第11話 イヴ物語 キミの掌


私の名前はゴルティア・クラフト・ムーン。18歳の若さで人間最強の魔法使い、大魔導の称号をもらった唯一の人間である。その大魔導の仕事というのは....

「ムーン、まだつかないの?」

「はい!もう少々お待ちください!!」

豪華なローブを纏った品のある金髪で金の瞳をした美少年は自分よりも2回りも小さい緑色の髪をした女の子を背中に乗せて空を飛んでいた。

「早くしないと会議に遅れちゃうじゃない!!」

「すみません....」


ムーンは女の子を目的地の大きな建物まで送るとその建物の前で体育座りをして女の子の帰りを待っていた。

「そう、私のお仕事は人類最強と言われている武神様の下僕です。主に移動手段として使われています....」

ムーンは大きなため息を漏らし、大きな空を見上げた。

「はぁ、昔はもっと周りからチヤホヤされて輝いていたのに...」

建物の前で武神を待っていると、3人組の女の子が通りかかった。

「あっ!あの方ってもしかして大魔導様じゃない?」

1人の女の子がムーンに気が付いた。

「キャー!ほんとだ!ねぇねぇ!サインもらおうよ!」

女の子達は騒ぎ始めた。

「やぁ、サインくらいなら大丈夫だよ。(そうそう!こういうのだよ!!)」

ムーンは常に持ち歩いている羽ペンのようなものを懐から出した。

「やった!私はこの服にしてもらおうかな!!」

黄色い歓声にムーンはいい気分でペンを握った。

「おまたせ~、あれ?何か騒がしいわね...」

すると建物から武神が出て来た。

「あっ!ああーーー!!武神様だわ!!」

ムーンに群がっていた女の子達はムーンに目もくれず、武神の元に行き、サインをねだりに行った。

「えっ?サイン?仕方ないなぁ...」

ムーンはいじけて、さっきよりも小さく体育座りをしていた。


女の子達が去っていき、武神がムーンに近づいてきた。

「ごめんね、ウチのせいで遅くなって。」

「武神様は人気があって羨ましいです....」

「そんなこと言わないの。そうそう、さっき会議で凄い任務をもらってきたの!」

武神はいつもよりも上機嫌であった。

「ずいぶん上機嫌ですね、どんな任務ですか?」

武神はニヤっと笑って手をVの形にした。

「魔王討伐!!」

「えっ?魔王の居場所がわかったんですか?」

ムーンは驚き、大きな声を上げた。

「まだわかってないけど、めぼしはついたから後は時間の問題みたい、詳しい話はまたされるみたいだけど10日以内にはわかりそうだって!」

「おぉ~!それは素晴らしいです!」

「しかも、ウチとムーンの2人で魔王城へ行くことになったから。」

普通、大規模な討伐作戦では何百人と軍を率いるものであるが、武神が討伐に行く時はいつも武神1人である。

「私もですか?武神様がいるなら1人ででも大丈夫じゃ...」

「何言ってるの?ムーンがいなかったらウチはどうやって魔王城まで行くのさ?」

武神は真顔で答えた。

「はぁ...わかりましたよ。どうせ私は大魔導という名の乗り物ですから。」

「わかればよーし!」

ムーンは大きなため息を漏らし、自分の上司の顔を見た。

(これで魔物も絶滅か、本当にこの人は恐ろしい方だよ....)




その頃魔王城では魔物が魔王の座の前に集められていた。

「皆のもの、今日は大事な話をするのでよく聞くのだ。」

魔王に仕える魔物はすべて召集され、もちろん幹部と呼ばれる魔物も全員いた。

「アヤちゃん、イヴは来てないの?」

ニアが小声でアヤに尋ねた。

「イヴは体調が悪いみたいで寝室で寝ているわよ。最近眠れていなかったみたいで。」

「ふーん、たまには休まないとね。」

魔王が咳払いをすると、すべての魔物は話すのをやめた。

「もう我々は人間を敵視しないことにする!」

その瞬間、さっきまで静まり返っていた魔物達はどよめき始めた。

「なのでこれからの任務は人間と争わないで穏便に囚われている魔物の解放になる。その他には魔王城の家事や食料調達、手先が器用なものは衣類を作っても構わない。」

魔物達は未だに静まらないが、魔物達の顔は自然と明るくなっていた。

「魔法を使うときは人間を殺すためではなく、大切なものを守る時に使うようにするのだ。以上。」

魔物達がゾロゾロと解散していった。



魔王はイヴが眠る寝室へ行った。

「イヴ、入るぞ...」

魔王が部屋に入ると美しい白い髪をした少女がすやすやとベッドの上で眠っていた。

「昨日あんなに泣いていたから今日はずっと寝ているかもな。」

魔王は優しく微笑み静かにベッドの隣に椅子を持って行き、腰かけてイヴの寝顔を見ていた。

「幸せそうだな...」

イヴの寝顔を見ているうちに、魔王もその場でウトウトとしていた。


「....ん....っ、あれ?魔王様?」

しばらくしてイヴが目を覚まし、ベッドに崩れ落ちるようにして眠っている魔王に気が付いた。

「いつの間に....でもぐっすり眠っちゃってる。」

イヴはぐっすり眠っている魔王の顔を眺めていた。

すると誰かが部屋のドアをノックした。

「失礼します。こちらに魔王様はいらっしゃいますか?」

ドアを開けたのはアヤだった。

「(しーっ....)」

イヴはアヤに気づくと自分の人差し指を口元に持っていった。

「ふふっ..失礼します...」

アヤは優しい顔をして静かにドアを閉めた。

「魔王様の顔...幸せそう....」

イヴは子どものように眠る魔王の頭をそっと撫でた。

「ん..んん~....っ」

魔王が眩しそうに目を開け、ゆっくりと体を起こした。

「おはようございます。魔王様。」

魔王はキョロキョロと周りを見てハッとして立ち上がった。

「いかん!ついつい寝てしまっていた!!」

赤くなりながらあたふたする魔王を見て、イヴは照れるようにして笑っていた。

「そうそう!イヴに話があってきたんだ。ゴホゴホッ!」

魔王はわざと咳ばらいをして仕切りなおした。

「イヴ、これからのお前の人生、俺の側近としてずっと隣にいてくれないか?」

「えっ?」

魔王は顔を赤くして目を逸らした。

「魔王様...それって...」

イヴも顔を赤くして布団をぎゅっと握った。

「べ、べ、べつにお前が嫌ならいいんだけどなっ!」

少しの間イヴは黙っていた。

「.......はぃ」

とても小さい返事であったが、今のイヴにできる精一杯の返事であった。

「あ、あの、意味わかって返事したのか?」

魔王が赤くなりながら聞き直した。

「も、もちろんです。これからも、お世話になります....」

イヴは顔の半分を布団で隠した。

「そっか、そっかぁ...。」

2人は赤面しながら互いに目を逸らしていた。

すると急にドアが開き、部屋の中にアヤ、ニア、カルテ、オロナがながれ込んで来た。

「いててて...だからそんなに押すなって言っただろ!?」

「だってワタシの方まで聞こえなかったんだからしょうがないじゃない!!」

「あ、魔王様にイヴ!おめでとぉー!!」

幹部達を見て魔王とイヴはよりいっそう顔を赤くした。

「な!なななんでお前たちがここに...」

魔王はワナワナとし始めた。

「魔王様とイヴがとても良い雰囲気だったので、もしやと思って耳を立ててました。」

アヤが冷静に状況を解説し、魔王はたじろぎ、イヴは恥ずかしさから布団を被ってしまった。

「こ、このぉ.........燃やしてやる!!」

「逃げろー!!」

魔王は部屋から逃げて行った幹部達を追いかけていった。


それからかつてないほど魔王城は活気に満ち、笑顔が絶えない生活が始まった。





「ムーン、準備はいい?」

「はい!」

武神はいつもとは違う立派な甲冑を着てムーンの背中に飛び乗った。

「では、魔王城へしゅっぱーつ!」

ムーンが武神を背負うと空へ浮き、凄い速さで飛んで行った。

「まさか30日もかかるなんて思わなかったよ...」

「仕方ないですよ、相手は魔物最強の魔王なんですから調査だって慎重に行われただろうし...」

「まぁ、そういう事にしておきましょう。あっ!もう見えて来た!」

「魔王城が見えて来たのでここからは歩いて行きましょう。」

ムーンが下降して、魔王城がある山の中で武神を下した。

「あと少し歩けば魔王城に着きます。」

「ムーンありがとね!一応これからの作戦を確認しておくよ。」

歩くたびに武神の甲冑が音を立てていた。

「まずウチが魔王城の魔物、魔王を倒すでしょ。情報によると魔王城に人間の女の子の人質がいるみたいだからその子を救い出して城を出る。ウチが無事に女の子と出て来たらムーンの大魔法でお城ごとドッカーンね!簡単簡単!」

「でも最近の魔物は人を襲わないで何かを企んでいるらしいので油断しないでくださいよ。」

「大丈夫だって、ムーンはウチの強さ知ってるでしょ?」

「はい。正直あなたが敵じゃなくて良かったと思います。」

「でしょ!あっ!着いた着いた!」


2人は堂々と城の門にやって来た。

「おや、あなたが武神という人ですか?」

カーズが椅子に座りながら紅茶を飲んでいる。

「ウチが武神よ。あなたは門番かしら?そうだったらここで死んでもらうよ!」

武神が剣を構えた。

「まあ、門番ではありますが私は戦いませんよ。」

カーズはカップを置いて両手を顔の前まで上げた。

「私が門番をする理由は、ここに来たものに忠告をするためなのですから。」

カーズは両手を組み直した脚の上に置いた。

「忠告?」

「えぇ、普通の冒険者には入っても無駄死にするだけだと忠告しますが、あなたには違う忠告が必要ですね。」

武神は剣を未だに下げないが、カーズは余裕そうな顔をして話を続けた。

「忠告です。あなたがこの門をくぐったならば、今のあなたには戻れないほど、完膚なきまでに敗北するでしょう。」

カーズの言葉に武神は舌打ちをした。

「アンタ、ウチの強さも知らないでそんなデタラメを言うの.....?」

「いえ、あなたの強さは十分わかっております。それでも結果は変わらないですよ。」

武神は剣を鞘に納めて笑い始めた。

「アハハハハ!!さすが魔王城といったところかしら!ウチに向かって余裕綽々って感じね、いいわ、本当にそうなるのか見ものね。」

「それでも通るのですね。忠告はしました。それでは魔王城へようこそ。」

カーズは門を開け、武神は鋭い目つきをしたまま門をくぐって行った。


「あの...あなたは行かないのですか?」

カーズがムーンに声をかけた。

「私は武神様の乗り物扱いなのでここで待ってます...」

「そうですか、では紅茶を飲みながら私とおしゃべりでもしましょう。」

苦笑いするムーンにカーズは紅茶を勧めた。



門をくぐり、城に入ると大きな広場に出る。

広場の中心には大きな階段があり、その階段を上ると魔王が待ち構えている魔王のの座に着く。

武神が広場に着くとその階段にはニア、アヤ、マイン、カルテの4人の魔物が座っていた。

「うわっ、本当に来ちまったな...」

カルテは立ち上がり、軽く体操をし始めた。

「久しぶりの戦闘ね!」

マインは自分の牙をむき出しにして笑った。

「はぁ~。できるなら帰って欲しいけど無理そうだね....」

ニアもゆっくりと立ち上がった。

「魔王様とイヴを守るためにも私達で追い返すわよ!」

アヤが腰の鞘から剣を抜いた。

すると武神も剣を抜き、戦闘の構えになった。

「ふ~ん、噂で聞いた『殺戮の女神』と『紅い夜』の吸血鬼、闇を操る化け猫。そちらの女の子は初めて見るわね。でも...」

武神はニタっと笑みを見せた。

「この武神が、戦いの神が負けるはずないじゃない!!」

武神が魔物達に襲い掛かった。



その頃、ムーンはカーズとともに紅茶を飲んでいた。

「うわ!この紅茶凄くおいしい!」

「この紅茶は魔王城が誇るメイドさんが研究に研究を重ねた最高級の紅茶なんです。おそらくこれほどまでに美味しい紅茶は世界中ここにしかありませんよ。」

「うはぁ~、これ売ったら高く売れるよ!」

城の中では戦いが始まっているのにもかかわらず、門の前ではのんびりとティーパーティが行われていた。

「えぇっと、カーズさん、本当に武神様は敗北するのでしょうか?私はあの人が負けるとは思えないのですが...」

「いや、彼女は負けないですよ。」

「えっ?さっきと言っていることが違うじゃないですか!!」

驚くムーンとは対照的にカーズはゆっくり紅茶をすすっている。

「そうですね、私とここで賭けをしましょう。彼女が無事任務を終え、この城から出て来たらあなたの勝ちです。もし彼女が敗北して任務を失敗したのなら、私の勝ちです。」

カーズは不気味な笑みを見せた。

「どうです乗りますか?」

「私は武神様が負けるはずはないと思うのでいいですが、何を賭けるのですか?」

「そうですね...」

カーズはカップを動かし、中の紅茶をゆらゆらと回した。

「あなたが勝ったらこの紅茶のつくり方を教えましょう。もし私が勝ったら、あなたと武神様はこれから罪のない魔物を一切殺してはいけない。などいかがです?」

(まぁ、武神様が負けるはずはないか...)

「いいでしょう。乗った!」

「ムーンさん、約束ですよ。」




魔王は魔王の座に座っていた。

下からは武神と幹部達が戦っている音が響いている。

「魔王様逃げましょう!武神って魔王様でも歯が立たないほど強いらしいです!!」

隣でイヴが魔王に話しかけるが、魔王は黙ったままである。

ズドーンっと、下からもの凄い音が聞こえ、城全体が揺れた。

「魔王様!魔王様!!」

イヴは魔王の腕を引っ張って訴えた。

「いいかイヴ、下では幹部達がお前を守るために戦っているのだ。」

「でも、このままではみんな死んでしまいます!」

「みんな死んでもお前を守ろうとしている。それだけお前のことが大切なのだ。」

地響きがどんどん強く響き渡っている。

「魔王様!!」

イヴが叫ぶと魔王は椅子から立ち上がった。その拍子に魔王の座が倒れた。

「魔王様?」

次の瞬間、魔王はイヴを固く抱きしめた。

「もちろん俺も、命をかけてお前を守るつもりだイヴ。今まで楽しかったぞ。」

一瞬、城が静まり返った。魔王はイヴの唇に自分の唇を合わせた。

「幸せになれよ.....イヴ。」

急に魔王はその場にしゃがみ込み、魔王の座の下にあった金属の蓋を開けてイヴを中に押し込めた。

「いや...やだよ、置いて行かないで...」

イヴは涙を浮かべて魔王を見たが、魔王は蓋を閉め、入り口を燃やし、溶接して開かないようにした。

「魔王様!魔王様!!お願いします!ここを開けて!!いやぁぁぁ!!」

蓋を中から叩く音が聞こえたが、魔王は魔王の座をその蓋の上に戻した。


すると、武神がスタスタと階段を上がって来た。

「やっとラスボスね、思ったよりも手強かったよ。アンタのしもべ達。」

武神は体を緑色のオーラみたいな物を纏っていて、体には1つも傷が無かった。

「お前が武神か....」

魔王は武神に背を向け下を見ていた。

「あれ?魔王様ともあろうお方がそんなところで泣いているの?アハハハッ!こんな情けない魔王のために下のしもべ共は血を流したのね。」

ゆっくりと武神が魔王に近づいて来た。

「なぁ、武神よ、お前はいったい何のために戦っておるのだ?」

「はぁ?そんなの人類のためよ、魔物と人間が今までどんな争いをしてきたかアンタもわかってんでしょ?」

「そうか。そうだとしたらお前は物凄く愚かだな....」

「はぁ?」

武神は足を止めた。

「お前は力こそあるが、私の部下達よりもずっと弱い。いくら『武の神』と呼ばれていてもお前の目に映る世界はとても醜く、汚らしいものだろうな。」

「ぅっさいわね!」

武神は魔王に剣と突き立てた。

「その剣はいったい何人もの魔物の命を奪ってきたのだろうな...」

「ご託はいいからさっさと始めましょ。ふーん...その金属の蓋の下に人質がいるのね。それじゃあ、死んでちょうだい!!」

瞬間、武神が魔王との間を詰め。剣を魔王に振り下ろした。

しかし、魔王は武神の後ろに移動していた。

「俺も魔物の王だ。本望ではないがここで戦おう。」

魔王はマントと上着を脱いだ。

魔王の心臓の部分には大きな紅い宝石みたいなものが埋め込まれていた。

「これが俺の魔物の、魔王の証。俺の炎は俺の命だ。この炎燃え尽きるまで燃やし尽くしてやる!!」

その宝石から大きな炎が放出され、魔王の身体全てを覆っていく。

「っく、これが魔王の力か...」

武神は一歩後ずさりをした。

「さぁ武神よ、俺の炎で燃え尽きろ!!」

爆風とともに魔王の座は吹き飛んで行った。




イヴは自分の手が赤く腫れるまで蓋を叩き続けた。

「やだ...いやだよぉ....また私は守られてばっかり...」

蓋の中まで魔王と武神の殺し合いの音や響きが伝わってきている。

「おねがぃ...死なないで...置いていかないで....」

イヴは蓋を叩いて祈ることしかできなかった。

ずっと、ずっと。イヴは祈った。


すると上で音が止んだ。

急に蓋に亀裂が走り、蓋が木っ端微塵になった。

「ま、まおうさま...?」

イヴの目には眩しい光が差し、手が差し伸べられてきた。

「よかったぁ~!人質も無事生きてる!」

イヴの目に映ったのは、緑色の髪をした少女の手であった。

武神は軽々とイヴを引っ張り上げた。

「キミ、綺麗な髪に綺麗な顔してるね。そりゃ魔王だって人質にしたがるよ~。」

武神が笑いながら言ったが、イヴは戦場と化したフロアを絶望しながら見回した。

窓ガラスは割れており、壁にはヒビがあり、床は剥がれていた。

熱気に包まれた部屋の隅には魔王がボロボロで横たわっている。

「魔王様!!」

イヴは魔王の元へ行き、血だらけの魔王を揺すりながら何回も声をかけた。

「魔王様!起きてください!お願いだから目を開けて!!」

しかし、魔王は返答しない。

「そいつは魔王よ。人間のキミがなんでそんなに涙を流しているの?」

武神が信じられない物を見るような目でイヴを見た。

「魔王様は....魔王様は私を守るために命を賭けてあなたと戦ったの...」

イヴは魔王の元で涙を流しながら呟いた。

「魔王様だけじゃない、アヤもニアもカルテもマインもよ....」

「はぁ~?そんなことあるわけないじゃない?」

武神は鼻で笑った。

「いい?ウチ達は人間でそいつらは魔物。魔物はウチら人間に討伐、駆除されて当然な醜い生き物なのよ。」

するとイヴが立ち上がり、武神の目の前に立つと、手を振り上げて武神の頬を物凄い勢いで引っぱたいた。

「醜いのはあなたよ!」

乾いた音が崩れかかった魔王城に響き渡り、武神は一歩だけよろめいた。

「私達は、魔王城の人たちはもう人間を敵視していない。人間と手を取り合おうと、歩み寄ろうとしている。なのに...あなたみたいな人間が人間と魔物の溝を深くしているんじゃない!!」

イヴは声を荒げて武神を睨み付けた。

「魔物達も今までに何人もの人間を殺してきたじゃない....」

武神が頬を擦りながら呟いた。

「魔王様は悔やんでいたわ。以前に燃やし殺してきた人間達に対して償いきれないほどの過ちを犯してきたと。もっと早く人間に歩み寄ればよかったと後悔していた。あなたに魔王様の気持ちがわかるのですか!?」

「わかるわけないじゃない。だって魔物は敵なのよ?」

イヴが武神の胸ぐらを掴んだ。

「だからどうして敵って決めつけるのよ!!」

すると後ろから魔王が小さい声でイヴの名前を呼んだ。

「....ィ...ヴ......。」

「ま、魔王様!!」

イヴは武神から手を放し、魔王の元へ駆け寄った。

「魔王様!!大丈夫ですか!?」

「はじめて.....大切な物を...守るために戦った....おまえを守るためならだれにも....負けないと思ったのにな....ははは...」

魔王の声は小さく、かすれていたがしっかりとイヴに届いていた。

「しっかりしてください!今すぐ手当しますから!!」

「なんでよ....」

イヴが武神の方を見ると、武神は物凄い形相で剣を構えていた。

「なんで人間が魔物を、魔物が人間をそんなに心配しているわけ....」

オーラを纏いゆっくりと武神が近づいて来た。

その姿を見て、イヴは武神の前に立ちはだかり、両手を広げた。

「もう、誰も殺させない!私だって守ってみせる!」

「どきなさい。キミも一緒に切るわよ...」

「どかないっ!!」

互いに一歩も引かず、睨み合いが続いた。


「2人とも...もうやめろ....くっ!」

魔王はボロボロになりながらも立ち上がろうとしていた。

「魔王様!」

イヴがよろよろと立ち上がる魔王に駆け寄り、魔王の身体を支えた。

「武神よ、もうやめよう。お前だってもうわかってるんだろ?」

「うっさい!敵に傾ける耳なんてないわよ!」

「じゃあ、どうしてお前はそんなに悲しい顔をしているんだ?」

「!?」

武神は自分の目から涙が溢れていることに気づいた。

「はぁ...はぁ...嘘よ......」

武神の剣を持つ手が震え始め、だんだんと息を荒くし始めた。

「武神よ...」

魔王はゆっくりと手を伸ばし、武神の構える剣を下に下げた。

「もう、人間と魔物が殺し合う時代は終わったのだ....」

「・・・・・・・・」

そう言うと暫くの間、パルメは剣を下し、俯いていた。


「はぁ...完敗だわ。敗北ってこんなにも苦しいものなのね....」

パルメは構えていた剣を鞘に納めた。

「この戦いはアンタ達、魔物と人間の勝利よ。武神はもうこの世にはいないわ。」

パルメは魔王達に背を向けて歩き始めた。

「ウチは新しい時代を外からゆっくり眺めることにする....」

パルメは魔王城を後にした。


「あっ!武神様!!」

パルメが魔王城の門を出ると、ムーンが走ってパルメの元へ駆け寄った。

「人質の子はどうしたんですか?」

ムーンが聞くとパルメは大きなため息をついた後にカーズの方をじっとりとした目で見た。

「アンタの言った通り、完膚なきまでに負けたわよ。」

「えっ!ええぇーーー!?」

パルメの敗北宣言にムーンは声を上げた。

「武神様!見たところ頬は赤いですが傷一つありませんし、とても負けたようには....」

パルメは頬を擦った。

「今思うと、ウチはこの魔王城のどの魔物にも勝てなかったわ。そこの門番にもね。」

パルメは魔王城に背を向け歩き始めた。

「ムーン、今から城に入ってウチが半殺しにした魔物達に治癒魔法を使いなさい。ウチは1人で帰るから...」

「武神様....」

ムーンは以前よりも1回りも2回りも小さくなったパルメの背中を見ていた。

「ウチの名前はパルメ・ルル・フェノミリア。ムーン、これからパルメって呼びなさい。」

「....パルメさん。」

この後、ムーンによる治癒魔法によって魔王城でパルメと戦った魔物達は一命をとりとめた。




「・・・・・・・・・」

パルメは森の中を歩きながら自分の剣を鞘から抜き、眺めながら魔王の言葉を思い出していた。

「何人もの魔物の命を奪ってきた。ね....」

剣を鞘に戻し、イヴにぶたれた頬を擦った。

「この剣よりもあの子の小さな掌の方が優しく、強かったわけね...」

パルメはどこからか紐を出し、鞘に納まっている剣を固く縛った。

「もう、この剣を抜くことはないわ....」

パルメは魔物達の象徴である魔王城を背に暗い森の中へ静かに消えて行った。


                            ~キミの掌~ END




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