第13話 魔王、模試を受ける
アヤとニアは将也の部屋のドアの前にいた。
「魔王様、準備ができましたので入りますよ?」
アヤはそう言ってドアを開けた。
ドアを開けると将也のアパートの玄関であった。
「わっ!見たことない物がいっぱいだ!!」
ニアが目をまん丸にしながら周りをキョロキョロと見ていた。
「狭いところだけど上がって。あっ!靴はそこで脱いでね!」
将也に言われ、2人は靴をその場で脱ぎ、ゆっくりと将也の8畳の部屋に入っていった。
「ここが魔王様の部屋ですか...。狭いですね。」
勉強机にちゃぶ台、ベッドがあり、カラーボックスの上にはテレビが置いてあり無駄なものが一切ないシンプルな部屋であった。
「仕方ないだろ、勉強と生活するためだけに借りた部屋なんだから...。」
アヤは文句を言いながらも不思議そうに部屋の物を見ていた。
「この黒いやつは何なのですか?」
ニアがテレビを指差した。
「これテレビって言って、どんなものかは説明しにくいな......」
将也はテレビのリモコンを持ち、電源を入れた。ちょうどお昼前のニュースがやっていた。
「うわぁ~!!すごい!よくわからないけど凄い!!」
ニアは目を輝かせながら画面を見ている。アヤも少し離れたところから見入っているようだった。
「それじゃあこれからの予定を説明するからテレビは一回消すよ。」
「あっ、うん....」
リモコンで電源を切るとニアが悲しそうに返事をした。
「まず明日の模試は9時40分から始まるから9時10分には予備校に着くように行動するね。2人はこの世界のことをよく知らないから僕の言うことは守ること。」
アヤとニアはコクンと首を縦に振った。
「まずその服装はちょっと変だから今から買い物に行くことにする。服を買うまで僕の服を貸すからそれに着替えて。」
「わかりました。」
将也は2人に服を渡し、部屋から出て行った。
将也が玄関に行ってドアを開けると、そこは城の廊下ではなく見慣れたアパートの廊下に戻っていた。
「おぉ~!本当に帰って来れた!」
将也はしばらく外の景色を見ていた。
「魔王様、着替えましたよ。」
アヤの声が聞こえたので将也は部屋に戻った。
「なんかすごく変な感じがします....。」
アヤは紺色に黄色のラインが入ったジャージの上下。ニアは灰色のぶかぶかなパーカーを1枚だけ着ていた。
「おぉ~!なんか落ち着く!!」
アヤは不満そうな顔をしていたがニアは嬉しそうだった。
「今はそれで我慢してね。さっきまで着ていた服は洗濯するから。」
そう言って将也はニアのローブとアヤのメイド服を洗濯機に入れた。
「なぜそこに入れるのですか?」
アヤは首を傾げて将也に聞いた。
「これは洗濯機って言って、洗剤を入れるだけで勝手に洗濯してくれるんだよ。」
将也が洗剤を入れてスイッチを押した。
「えっ!?本当ですか??」
アヤは洗濯機に近寄り蓋を開け、回り始めた洗濯機を見た。
「すごい!!なんて便利な魔法なんでしょう!!」
「魔法じゃなくて電気なんだけど....」
将也の言葉も入ってこないほどアヤは洗濯機に見入っていた。
「そうだ、武器とかは置いて行くこと。ニアは無いと思うけどアヤはその剣を持って行っちゃダメだからね。」
「えっ??」
アヤは腰の剣をギュッと握った。
「日本には銃刀法違反っていうのがあって持っているだけで逮捕されるんだよ。」
将也はアヤの前に手を出した。
「で、でもこれが無いと....もしもの時に....」
アヤは目を逸らしながら言ったが将也は手を動かさずににアヤの前に出し続けた。
「うっ.......。わかりました...」
それから3人はバスに乗り、目的地のショッピングモールに着いた。
「何から何まですごい!!」
「なんという...文明でしょうか.....」
バスから降りるとニアは目を輝かせ、アヤは放心状態になっていた。
「じゃあ早速入るよ。(先が思いやられるな....)」
ショッピングモールに入るとニアとアヤは驚きの連発であり、将也は2人に多くの質問をされ答えていた。特にエスカレーターと自動販売機には驚いていたようだった。
「ここが女性用の服を取り扱ってるみたい。」
将也は2人を連れて中に入った。
平日の昼間ということもあり、他のお客さんはいないようだ。
「いらっしゃいませ!どのようなお洋服をお探しですか?」
素敵なお姉さんが笑顔で近づいて来た。
アヤは緊張のせいか将也の後ろにそっと隠れた。
「ええっとですね。この2人に合う服を選んで欲しいのですが。こっちの小さい方にはフード付きのでお願いします。あとできるだけ安く....」
将也はファッションについて疎く、ましてや女性用の服なんてわかるはずが無いのでこの女性店員さんに任せることにした。
「わかりました。それではしばらくお待ちください!」
男性である将也には居心地の悪い場所であったため、店の前の休憩スペースで2人を待っていることにした。
「ショッピングモールとか久しぶりだな....」
将也はチラッと壁に貼ってある張り紙を見た。
喫煙されますお客様へ
館内は喫煙となっております
外の喫煙コーナーでお願いします
Building asks a smoked
visitor in the outside smoking
section that you cannot smoke in
「ここがSでここがV...」
将也はこの英文を読み、文型に当てはじめた。
(結構英文って街中にあるよな。ピリオドないけど...)
将也はこの約半年で街中で見かける英文や、すれ違う人が着ている服にデザインされている英語を訳し、文型を調べる習性を獲得したのだ。
将也はしばらくの間、持って来た単語帳を眺めて時間を潰すことにした。
「魔王様ー!!」
当然ニアの声がしたので将也は店に入って行った。
「おぉ~....」
ニアは紺色のホットパンツに自分のサイズにあったクリーム色のパーカーを着ていた。アヤは薄黄色の短めのスカートに紺色のジャケットを羽織り、白いシャツの胸元には小さめのネックレスがかけられていた。
「2人とも凄く似合ってるよ!」
見慣れない2人の服装に違和感を感じながらも将也は褒めた。
「でしょでしょ!!」
ニアは誇らしげに平らな胸を張った。
「ちょっとこれは慣れませんね....」
アヤは短いスカートを気にしているようだった。
「小さいお嬢さんには要望通りにフード付きのパーカーにいたしました。こちらのお嬢さんは非常にスタイルがよかったので迷いましたが、こちらでどうでしょうか?」
女性店員が笑顔で説明をした。
「じゃあこれら買います。」
「ありがとうございます。それではレジへどうぞ!」
将也は店員さんに連れられレジに行き金額を見て顔を青ざめた。
「こ...こんなにするのか.....」
将也が横を向くと、アヤとニアがどことなく嬉しそうにしているのが見えた。
(まぁ、食費とか魔王城で済ませてるし、仕送りも残っているからいいか...)
それから日用品や様々な物を購入し、コンビニで夕食を安く買ったが案の定アヤとニアは目を丸くして多くの物に驚いていた。
夕食後に2人にシャワーの使い方やトイレのウォーシュレットの使い方を教え、将也が勉強している時に2人はテレビに釘付けになっていた。
時計が11時を過ぎたので将也はちゃぶ台を部屋の隅に置き、布団を敷いた。
「僕はベッドで寝るから2人は狭いかもしれないけどこの布団で我慢してね。」
ニアは体が小さいので2人が布団に入ってもまだ余裕という感じであった。
「それじゃあ電気消すよ。」
将也は自分のベッドの上で照明用のリモコンを握った。
「あっ.....。魔王様もしかして真っ暗にするのですか?」
アヤが布団の中から将也に尋ねた。
「そうするつもりだけどどうかしたの?」
「そうですか.....」
珍しくアヤが弱気な表情をしていた。
「薄暗くもできるけどその方がよかった?」
そう言って将也は照明の灯りを最小限にした。
「はい、このくらいの方が安心して眠れます。魔王様。ありがとうございます。」
薄暗くてよく見えなかったが、アヤはホッとしているように見えた。
床に着いてから30分くらい経った。
将也の隣からは2人の吐息が聞こえてくる。
(自分の部屋で女の子が隣で寝ている状況って一般の男子にとってはドキドキするもんなんだろうな~....)
将也は薄暗い天井を見ながら思った。
(でも僕にとっては明日の模試の方がドキドキなんだよね...)
将也は固く目を瞑り、明日の模試に向けて睡眠をとった。
翌日。3人は9時に予備校に到着した。
予備校の自動ドアをくぐり、将也は壁に設置してある機械に予備校の学生証をかざした。電子音とともに画面に自分の番号が表示される。
(久しぶりだなこの感覚...)
将也はアヤとニアを3階の休憩所に連れて行った。
「もうすぐ模試が始まるから2人はここで僕が来るまで待っていること。もし喉が渇いたらあそこの自動販売機で何か買ってもいいからね。」
将也はアヤに自分の財布を渡した。
「私は魔王様の側近なので出来れば魔王様の近くにいたいのですが....」
「模試は番号順に席が決まっているから受験票が無いと追い出されるんだよ。だから待っててね。」
そう言って将也は自分の席がある4階へ向かった。
将也が席に着くと、周りは同じ浪人生ばかりであった。
いつもとは違うピリピリとした雰囲気が将也の肌に刺さる。
以前の自分もこのような感じであったのかと将也は思った。
・ 地歴公民 (60分) 9:40~10:40
・ 国語 (80分) 10:50~12:10
・ 受験届記入(20分) 12:10~12:30
・ リスニング(45分) 12:30~13:15
・ 昼休み (40分) 13:15~13:55
・ 英語 (80分) 13:55~15:15
・ 数学① (60分) 15:25~16:25
・ 数学② (60分) 16:30~17:30
・ 理科① (60分) 17:40~18:40
・ 理科② (60分) 18:50~19:50
教室のホワイトボードには今日の時間割が書いてあった。
将也は時間が来るまで政治経済の参考書を眺めていた。
1限目 政治経済(60分)
スーツを着た監督員の指示と同時に将也は問題用紙を開いた。
政治経済の回答は知識が物を言う。要はどれだけ覚えているかによるのだが、日本史や世界史とは違い、単語を選ぶのではなく正しい文章を選ぶ問題がほとんどであるため、どれが正しい文章なのか考えるのではなく、間違いのある文章を探し、消去法で解くのだ。
将也は順調に解き、40分くらいで一週目が終わり、それから試験終了まで見直しをした。
2限目 国語(80分)
国語の問題というのは評論、小説、古文、漢文の4つに分かれていて各50点の計200点である。
国語の問題を解くポイントは時間配分と効率よく答えを探すことである。
将也は評論を25分、小説25分、古文15分、漢文を15分の時間配分を目安に解いている。問題の解き方は文章よりも先に問題を見て、その後に文章を読みながら問題を解いてく。選択肢を選ぶのも消去法で選んでいく。
将也は中学生の頃から国語が苦手で高校の時に現代文の中間テストで学年最下位だったこともあったが、この解き方と時間配分にしてから点数が物凄く伸びたのだ。
合間の受験届記入では自分の希望する大学のコードを専門の解答用紙に記入する。
これをもとに自分の偏差値とその大学を比べ、アルファベットで判定が出される。
3限目 リスニング(45分)
最初の15分は配られたイヤホン付きの機械のチェックである。監督員の指示に従い、例文の英語を試聴するのだ。
リスニングの音声は2回流れる。よくメモを取りながら解くとよいと言われるが、将也はメモは一切取らない。理由は手に意識がいってしまい肝心の英単語を聞き逃してしまうからだ。
昼休みに入り、将也はアヤとニアが待つ3階の休憩所に向かった。
普段の授業の日の昼休みでは休憩所は多くの浪人生で埋まっているのだが、模試の日は自分の席で次の科目の参考書を眺めながら昼食をとる人が多く、休憩所に人は少ししかいなかった。
「あっ!魔王様お帰りなさい!」
ニアが周りを気にせずに大きな声で叫んだ。
「(ここではあんまり大きく名前を呼ばないで!!)」
将也は小さな声でニアを注意した。
「お疲れ様です魔王様。模試とやらはどうだったのでしょうか?」
アヤは朝にコンビニで買った菓子パンの袋を開けながら尋ねた。
「今回のは結構難しかったんだよね。でも自分が難しい問題は周りの人たちも難しいからあんまり気にしないで解いたよ。」
将也は小さい菓子パンの袋を開けた。
「あら?魔王様。その小さいパン1個だけで足りるのですか?」
「今多く食べちゃうと次の英語で眠くなって集中できなくなっちゃうからね...」
将也は苦笑いしながら菓子パンを頬張った。
「これ甘くて凄くおいしいですね!!」
ニアが頬にクリームをつけながらモグモグと食べている。
「頬についてますよ。」
アヤはポケットからハンカチを出し、ニアの頬を拭いた。
(この2人は緊張感がなくて羨ましいな...)
昼休みが終わりそうになったので、将也は自分の戦場の教室へと戻って行った。
4限目 英語(80分)
英語の問題は大きく文法問題と長文に分かれる。
将也は文法問題が苦手なので、見てすぐにわからなかった問題は飛ばし、次の問題を解いていく。
将也は日々の単語帳で培ってきた語彙力を使い、長文でなんとか点数を取るのだが、未だに手ごたえを感じたことはない。
一周を75分くらいで解き終わり、飛ばしてきた文法問題を雰囲気で解いていく。英語に関しては長文などすべての問題を見直すことができなく、80分があっという間に過ぎてしまう。
5限目 数学①(60分)
ここからは理系の科目になり、理系の将也には少し気が楽になる。
数学①は数Ⅰ・Aという科目を選択する。
ここで1つ、将也も含め浪人生にある問題が生じる。
今の浪人生が習ってきた数学と、1つ下の現役生では数学の習ってきた内容が違うことだ。いわゆる新課程である。
今年のセンター試験では新課程と旧課程、どちらも解くことができるのであるが、二次試験や私立の試験では旧課程がないところもあり、予備校生や予備校の講師達も頭を悩ませていた。
将也は旧課程の方で解くことにしている。
数Ⅰ・Aは将也の得意科目であるので、特に解き方や時間配分を考えないでスラスラ解いていった。
6限目 数学②(60分)
数学②で解く科目は数Ⅱ・Bであり、将也が苦手な問題である。
一般的に数Ⅰ・Aは平均点が高く、数Ⅱ・Bは平均点が低くなる。
将也は自分のわかりそうな問題だけをじっくり考え、解いていった。
数学だけではないのだが、周りが解けない問題を解くようにするのではなく、周りが解ける問題を落とさないようにした方がいいらしい。
7限目 理科①(60分)
将也はこの時間に化学の問題を解く。
化学は苦手であり、暗記系はそこそこ出来るのだが、モル濃度の計算や熱化学方程式が特にダメである。
将也は科学の問題を45分で解き終えた。
8限目 理科②(60分)
この時間は物理である。
実は理科の問題用紙は①と②で共通した冊子であり、化学の時間中に物理の問題を解くことができる。
物理は得意ではないが化学の時間を割いて計算をしているのでそこまで低い点数にはならない。
将也は電気回路や磁力、速度の分野は得意だが、波動や音波は苦手である。ドップラー効果の公式も分母と分子を反対に計算してしまうことがよくあった。
模試が全部終わった。将也は模試の答えをもらい、それをリュックに入れて2人が待つ休憩所に向かった。
時計の針は午後の8時を指していた。
「アヤ、ニア遅くなってごめんね!!」
将也が駆け足で休憩所の机に行くと、2人は静かに眠っていた。
(2人とも今日はずっと僕のこと待っててくれてたんだね。ありがとう...)
将也は心の中でお礼を言って、アヤを揺すって起こした。
「ん.....っ....。あっ...魔王様。」
アヤは眠そうに目を擦りながら体を起こした。
その後にニアを起こして3人で将也のアパートへ帰った。
「それでは魔王様!このドアを元に戻しますね!!」
ニアは将也の部屋の玄関のドアの前に立った。
「おいしょ!!」
ニアが手を前に出すとドアが変なノイズとともに一瞬だけ歪んだように見えたが、すぐに普通のドアに戻り、ニアがその場にしゃがみ込んだ。
「はぁ...はぁ...無事繋ぎましたよ.....」
ニアがかなり疲れているようだった。
「ニア、大丈夫?」
将也は心配して声をかけた。
「ちょっと休めば大丈夫ですよ...やっぱり異世界同士を繋ぐのは....疲れちゃいます....」
ふーっとニアは息を吐いた。
将也はドアを開けて外を覗いた。するといつもの見慣れた魔王城の廊下であった。
「戻って来たんだ。」
将也はまた異世界に戻ってきてしまったと思いつつも、帰って来たことに不思議と安心していた。
「また魔王として過ごさないとだね。」
将也はアヤとニアに困ったように笑って見せた。
~魔王、模試を受ける~ END
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