第12話 イヴ物語 2人の約束
魔王と武神の戦いがあった日から約80年が過ぎた。
その約80年の間は魔物と人間で大きな争いが無く、互いに穏便な暮らしをしていた。
魔王城のとある寝室では歳をとった1人の女性がベッドに横になっていた。
「魔王様、別に私に構わなくてもいいんですよ?」
以前は美しい白い髪をしていた女性はどこにでもいる
「お前は死ぬまでこの魔王の側近であるって言っただろ?お前が動けないなら仕方ない。」
「すみませんね...」
その女性とは対照的に未だに歳を取っていない魔王がベッドの隣に腰かけていた。
するとドアをノックする音が聞こえた。
「魔王様、イヴ、お客様です。」
アヤがドアを開け、緑の髪をした少女と共に部屋に入ってきた。
「ウイッス!魔王にイヴ、また来たよ!」
パルメが元気に手を振っていた。
「なんだ、また武神様か...」
「むっ!武神って言うな!!」
パルメは駄々をこねる子供のように腕をバタバタと動かした。
「おやまぁ、遠くからまた来てくれたのね...」
イヴはベッドの上で首だけを動かし、パルメの方を向いた。
「イヴは本当にヨボヨボになっちゃったね。昔にウチのほっぺをビンタした面影がないわよ~。」
「ふふっ、懐かしいわね。その時のことは今でも覚えていますよ。」
イヴは弱々しく呼吸をしている。
「ウチはしばらくこの城に来ないから最後にイヴの顔を見に来たのよ。だけど、まだまだ元気そうね。じゃあ、帰るから魔王、ウチをお見送りしなさい!」
パルメは強引に魔王の手を引っ張った。
「ったく...仕方ないな。アヤ。イヴのことを少しだけ見ててやってくれ。」
「かしこまりました。」
「それじゃあアヤ、イヴ、またね!」
パルメは笑顔で手を振った。
しかし、部屋を出るとパルメの顔から笑顔が消え、静かに魔王に話しかけた。
「イヴ、今日までみたいね....」
「・・・・・・・」
少し間があってから魔王は答えた。
「そうだな、もうそろそろって感じだ...」
2人はツカツカと長い廊下を歩いた。
「武神よ、なんでお前は人の寿命が分かるんだ?」
「また武神って言った....」
パルメは頬を膨らませた後に寂しそうに話し始めた。
「ウチね、昔から自分でもわけがわからないくらい強かったの。ムーンに聞いてもウチの強さは魔法とかそういうものじゃない、得体の知れない何かって言ってたの。でも最近なんとなくなんだけどわかる気がしてきたのよ...」
パルメは廊下の窓の前に立ち、窓を開けて外を眺めた。
「あの木やあの山や石、遠くに見える王国の人やあなた達魔物、そのすべてがウチなの...」
「はぁ?」
魔王はパルメの言ったことを頭の中で考えたが、考えれば考えるだけ意味が分からなくなっていった。
「お前の言っていることが全くわからんな...」
「ウチもよくわからない、でも最近人間と魔物が同じものであると思ってから他の動物や植物、この星のすべてがウチの一部で、ウチのすべてがこの星の一部なんじゃないかってね...。だから何となくだけどイヴの命があとどれくらいなのかわかるの。何言ってるかわからないよね。」
パルメは窓を閉め、困ったように笑った。
「だからウチ、文字通り自分探しの旅に出る。行先は『母なる大地 神樹海』と『時の遺跡』と、あと『星屑の塔』ね。どれも伝説とされている場所だし、何かわかるかもしれない...」
パルメは窓から離れ、再び歩き始めた。
「そうか...イヴとお前がいなくなったらこの魔王城はもっと静かになるな。」
「とりあえずアンタは今日、イヴと幸せに過ごしなさい、アンタの愛した人間の女性の最期なんだから大事にしなさいよ。」
それから魔王はパルメを城の外まで付き添い。その後にイヴがいる部屋へ戻り、片時も離れずにイヴの隣にいた。
その日の夜。
イヴの部屋には多くの魔物が集まっていた。
魔物達もイヴ本人も今晩でイヴの命の火が消えてしまうことがわかっていた。
「おやおや、皆さんいらっしゃい....」
イヴの目は朦朧としているようだった。
「イヴ...あなたは....うっ、うぅ...」
アヤが耐え切れなく涙を流すと周りの魔物達も泣き始めた。
「イヴっ!お前との時間は絶対に忘れないからなっ!」
カルテがベッドに身を乗り出して声をかけた。涙を流さないように堪えていたが目からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。
ニアやブレッタ、カーズ、マイン、オロナも静かに涙を流していた。
「皆さん...今までお世話になりました...本当に...幸せでした...。」
魔王だけは涙を流さないでイヴの隣にいた。
「魔王様....最後に中庭に連れて行ってください....」
「あぁ...」
魔王はイヴを抱きかかえ、中庭に連れて行った。
「イヴ、着いたぞ...」
イヴが薄っすら目を開けると、静かに風がイヴの髪を撫でた。
「まおうさま...久しぶりですね....」
「そうだな、前にもお前とここでこうしていたな。」
魔王は空の満月を見ながら話し続けた。
「あの時はお前を殺そうとしたのに、ここでお前が泣いていたな。」
「えぇ....」
「その時の一日草はまだ覚えているか?綺麗だったな。」
「えぇ....」
「2人で水の都に行ったり、一緒に紅茶を飲んだな....」
「えぇ....」
「他にも色々.....あったな........。」
「えぇ........。まおうさま、どうしてこちらを見てくれないのですか....?」
「・・・・・・・・・・」
魔王は小さな問いかけにも答えることができなかった。
「だって....」
魔王の身体と声が震え始めた。
「こんな顔...魔王として従者に.....見せれるわけないだろ.....」
魔王の顔は涙でボロボロになっていた。
「ふふ...魔王様は最期までそうやっているのですね....。まおうさま..........」
イヴの呼吸がだんだんと小さくなっていった。
「もぅ....ぉ..」
「イヴ!イヴ!!」
魔王はイヴを抱きかかえながら叫んだ。
イヴの口が何回か動き、一瞬だけ笑顔になった後、静かに息を引き取った。
それから魔王は涙が止まるまでそのまま風に吹かれながら満月を見ていた。
~イヴ物語~ END
将也は『イヴ物語』の本を最後まで読み切った。
将也はボロボロと涙を流していた。
「魔王様?」
アヤは隣で静かに泣き出した将也に気が付くとポケットからハンカチを出して寄って来た。
「あ、ありがとう...」
「いえ、本が汚れちゃいますので。」
アヤは将也が差し出した手を無視して本にハンカチを当てた。
「あ、そうだよね...」
「冗談です。魔王様の分もあります。」
アヤが反対側のポケットからハンカチをもう一枚取り出し、将也に渡した。
「ありがとう。」
将也はお礼を言って、ハンカチで目を拭った。
「魔王様とあろうお方が従者の前で涙を流すとは情けないですね、初代魔王様が泣かれているところなんて...........見たことがありませんでしたよ。」
「今年に入ってから涙腺が緩くなってね...。ハンカチありがとう。」
将也はハンカチをアヤに返した。
「でも、顔も知らない人達のために涙を流される魔王様はきっと心が優しいのですね。」
アヤはその本に目をやりながらボソッと呟いた。
それを聞いて将也はアヤの顔を見ながら呟いた。
「アヤって口が悪い割には結構いいやつだよな。いつも僕の面倒もみてくれるし....」
「ひゃい!?」
「ん?」
変な声を出したアヤの顔を見ると、珍しく驚いているような顔をしていた。
「えっ、まあそうですね。一応魔王様の側近なんで、はい。責務を果たしているだけです...」
アヤが珍しくドギマギしているので将也はいつもの仕返しと思いつつ、追い打ちをかけることにした。
「この本のアヤってアヤだよね?凄く魔王に従順で優しくて頼りにされてて、まさに理想の女の子だよな~。」
わざとらしく言った後にアヤの表情を見ると顔を赤くしてプルプルと震えていた。
「魔王様....」
アヤが大きく息を吸った後に腰に掛けていた剣を鞘から抜き、将也の目の前に出した。
「あんまり調子に乗らないでください。前にも言いましたが私は人間が大っ嫌いなんです。あなたが魔王様でなければ今すぐに切り殺していますよ。」
さっきまで可愛らしく赤くなっていたアヤが一変、殺人鬼のような冷たく恐ろしい顔をしていた。
「ご、ごめん...調子に乗っちゃいました。」
「今回は許してあげます。次回からは指を一本ずつ切り落としますからね。それでは私は紅茶を持って参ります。」
そう言ってアヤは図書館を出て行った。
「なんて恐ろしい女だ....アヤが魔王をした方が絶対いいのに.....」
将也はアヤが扉から出て行ったのを確認した後に呟いた。
将也が本の最後のページを開くと、そのページが急に輝き出した。
「うっ...なんだ?」
アヤは図書館から出て扉を閉めた後に、赤くなった顔を隠すように手で覆い、その場でしゃがみ込んだ。
「またやっちゃった.....。どうしてすぐに暴言を言ってしまうのでしょう.....」
アヤは大きなため息をついた後に長い廊下を歩きながら独り言をしていた。
「でも魔王様が急に変なこと言うからいけないのですよ!そりゃ取り乱して当然です!!」
食堂のキッチンに着き、アヤは紅茶を入れ始めた。
「人間は確かに嫌いですが魔王様はそこまで嫌いではないのに...」
いれた紅茶を一口飲み、味見をした後に『うん』と頷きティーセットを持って食堂を出た。
「今の魔王様は前の魔王様と違って頼り無い感じがしますし、少しだらしないからきっと変に口を出しちゃうのかもしれないですね...」
アヤは紅茶からふんわりと出ている湯気をぼーっと見ていた。
「だけど、前の魔王様よりも近くに立ちやすい気がします.....」
その頃、将也は急に輝き始めた本に戸惑っていた。
「急に文字が浮かび上がってきた....」
約1ページ分に黄金の文字で書かれた文章を将也は読み始めた。
『この文章が見えるってことはお前は魔王であるな。俺はこの本を書いた魔王だ。このページの文字は以前に作った俺の首飾りをかけた者がページを開くと自動的に浮かび出てくる魔法がかかっている。この本の最初に話した俺の夢の白い扉の先が今のお前がいる世界なのだと俺は思っている。これからどんな時代になっていくかは今の俺にはわからないが、今のお前はこれから時代を作っていく者だ。どうか魔物と人間、そのどちらもが幸せに暮らせるような世界を作ってくれ。頼んだぞ魔王よ。』
「・・・・・」
将也は本をゆっくりと閉じた。
「わかったよ。時代を跨いでまで僕に伝えたかったその願い、僕がそんな世界を作ってみせる。これは男と男、魔王と魔王の約束だ。」
するとアヤが紅茶を持って来た。
「魔王様、紅茶をお持ちしました....」
「ありがとう。」
アヤはさっきのことを反省し、将也の様子を窺うようにして紅茶を手渡した。
「アヤ...」
「な、なんですか?」
将也がアヤの目を見ながら名前を呼んだので、アヤは少しドキッとした。
「今までは仕方なく魔王になろうと思っていたけど、この本を読んで僕は本心から魔王になろうと思ったよ。だからこれからもよろしく。」
将也はアヤの目を真っすぐ見ながら話した。
その真剣な眼差しを見てアヤは穏やかに笑った。
「そうですね。私もこれから魔王様の隣にずっといますので、こちらこそよろしくお願いします。」
少しの間だけ、ふんわりとした暖かな雰囲気になった。
「アヤ、あの....言ったばっかりで凄く恐縮なんでけどさ....」
「なんですか魔王様?」
将也は目を逸らし、両手を弄りながら尋ねた。
「明後日に模試があるんだけど、一日だけ自分の世界に帰っちゃダメかな........」
アヤは大きなため息をついた。
「模試というものはよくわかりませんがそれは大事な物なのですか?」
アヤが尋ねると将也は首を縦に振った。
「はぁ、わかりました。ニアにあの部屋の魔法を解いてもらうように言ってみます。でも条件がありますよ。」
「条件?」
「えぇ、逃げ出さないこと。ちゃんと帰ってくること。それと私も同行いたします。」
「わかった。約束するよ。」
将也はアヤの前に小指を差し出した。
「何ですか魔王様?」
アヤが小指を見て首を傾げた。
「僕の世界では約束するときにこうやって指切りをするんだよ。」
「えっ?よろしいのですか?」
アヤは鞘から剣を抜き、小指の横に剣を持って来た。
「違う違う!!小指と小指を結ぶの!」
「はぁ....」
ぎこちないながら2人は指切りをした。
将也はこれまで以上にアヤとの距離が縮まったと感じ、アヤも少なからず将也に対して同じことを思ったのであった。
~2人の約束~ END
イヴが逝ってしまってから何日か過ぎた日。
魔王は魔王の座に座りながらぼーっとしていた。
「魔王様。入りますよ。」
アヤがドアをノックして入って来た。
「アヤ、お前....」
アヤは以前までイヴが着ていたメイド服を身に纏い、紅茶を持って来た。
「どうです魔王様。結構似合ってますでしょ?」
「あぁ...」
魔王は無機質な返事をした。
「この紅茶は以前イヴが作っていたのと同じものです。」
アヤがカップに紅茶を注ぎ、魔王に渡した。
魔王はぼーっとしながらカップに口をつけた。
アヤも自分で紅茶を注ぎ、飲み始めた。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
2人は無言のまま紅茶を飲んでいた。
「アヤ...やっぱりイヴがいれないとダメみたいだな...」
魔王はそっとカップを置いた。
「イヴの紅茶はこんなにしょっぱくなかった.....」
アヤも紅茶を飲むのをやめた。
「そうですね。こんなにしょっぱい紅茶は初めてです。」
アヤも静かにカップを置いた。
「なぁ、今のことは誰にも言うんじゃないぞ。」
「はい。誰にも言いません。約束します。だから魔王様....」
アヤはポケットからハンカチを魔王に差し出した。
「もう涙を流さないでください。」
「...................。」
魔王は静かにハンカチを受け取った。
~イヴ物語 2人の約束~ END
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