険者ギルドの方へ行く。

 ギルドは中央通り沿いに立っている。ちなみにギルドを無視して真っすぐ進むと聖樹の根元まで行ける。そこはちょうど街の真ん中に当たる。南に行くと飲食店や冒険者ギルドがあり、北に行くと王城がある。東は商業が盛んで、西は住宅街となっている。

 冒険者ギルドの前。扉の上には、ギルドのシンボルとなっているダイヤモンドの看板が掲げれている。俺たちは扉を開けて中に入っていく。

 一日の終わりが近い時間帯だけあって、中は混雑していた。俺たちは進んでいく。すると、こっちについた何人かが声を上げる。

「おい、クロイツ達が帰ってきたぜ」

「そういえば、東の遺跡に行くって言ってたな」

「あ、あの袋、財宝がつまってやがる」

「やるなー”持ち帰り組み”かー」


 遺跡や迷宮から宝を持ち帰ることに成功したものをここでは”持ち帰り組”と呼ばれる。しかし、少量の宝を持ち帰ったところ呼ばれることはなく、俺たちのように袋いっぱいに持ち帰らないと呼ばれない。

 エルヒナがわざとらしく、ちらりと中身を見せる。色鮮やかな輝きが周囲の人の顔を照らす。思わずため息を漏らす観衆。

 さらに、見せようと袋の口を引っ張るエルヒナの頭をデルデが叩く。

「そのくらいにしとけ」

「痛ッ、女をたたいたなー」


 エルヒナは頭を押さえつけながら、デルデを睨む。

 俺はこんなところで時間を潰したくないので、受付まで進んでいく。デルデも同様。置いてけぼりになりそうなエルヒナは慌てて俺たちを追いかける。

 周りの羨望や嫉妬の視線を掻い潜り、受付の列に並ぶ。列の先には受付嬢がいる。受付嬢は顔なじみの女で、俺より少し年上である。俺は現在二十三歳だから、二十六くらいか。俺がガキのころからここに座っているベテラン受付嬢だ。

 少しして列が消化され、俺たちの番がくる。嬢は小さく礼をする。

「お疲れさまです。確か、東の遺跡の探索でしたよね。持ち帰りがある場合はここに出してください」

 受付嬢は前に広がるテーブルを手で示す。

 冒険者ギルドはさまざまな仕事が斡旋している。遺跡や迷宮の調査する探索系、依頼のある魔物の討伐、及び倒した魔物の肉や素材の提供をする狩猟系。他にも、冒険にはそぐわない街道の掃除や、荷物運び、工事現場での労働など、あげればきりがない。まあつまり、仕事がほしけりゃ冒険者ギルドにいけということだ。

 ちなみに、俺たちが今回受けた遺跡の探索は、あまり金にならない。探索とは、遺跡の地図を作ったり、これがなんの遺跡なのか、どんな魔物が現れるのか。そいうことを調査して、ギルドに知らせるものだ。

 だから、ほとんどのものは調査は建前で、財宝を狙って遺跡や迷宮に潜る。

 ギルド側もそれを知っており、持ち帰られた財宝の鑑定を行い、正規価格で買い取ってくれる。もちろん鑑定料という名目で手数料をそれなりにとって来る。それが嫌だと言って、商人に直接売ると、適正価格より低く見積もったり、手数料をバカほどふんだくったりしてくる。

 そういうわけで多くの冒険者は、ギルドに売る。

 ギルドは買い取った財宝を、ギルドが運営している富裕層向けの貴金属店に卸す。

 俺たちは、テーブルの上に色鮮やかな宝石をぶちまける。

 平静を装っていた受付嬢の眉が持ち上がる。おそらく、今日一番の財宝であろう。どれくらいの値が付くのか楽しみである。

「か、かなりの量ですね…。まさか、宝物庫か祭壇にまでたどりつけたのですか」

「おう、祭壇までいけたぜ」


 俺は少し鼻を高くして言う。さっきのエルヒナ気持ち、かなりわかるぜ。

「すごいですね、遺跡や迷宮で祭壇まで行こうと思うと、ただ進むだけじゃなくて、隠し通夜や隠し部屋を見つけないとだめだと聞きます」

「まあ、はっきりいって祭壇に繋がる扉を見つけたのは偶然だけどね」


 頭の後ろを搔きながらエルヒナが言う。

 それは事実である。たまたま、石に躓いた俺が持った壁の一部が欠けて、それを見たエルヒナが壁の脆さを疑問に思う。そして壁を削っていくと扉が現れたというわけだ。本当に偶然だ。だが言うなよそれを。俺の高くなった鼻が赤く染まる。

「いえ、偶然でもそれをものにするのは難しいことです」

「ありがとう」

「では、鑑定しますので、後ろの待合所でお待ちください」


 嬢はそう言って、他の職員を呼ぶ。呼ばれた職員は宝石を籠に入れて鑑定室に持っていく。ここで、不正が行わていないか疑いたくなる冒険者のために、鑑定に立ち会うことが許可されている。しかしギルドとは十年以上の付き合いがあるので、俺たちはゆっくりと後ろで休ませてもらう。 

 テーブル席について、それぞれが飲み物を頼む。

「このあとどうする」


 エルヒナが頬杖をついて言う。

「冒険と聖樹の酒で打ち上げなんてどうだ」

「俺もそれでいいと思う」


 俺の提案にデルデが賛同する。冒険と聖樹の酒とは冒険者向けの大衆居酒屋である。

「定番ね」

 そう言うエルヒナだが、別に嫌ではなそうだ。

 飲み物が運ばれてくる。そして手に取り、俺たちは喉を潤わせた。


 しばらくして鑑定が終了した。査定された買い取り額は納得のいくものだったので了承する。金額は、この街の端の方の一軒家なら買えるほどであった。かなりの高額である。

 俺はそれを三等分して二人に渡す。一応これで、今回の探索のパーティ契約は終了である。

 俺たちは外に出て、再集合の時間を決めて解散した。


 俺は、一度家に帰る。俺の家は東の商業区にあるアパートの一室だ。扉を開けて中に入る。

 俺の部屋は、とにかく物が少ない。なぜなら探索で街の外に出ていることが多いからだ。埃が少し積もった床の上を歩いて、リビングに行く。そしてテーブルの上に荷物を置く。袋に詰まった金貨は、部屋の端に置いている金庫の中にしまう。

 俺は服を脱いで、風呂場に行く。裸になってシャワーを浴びる。

 砂と埃だらけだった髪が濡れていく。心が一掃される。

 俺は帰ってきた。生きて帰ってきた。

 何もない部屋であるが、あふれ出る安心感。

 鏡を見る。茶色の髪が濡れて黒く見える。少し彫がある顔。疲れで隈がすこしでき始めている青い瞳。

 俺、クロイツは今回も生きて帰ることができたのだ。


 シャワーを浴び終わり、体を拭いて新たな服に着替える。俺は再度髪を拭いて、身支度を整えて外に出た。

 日はかなり沈みかけている。集合時間までは時間がある。その前に行きたいところがあるのだ。

 俺は西の住宅地区まで歩いていく。街灯がつき始め、出店がちらほらと提灯を掲げている。匂いが俺を誘惑する。空腹を我慢して目的の場所に向かう。

 西区について、人通りの少ない道に逸れる。そしていくつかの道を曲がり、俺は目的の家の前に着く。

 俺は木製の扉についているノッカーで、扉を叩く。

 少し間をあけるが反応はない。いつも通りである。俺はドアの取っ手をつかんで引っ張ってみる。案の定開いた。なんて不用心なんだ。俺はそっと中に入っていく。

 家の中は俺の部屋とはうって変わって、物が乱雑に積み上げられている。特に書物の類が多い。俺は人ひとり通れる廊下を進み、書斎の方へ行く。扉は開けられており、オレンジ色の光が漏れている。

 中を覗くと、本棚に囲まれた机の前に、クッションが備え付けらた椅子に座る老人がいる。この家の主だ。丸い眼鏡を描けて、本を読む彼の名前はユニバーという。年齢は知らんが、俺が物心つく頃から爺さんだから、かなりの年だと予想できる。

「やあ、じいさん」


俺の声に反応して爺さんが顔を上げる。そして目を開いて俺を見る。

「おお、帰ったのかクロイツ」


 俺は気恥ずかしく、肩をすくめる。

 爺さんは手をついて立ち上がり、棚にかけてあった杖を使って俺の方へ歩いてくる。そして、手を差し出して俺の手を握り、杖を持った手で俺の肩を叩く。

「ケガはなさそうだな、東の遺跡に行ってたんだろう」

「ああ、さっき帰ってきたんだ」

「そうかそうか」


 爺さんは手を離して、嬉しそうに笑う。

「さて、ここで話すのもおかしい。部屋を変えよう」


 俺たちは部屋を出て客間に行く。

 相変わらず、本が床に積まれた部屋には暖炉があり、その前にソファとロッキングチェアがある。暖炉は季節的に使ってはいない。

 爺さんはロッキングチェアに座り、俺はソファに腰掛ける。

「さあ、今回の冒険の話しを聞かせてくれ」

「ああ、俺が行った遺跡はどうやら古代時代にその周辺に住んでいた貴族の墓で…」

 俺は身振り手振りを加えて、今回の冒険を語り始めた。

 ユニバーは元冒険者で、昔死んだ俺の父親の冒険の師匠だったそうだ。そして迷宮を探索しているときに足に重度のケガを負って引退したらしい。

 爺さんは親を亡くした十歳にも届いていない俺を引き取り、一人で生きていけるまで面倒を見てくれた。爺さんは最初、冒険者については教えてくれなかった。でも、俺はどうしても冒険者になりたかった。そして俺は頼んだ。爺さんは、俺の父親が死んだ原因に自分が関係あると思い、なかなか教えてくれなかった。それでも俺は頼んだ。結局先に折れたのは爺さんの方だった。

 それから、毎日、爺さんから冒険の必要なことを教わった。迷宮での歩きかたや、身を守るための剣技はもちろん、罠の発見及び、解除。野宿の仕方など、幅広く教えてくれた。

 初めて、迷宮を探索して帰ってきたとき、爺さんは俺をわが子のように喜んでくれた。俺は何も成果を上げることができなかったけど、初めての探索を嬉々として語った。爺さんもまたそれを喜んで聞いてくれた。

 それから毎回、探索から帰る度に爺さんに冒険の話をするようになったのだ。


 

 


 

 



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