第2話 全盛の冒険者

 俺は今、石の扉の前に立っている。ここはフェルツェアート王国から東に行ったところにある迷宮の中。

 石の扉には鍵がかかってなさそうではあるが、罠が仕掛けてある可能性はある。だから今、仕事仲間のエルヒナという女が、しゃがみ込んで調べている。そして俺の隣で、水を飲んで額の汗をぬぐっている男がデルデ。こいつも仕事仲間だ。そしてまだかまだかと扉の向こうが気になっている男が俺、クロイツだ。

 ああ、早くしてくれないか。どうせ罠なんてないだろう。この女と仕事するといつもこうだ。丁寧なのはいいが、少々ビビりすぎだ。仕掛けなんてさらっと目視すれば十分だ。

 と、考えてるうちにエルヒナが立ち上がってこちらに振り向く。

「うん、大丈夫そうね」

「そうか、いよいよだな、クロイツ」

「ああ、この扉の向こうは宝物庫のはずだ。さあ行こう」

 

 先ほどまでの苛立ちはどこにいったのか。結局は俺も、宝の前では、我を失う愚か者なのだ。そんなことはもうどうでもいい早くいこう。

 俺たちは意気揚々と不思議と輝いて見える扉の先に踏み出していく。


 最初に目には言ったのは祭壇。左右には水がゆったりと流れている。底は見えない。室内庭園のように草木が綺麗に生えている。そしてその真ん中が通路になっている。大人が三人横に並んでも余裕はありそうだ。床は薄く砂が積もった石畳になっていて、それを進んでいくと階段がある。そんなに高くはない。二十段もないだろう。登りきると、少し広い円形のスペースがあり、真ん中には石の台座がある。その上に石の壺が置いてある。壺は成人男性が両手を回してギリギリ手を掴めるかという大きさで、木の蓋で閉められている。

 まず、エルヒナが前に出て、この壺に仕掛けはないかチェックする。叩いたり、周囲との配置を確かめたりする。そして、大丈夫だと言って立ち上がる。

 俺たちはお互い、言葉をかけずに頷き合う。そして俺が前に出て、蓋を見る。

 蓋には取っ手がついており、それを掴み、上に持ち上げた。

 眩しい。いろんな柄の宝石が入っているのだろう。俺の顔はきっと七色に染まっているだろう。思わず口角が上がりやがる。宝石はどれも手のひらサイズだ。結構でかい。

 俺は赤いのをひとつ掴むと、仲間に見せてやる。 

「これくらいのがわんさか入ってるぜ」


 エルヒナとデルデは歓声を上げて、壺を覗き込む。そして、手に取って袋に詰めていく。

 

 袋に詰めながら、ふと、デルデが持っている紫色の宝石を見る。

「おいその宝石、動いてないか」


 よく見ると石の中で、淡い光が蠢いている。これは何だ。魔石なのか。なら、何故宝石の中に魔石が混じっている。

 そう考えをよぎらせていると、


「ちょっとそれ貸しなさいっ」


 エルヒナが慌ててデルデから、紫色のを取り上げる。クルクル回しながら、隅々を見る。心なしか先ほどより光が強くなってないか。

「っっこれ、魔物を呼び寄せる魔石よっ」

「「え」」


 その時だった。紫色の魔石は突如、強い光を発し始める。そして、耳を塞ぎたくなるようなキィィィという音が鳴り響く。

 驚いて、エルヒナの手から魔石が滑り落ちる。俺は耳を塞ぎながらエルヒナに訴える。

「いったい何が起きているんだ」

「今の魔石はきっと壺の外に出すと、音を鳴らして魔物を呼び寄せる仕掛けになっているんだわ」

「ケッ、宝石の中にトラップを仕掛けるとは、趣味の悪いやつだぜちくしょう」


 デルデも苦虫を噛み潰したような顔で耳を塞ぎながらぼやく。

「急いで宝石を回収するぞ」


 俺が声をかけて、回収を再開する。

 皆、顔を歪ませながら宝石を袋に詰めていくと、祭壇の周りにあった水がブクブクと泡が立ち始める。

 音が静かになっていく。気分が楽になる。

 そうこうしているうちに宝石をすべて袋に詰め終わる。そして紐で、袋をうまく体に固定する。

 俺は二人が脱出の準備が整ったのを確認して、

「よし、さっさと出るぞ」


 と、合図を送り、階段を降り始める。

 周りの水はまだブクブクと泡をたてている。そしてたくさんの黒い影が見えてくる。

 階段を降り切ると、バシャっと何かが進路先に飛び出てくる。

 鰐のような顔を持つ、二足歩行の魔物。手には錆びた剣を持っている。

 リザードマンだ。俺たちはすぐに足を止める。すると、次々とリザードマンが飛び出してくる。いくら広い通路といえど、こうも大量のリザードマンが道を塞いだら脇を走り抜けることはできない。

 くそ、この量を倒すのは、三人では無理だ。

「リザードマンよ、どうする」


 エルヒナが、腰にぶら下げていた短剣を抜いて、俺に言っててくる。

 必死に考えているけど、思いつかないから、舌打ちで返事をしてやる。

 そしたらエルヒナは、もうっと怒ってデルデの方を見る。

「もしかしたら隠し通路があるかもしれない、一度祭壇のほうまで行こう」


「わかった、ここは俺とデルデでうまくさばくから、エルヒナ、お前は祭壇に戻って隠し通路がないか調べろ」


 俺は、デルデの言うことに同調して作戦を立てる。確かに、宝物庫や、宝物がある部屋には、正規の通路のほかに、隠し通路があることが多い。

 俺とデルデは剣を抜いて、リザードマンたちの方に向ける。そしてエルヒナは、短剣を鞘に戻して、階段を駆け上がっていった。

 俺は、リザードマンの動向を一切見逃さないよう、睨みつけながら、ふうふうと呼吸を整えていく。

「時間を稼ぐだけだ。難しくない」

「ふ、独り言か。怖いのか」

「しかたねーだろ、俺はお前より強くないからな」


 あまりの量に少し緊張して、自分に言い聞かせていた言葉をデルデに聞かれちまった。デルデは短絡的な奴だが、腕っぷしは確かだ。ギルドの中でも五本の指には入るだろう。

 さあ、エルヒナの見極める能力を信頼して、命懸けの綱渡りをしてやろうではないか。

 まずは俺が、相手の力量を確かめるべく、先頭にいたリザードマンに向かって斬りかかる。速攻あるのみ、下段から上段へと、斜めに。相手は少し反応して、剣で守ろうとするが、俺の方が早い。血しぶきが舞う。まずは一匹。一度も武器を振るうことなく倒れるリザードマン。

 今の一撃で分かった。皮は思っていた以上に固い。鱗に覆われているところを斬りつけても、致命傷を与えることは難しいだろうな」

「反応は鈍いが、皮は固いぞ。なるべく鱗がないところを斬れ」

「わかった」

 

 リザードマンは仲間を殺され腹を立てたのか。今度が向こうから斬りつけてきた。デルデはそれを小さい動きで躱しながら、首を半分ほど、剣でえぐり飛ばす。

 さすがだ、乱暴な剣技ではあるが、確実に相手を殺す。正確なんだか、雑なんだかわからん奴だ。俺も、向かってきた相手と、剣を交わしながら、隙を見て斬りとばす。

 しかし、一匹一匹はたいしたことはなくてもこの量はきつい。一匹を殺す間に次の相手の動向も気にしなくてはならない。

 二匹同時に攻撃してくる。思わず一歩引く。俺が引くと、横並びのデルデもどうしても引かなくてはならなくなるから申し訳ない。

 デルデの顔はまだまだ余裕そうだ。しかもこっちの視線に気づいて、微笑み返してくるなんたる屈辱。そろそろ俺の実力も見せてやろうと、二匹に斬りかかっていく。

 …剣を組み交わしながら床に倒れているリザードマンを見る。十匹はすでに超えているな。そう思っていると、また水から上がってくるリザードマンを確認する。はあ、湧き出るなら一気に出て来いよ。やる気が削がれる。

 おっと、これは危ない。倒れるリザードマンの影から突きを仕掛けてくる。俺は剣を横に向け、それに逆手を添えて突きを受ける。ギィン、っと剣から衝撃が伝わり、少し後ずさる。

 踵に何か当たって躓きそうになる。一瞬後ろを見る。階段だ。いつの間にかここまで後退してきたのか。俺は仕返しとばかりに、相手鼻に剣を突っ込んでやる、そのまま脳まで到達させる。相手は痙攣して絶命する。

 このペースではあと何分ももたないぞ、階段の上では戦いたくない。なるべく、一方通行の場所で戦いたい。

 俺は階段を数段、後ろ歩きで上る。デルデも同じようにする。すまんな。

 早く、通路を見つけてくれエルヒナ。今頃、必死で探しているんだろうな。俺たちがやられれば、エルヒナも死ぬ。はは、たまらない精神状態なのだろう。

 その後も俺たちは、ジリジリと後退させられていった。


 気づけば、階段も終盤である。

 階段だと少しやり易い、剣の他に、蹴落とすことができるし、死体が転がり落ちて相手の進行の邪魔になる。それでも状況は好転しない。

 床や周りの水には三十匹ぐらいはあるだろうか、死体が散らばっている。

 俺は後ろを向いた。既にエルヒナの後ろ姿は伺える。何やら壁の石のレンガをなでるように触っている。こりゃ、もう少しかかりそうだな。

 俺は、襲いかかってきたリザードマンの剣を剣で跳ね返し、怯んだところ蹴落とす。前方にいた奴らが巻き込まれて数段下がる。しかし、それを掻い潜った猛者が態勢の悪い俺に斬りかかる。

 ギリギリ回避できるかどうか。

 すると、横から剣が現れて、リザードマンを斬り飛ばす。

 横に目を逸らす、今のはデルデが振るった剣のようだ。そしてもう次の攻撃に備えてやがる。

「助かった!」

「その言葉はここを出てから言え」

「はっ」


 洒落たことが言えないので笑ってやる。

 よし、と俺も前を向いて剣を構える。何度目もかわからなくて、どれが本当なのかもわからない本気モードをだしてやろう。集中だ。

 そのとき、待ちに待ち焦がれた声が部屋中に響いた。

「あった!あったよ隠し通路」

「本当かっ」

「本当よ、あ、いや、でもまだ通れないわ!」

 

 なんだよ、通れないって。はっきり言ってくれ。

「わかるように説明しろ!」


 俺は、目の前のリザードマンと剣を交えながら声をあげる。


「通路を開くための装置は発見できたんだけど、私一人じゃ動かせないのっ、どっちか一人手伝ってほしい!」

 

 一瞬後ろを見る。エルヒナがこっちを向いて何かを指差している。舵みたいやつ。なるほど、あれを回すと通路が現れるってわけだな。

 方法はわかったが、ここで一人離れるのは厳しいぞ。

 しかし、無理をしなければ助からない。悠長なことは言ってられない。

「どうするっ」

 

 顔は向けずにデルデに聞く。

「しかたない、ここは俺が時間を稼ぐ。お前はエルヒナの方にいけ」

「わかった」

「持って一分だな」

「十分だ」


 何度も言うようだが、デルデの腕っぷしは確かだ。信頼に値する。しかし、持って一分とはな、少なすぎるぜ。

 俺とデルデは、襲ってくるリザードマンたちを、強引に蹴落とす。

「今だ、いけ」

 

 デルデの合図で俺は翻って駆け出す。一分だ。瞬時に見極めろ。

 俺はエルヒナのところに着く、数秒の間に状況を確認する。壁のレンガが剥がれ落ちている。そこからどうやってかはわからないが、舵が飛び出ている。エルヒナはそこにロープを引っ掛けて、引っ張っている。しかし、舵は一切動いていない。老朽化かなんかで上手く動かないんだろう。これは力仕事だ。俺は腕をまくる。

 エルヒナの前にたどり着いて、舵を握る。

「俺が回す!」

 頷くエルヒナ、息も絶え絶えだ。

 俺は段階的に力を込めて、押すように回す。

 これで全力だ。というときに六十センチほどの横幅を持つ壁の一部が持ち上がる。壁と直接つながっているのこの舵は。そりゃ重いわ。

 俺はそのまま、舵を回していく。はち切れそうな血管。顔もパンパンに真っ赤であろう。俺は開いていく壁を見る。壁は、屈むと入れそうなほどには開いた。

 俺は舵を抑えながらロープを引っ掛けて、エルヒナに指示する。

「なん、かっ、動かないっもんっに…」


 エルヒナの方に顔を向けると、エルヒナは既に、祭壇の隅にあった分厚い石柱にロープをぐるぐる巻きにしていた。仕事が早い。

 よし、俺は舵を離したときにロープの遊び分で沈まないよう、きつく縛っていく。そしてゆっくり手を離す。

 一瞬、沈む。しかし、すぐにロープがそれを阻み、ロープがピンっと張る。耐久性的に長くは持たない。急がないと。

 まずはデルデだ。

「デルデ!開いた、すぐに来い!」

「わかった!」


 デルデは三匹同時に相手にしている。うまく対応しているように見えるが、その身体には切り裂かれた箇所がいくつか見える。

 デルデは横に大きく、剣を振るう。二匹の首の肉を抉り飛ばし、一匹の鼻先を潰す。そして、こちらを向いて走ってくる。

「エルヒナ、先に入ってナイフの準備をしてろ」

「おーけー」


 エルヒナが身を屈めて、中に入っていく。

 デルデが俺たちのところにたどり着くまで、あと数秒。全力で走るその背中のすぐ向こうには数えるのも失せてくる量のリザードマンが見える。

 俺も、隠し通路の中に入る。そして手を伸ばして、デルデを迎い入れる準備をする。エルヒナはナイフを片手に神妙な顔つきでデルデの方を見ている。

 デルデが来るまであと、一秒。

 あと、二歩。

 あと一歩。

 俺の手が、デルデの服に触れる。そして掴み強引に引っ張る。

 足先まで中に入るのを確認する。と、同時にエルヒナの腕が振るう。一筋の線がロープと交わる。先頭のリザードマンが頭から倒れるように突っ込んでくる。

 轟音と地響きを伴って石の扉が地面を叩きつける。唐突の暗闇。


「ライト」

 唱えたのはエルヒナ。白い光がエルヒナの頭上に現れる。壁に背中を預けて、額の汗を拭っている。デルデは仰向けになって、呼吸を整えている。

 俺は尻をついて、閉じた石の扉を見る。地面との隙間から血が流れてくる。最後に見えたあのリザードマンが、巻き込まれたのだろう。ざまあみろ。

「無事か」

「ええ」

「ああ」


 緊張から解放されたばかりなのか、俺の声に鈍く反応してくる。十分である。

 帰ろう。


 しばらく俺たちはそこで思い思いに休憩して、誰からということもなく立ち上がり、通路を進んでいった。

 隠し通路は、脱出通路であったのか、何一つ起こることなく、出口に繋がっていた。

 


 

 

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