忘れられた地下迷宮

黒ラベル

第1話 不運の王女

 


 

  もうすぐ太陽が真上にくる時間帯。私はひとり、ベッドの上で胡座をかきなが読書を楽しんでいた。

 ここは王宮の中にある一室。二十畳ほどはあるが、置かれている家具は一人で寝るには大きすぎるベッド、そして、申し訳で程度の大きさのタンスがちらほらと。床には家具ではないが雑に積まれた本が無造作に置かれている。ここが、私の生活の九割を占める空間である。

 ではなぜ私がこのようなところで暮らせているのかというと、私が王家であるからだ。

 私の名前はパーム・スクイム・フェルツェアート。このフェルツェアート王国の第二王女である。そして十九歳、なかなかデンジャーな年齢である。


 さて、私が今読んでいる本についてだが、これは歴史の本である。もちろんこの国の。

 内容は、冒険王のジーク・フェルツェアートがかつてこの土地にあった地下迷宮を攻略して、その上に国を作る、というものだ。

 ジークは国を作るとき、地下迷宮の最奥にあるダンジョンコアの力を利用したという。ダンジョンコアには膨大な魔力があり、ジークはその上に特殊な苗木を植える。すると、苗木は瞬く間に成長して、大地を突き破り、日の本に現れる。そして、そのまま空高く成長し、幾つもの枝が生え、その先に葉が生まれる。さらに、その葉からは、根から吸いとったダンジョンコアの魔力が散布された。

 ちなみにこの部屋の窓から見える大きな木がそれだ。

 ジークは建国するときに民衆の前で、魔法を見せた。火をおこし、汚れた水を浄化して、風を吹かす。だけど、誰も驚くことはなかった。その程度の魔法は誰でも使えるから。

 しかし、ジークの見せたいものは次にあった。ジークは自ら現象させた魔法を残したまま、魔力を込めるのをやめたのだ。魔法はいくら待っても消えることはなかった。

 人々は驚いた。なぜなら魔法とは自らの魔力を使って現象させるもの。魔力を込めるのをやめたら、少しして消えるのが当たり前なのだ。

 ジークは言う、この木から発せられる魔力がこれを可能とするのだと。

 民衆は歓喜にわいたという。

 それから、ボタンを押すだけで火を起こせる装置や、無人で水を浄化し続ける施設が作られていく。

 木は人々に聖樹と呼ばれるようになった。

 国はジークが思うがまま豊かになっていった。

 こんな感じのことが本には書かれている。


 ふう、とため息をついて、ベッドからおりる。お腹が減った何かを食べたい。昨日から夜通しで、本を読んでいた。朝御飯なのか昼御飯なのかわからない御飯を食べたら一眠りしよう。と思いながら伸びをする。

 コンコンとドアがノックされる。おそらく、侍女が私が起きている気配を感じて、ノックしたのであろう。御飯が準備されているのかな。返事をして、侍女を中に向かい入れる。

「おはようございます。パーム様。朝食の準備が整っております」


 予想通り。

「ありがとう、顔を洗ってから食べるわ」

「それと殿下。一つ報告があります。今朝、陛下が急務のため隣国に向けて発たれました」

「あらそう、で、それがどうかしたのかしら」

「先日から他の殿下が、この国から出ておりますので、現時点を持って、この国にいる王家はパーム様のみになりました」


 …言葉がでない。

「な、本当なのそれは…王家が私しかいないってのは」

「まことでございます」


 大変だ。どっと冷や汗に体が包まれる。

 あの日以来、王宮に私だけが残るというのはないようになったはずだ。

 私はあの日、ひどく恥をかき、己の無力さを体感したはずだ。

 あの日ーーー


 私は二人の兄と一人の姉がいる四人兄弟の末っ子である。王子たちは若くして、国務で親睦を深めに、いろんな国に出向かなければならい。

 しかし、末っ子である私に仕事が回ってくることが少なかった。だから私は自由気ままに少女らしく遊び呆けていた。外に出て、街の出店を食べ回ったり、馬に乗って草原を駆け回ったり。

 私が国務で表に立つなどは微塵にも思っていなかった。

 しかし、15歳のあの日、王宮には私しかいなかった。何かあっても、私がやることはないだろうと、思うことすら頭によぎらず、午後のティータイムを楽しんでいた。

 役人がやってきたのは、二杯目を注いでいるときだった。

 どこぞの国の王子が武者修行で旅をしていて、たまたま私の国に立ち寄ったらしい。そして、この国の生活の豊かさ、その要因が聖樹にあることにひどく感動して、この国の王家にどうしても挨拶したいのだと。

 一応、向こうも王家だからこちらも王家を出向くのが礼儀だ。ということで私以外王家はいないので、私がその王子に会わなければならないのだと。

 正直めんどくさいなと、思いながらも私は王女だ。国務を全うしてやろうではないかと、少女の軽い腰を上げたのである。

 いざ、謁見の間にて、どこぞの王子やらとその取り巻きと相対する。王子は青年でニコニコと笑っている。

 こういう仕事は初めてやや緊張し始める私。噛まないことを意識しながら、お互い自己紹介を終え、旅の疲れを労う。

 本題。西の方から来たというニコなんとか王子は、我が国の聖樹がいかに素晴らしいかを饒舌にしゃべる。私は正直、聖樹など気にしたことがなかった。生まれたときからあって、聖樹の恩恵を受けることを当然の如く生活してきた。それに私王女だし、侍女が面倒見てくれるし。

 まぁ、そんなわけで知識がなかった。どうやってこの国が成り立ったか、聖樹とはなんなんなのか。当然、ただの大きい木ではないだろうとは思っていたよ。

 ニコなんとか王子は私に問うてきた。町の真ん中にある大きな木は何ですか。どのようにして生活が豊かになったのですか。地下迷宮があると聞いたのですが、それはなんですか。どうやって行くのですか。

 最初はなんとか、答えていけた。でもだんだん細かくなっていくと(細かいといっても世間では常識レベル)口を開けることが出来なくなってくる。それを悟った周りにいた役人たちが、代弁してくれた。どうか、西か来た王子様にはどうか知られたくないと、赤面しながら顔を俯けた。

 それからはあんまり覚えてない。いつの間にか王子同士の謁見は終えており、西の国の王子は終始ニコニコしていたと思う。

 私は、謁見を終えてすぐさま自室に逃げ込んだ。自分の無知さに気付き、悠々とティータイムなんてできるわけない。

 しばらくして、ある噂が立った。パーム第二王女は常識を知らない。出来損ないの王女だと。

 私は部屋からでることが極端に減った。

 

 あの日以来、私が表に立つことはなくなった。おそらく役人たちにとって私は王家ではなくなったのだろう。

 私は、苦い過去を思い出しながら、目の前の侍女の言った言葉に悩まされる。

 今、この国には私しかいない。もし何か起こったらどうすればいいのだろう。というか出掛けないでよお父さん。お父さんも知ってるはずでしょ、私にはトラウマがあるって。

 とにかく、何も起こらないことを願うしかあるまい。王家が必要となるのはよっぽどだ。それにあの日のようなことがあっても、私はたくさんの本を読んで知識を身に着けた。きっと大丈夫だ。

「まあ、な、何か起こっても私がいるし、大丈夫だし、とにかくお腹が減ったし、朝食食べたいし」


 と、作った笑顔で侍女に言ってやる。

 そのとき、大地が揺れた。小さいものであるが、確かに揺れた。

 慌てて侍女を見ると、向こうも驚いて口を開けてこちらを見つめている。

 すると、また同じくらい揺れた。

「地震…ですか…」

「ええ、にわかに信じられないけど、これは…地震よ」


 わかってはいるが、お互い確かめ合う。

 私たちが驚愕しているのには理由がある。それはこの国では今だかつて、地震なんて起きたことがないからだ。信じられない。

 私はこの幸先の悪さに、さらに落ち込むのであった。

 

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