第10話 イヴ物語 刹那に煌めくその花は....


ある天気の良い日。今日も門番は退屈そうに門の前にいた。

「こんなに良い天気では眠くなっちゃいますね...」

カーズはウトウトとし始め、目を閉じていた。


「門番さーん?起きてくださーい!紅茶を持ってきましたよ~!」

カーズが目を開けると、美しい白髪はくはつにも劣らないほどの14歳の美少女がメイド服を着こなし、紅茶を持って目の前に立っていた。

「イヴさんですか。これは親切に紅茶までありがとうございます。」

カーズとイヴは門の前にある椅子に腰かけ紅茶を飲み始めた。

「おや?この紅茶、いつもと少し風味が違いますね。」

カーズは一口飲んだ後に紅茶をジロジロと見つめた。

「あっ!わかる?カーズさんがまたお昼寝しているのだと思って頭がスッキリするような葉っぱを使ってみたの!」

嬉しそうにイヴが話しているのをカーズは紅茶を飲みながら眺めていた。

すると門が開き、中からひょこっとニアがネコミミを晒しながら顔を出した。

「あっ!!いたいた!イヴ助けてぇ~!!」

ニアが何か布のような物を持って走って来た。

「イヴぅ~。私のこの服、破れちゃったの....」

イヴは紅茶を置き、ニアの服を持って広げた。

「あら~、バッサリ破けちゃってるよ...」

「イヴ、直せる....?」

ニアが不安そうにイヴを見つめた。

するとイヴはニアの頭を優しく撫でた。

「大丈夫だよ。お裁縫は得意だから!」

その言葉を聞き、ニアは今日の天気のような笑顔をした。

「それじゃあカーズさんお仕事頑張ってくださいね。私はこれを直さなくちゃ。」

イヴとニアは門をくぐり、城の中に入って行った。

「イヴさんが来てからもう10年ですか、人間とは成長が早いですね...」

カーズは紅茶を飲み干し、大きく伸びをした。

「さてと、休憩もしたことですし、お昼寝に戻りますか。」




イヴは裁縫をして服を直したあと、中庭へ洗濯をしに行った。

するとブレッタが花壇で花たちに水をやっていた。

「ブレッタさん!そんなにお水はあげなくていいんですよ!!」

イヴの声を聞き、ブレッタはビクっとした後に、そっと水やりをやめた。

「イヴさん、でも、まだここの花は咲いてないので...」

「もぉ~、私が責任もってお水や肥料をあげてるので大丈夫ですって、この花って一日草のこと?」

イヴはしゃがみこんで花壇を眺めた。

「はい、もうすぐ咲く時期なので心配になって...」

ブレッタは兜を被った大きな頭を一日草に近づけた。

「ブレッタさんは心配性ね。こういうのはのびのびと自分のタイミングで咲かせるものですよ。それでは私はお洗濯してきますね。」

イヴは鼻歌を歌いながら洗濯をし始めた。



その頃、魔王城の会議室には魔王と幹部の魔物達が大きなテーブルの前で椅子に腰かけていた。

「皆のもの、多くの任務ご苦労である。しかし、ここに集まってもらった理由は確認したいことがいくつかあるんだ。」

「そんな怖い顔をしたら綺麗なお顔が台無しよぉ~。」

青紫色の髪をして、まつ毛が長く、すらっとした目元をしたオロナという男が、自分の左手の爪を気にしながら言った。

「あなたはもう少し緊張感を持った方がいいわね。」

アヤが横から口を挟んだがオロナは全く直そうとしない。

「なになに?何か面白いことでもあったの?」

カルテは椅子から身を乗り出し、興味津々に魔王に問い直した。

「まず、最初に話すことはこの魔王城が武神率いる王国軍にバレた可能性がある。そのためにもお前たち幹部はこれまでは1人だけ城に残っていたが、これからは最低でも2人は残ってもらうぞ。」

魔王が言うと、幹部たちはキョトンとしていた。

「な、なんでバレたのですか?」

ニアが言うと魔王は深刻そうな顔をした。

「そのことに関して皆を呼んだのだ。カルテ、最近お前は人間の村で捕まっている魔物をどのように開放していた?」

「ん?あたしは村に入ってこっそり牢獄に侵入して牢獄をスッパリ切断して逃がしてるぜ!」

カルテはニタッと笑って答えた。

「ほほう、ではニアは?」

「私は牢獄に魔法を使って忍び込んですぐに魔法で解放しています。」

「じゃあマインは?」

「・・・・・・・・」

マインに目をやるとマインはテーブルに突っ伏していた。

「おいおい!?お前寝ているのか?」

「うぅ....ん.......」

カルテが揺するとマインは顔だけをテーブルから離した。

「さいきん....ねむい...うご...けない...」

そう言ってまた顔をテーブルにくっつけた。

「なるほどな....」

魔王は大きな深いため息をついた。

「お前ら、最後に人間を殺したのはいつだ?」

魔王が聞くと皆、目をそらしたり、顔をしかめて考え込んだりしていた。

「これまでは襲った村はすべて村人を殺してきたが、最近は1人も殺していないから足が着いたんだろうな。いいか?次からは村人全員を必ず殺すように!」

そう言ったが、幹部の反応はとても薄かった。

「もし本当に武神にこの城が見つかったとしたならば、魔王城は簡単に落とされ、魔物は絶滅するかもしれないんだぞ?そのためには人間を殺さなくてはいけないんだ!!」

魔王は強く訴えたが、幹部たちの表情は変わらない。

「あぁ、魔王様の言いたいことはわかったぜ。だから今日はもう帰るな。」

カルテがつまらなそうな顔をして出て行った。

「魔王様、今日のあなたは美しくないわね。ワタシも帰りますわ。」

オロナも席を立ち、部屋から出て行った。

魔王はテーブルに肘を置き、目の前で両手を組み、その固く握った拳に顔を当てて苦悩しているようだった。

「魔王様...」

ニアが声をかけようとしたが、アヤがニアの肩を叩き、首を横に振った。

「失礼します...。」

アヤはマインを連れてニアと部屋から出て行った。


暫く魔王はその場に座っており、大きな会議室は魔王1人を残して静まり返っていた。

「クソっ!まさかイヴ1人の存在のせいでここまで魔物達の指揮に影響するとは。」

魔王は強くテーブルを叩いた。

(やはりすぐに始末した方がいいのか?いや、今始末したら逆効果になっちまう...)

魔王が大きなため息をつくと、ドアをノックする音が聞こえた。

「失礼します。魔王様どうかなさいました?」

部屋に入ってきたのは不安そうな顔をしたイヴであった。

「イヴか...。なんでもないからあっちにいってろ。」

魔王は虫を払うように手を動かし、イヴを部屋から出そうとした。

「あっ!魔王様その手はどうしたのですか?」

赤くなった魔王の手に気づくと、イヴはすぐに駆け寄ってきた。

「こんなに赤くしてお怪我はありませんか?」

イヴは魔王の手を見ると困ったように魔王を見た。

「お前には関係ないだろ....」

「関係ありますよ!!」

イヴが怒るように言った。

「魔王様はここの魔物達にとってはとても大切な存在なのです。もちろん人間の私にとっても..........。」

急にイヴは悲しい顔をした。

「す、すまなかった...」

魔王はイヴの顔を見て反射的に謝った。

「何か悩んでいるのでしたら私にも相談していいですからね...」

(さすがにお前を殺そうかと迷っているなんて言えないだろ...)

魔王は自分の大きな手に寄り添う小さな手を無言で見ていた。

「痛くないように手当してあげます。手を当てるだけで不思議と痛みっていうのは和らぐんですよ。」

イヴは優しく魔王の手をさすった。

「もういい!」

魔王は手を振りほどき椅子から立ち上がり。イヴに背を向けて話し始めた。

「...なぁイヴ。この城の魔物全員を守るためだったらお前は死ぬことはできるか?」

イヴの返事が返ってくるまでに少しの間があった気がした。

「魔王様...」

イヴのか細い声がして魔王は振り返った。

「私1人の命で家族全員の命が救われるのなら何でもいたしましょう。」

そう言ったイヴの顔は今まで見てきたどの顔よりも美しい顔であったが、儚く、何か不思議と涙がこぼれ落ちそうな笑顔であった。

「.....そうか、ならもう持ち場にいって仕事に戻れ。」

「はい、失礼します。」

イヴは静かに部屋から出て行った。


「あんな顔見せられたら殺すことなんてできないよな、でも....」

魔王は静かに椅子に腰かけ、イヴのぬくもりが残った自分の手に目を向けた。

「覚悟を決めないと。」

魔王はその手をギュッと握り締めた。




次の日、ニアとカルテは2人である村へ向かっていた。

「なぁ、やっぱり魔王様に言われた通り、今日の村人全員殺しちまうのか?」

「やりたくないけど魔王様の命令だからしかたないよ....」

「そっか、つまらない任務だぜ...」

2人は無言のまま村の前まで来た。

「じゃあ村人の処理はカルテよろしく。私は捕まっている魔物の解放と移送してくるから。」

ニアの下半身が黒い塊に飲まれている。

「あっ!嫌なことだけあたしにやらせるって言うのかっ!?」

カルテが反論したときにはもうニアの姿はなかった。

「くっそ~!あいつ逃げやがったな!!」

カルテはしばらく文句を言ってその場で地団太を踏んでいたが、諦めて自分の後ろに水の羽を生やした。

「魔王様も間違ってはいないし、ここは我慢してやるしかないか...」


カルテが村の建物を攻撃すると人間が悲鳴をあげながら逃げていく。昔なら逃げていく人間を喜んで追いかけて殺しに行っていたが、カルテは人間の逃げ行く姿を後ろから眺めていただけだった。

すると、1人の5才くらいの少年が目の前で足を抱えて蹲っていた。

「おい人間、逃げるなら早く逃げろ、そうじゃないと殺さなくてはいけなくなる。」

その少年はカルテを見ると大きな声で泣き始めた。

「ったく、泣いてもどうにもならないだろ...」

ゆっくりとカルテは少年に近づいていった。

瞬間、硬い何かがカルテの額に当たり、血が流れ出した。

「弟から離れなさいっ!!」

急に聞こえてきた声の方を向くと、その少年の姉と思われる少女が涙を流しながらカルテを睨んでいた。

カルテは額を触って出血していることを確認した。

「あぁ~、石でも投げて来たのか、切れちゃってるね...」

そうしている間にその少女は弟を背負い、カルテとは反対方向へ走って行った。

「あたしに傷をつけといて逃げるっていうのか....」

カルテが少女に向けて手を伸ばし、パチンっと指をならした。

すると背中にある水の羽の一部が水滴となって飛び出し、弾丸のように少女へ向かって行った。

「ただの人間は簡単にあたし達魔物に殺されちまうんだな...」

水の弾丸が少女に当たる寸前で霧状になって消えてしまった。

「........。やーめた。」

カルテが両手を頭の後ろで組むと、水の羽も水蒸気となり消えていった。

「こんなことしてもつまらないだけだぜ。」

カルテは村を出ようと来た道を戻っていった。

するとカルテの前に黒い塊と共にニアが現れた。

「カルテ!何してるの?早くしないと人間達が逃げちゃうよ!!」

ニアが慌てて言うが、カルテはムスッとしているだけだった。

「やめだやめ!面白くない!それに村人を逃がさないのはお前の専売特許じゃないのか?」

「うっ....」

カルテに正論を言われてひるんだ後にニアはシュンと肩を落とした。

「だって...人間だってイヴみたいな人、いっぱいいると思うし....」

ニアが鼻をすすりながら呟いた。

「あたしもそう思って結局1人も殺せなかったぜ...」

ポンっとカルテはニアの頭に手を乗せた。

「今日帰ったら一緒に魔王様に叱られような!」

「うん!」

2人は任務を放棄したにも関わらず、笑顔で村を去ることにした。




ニアとカルテは魔王城に戻り、魔王の座に腰かけている魔王に任務を放棄したことを報告をした。

「ほぉ~、2人とも途中で任務を諦めたっていうのか?」

「はいっ!申し訳ございません!(うぅ...お仕置きかなぁ...)」

ニアは頭を下げながら半分泣いていた。

「あはは...すまんな魔王様、もう人間をむやみに殺せないぜ...(もうクビだぜ...)」

カルテは冷や汗を垂らしながら笑って答えた。

「そうか...じゃあもうお前たちには人殺しの任務は与えん。」

魔王は大きなため息をついて深く椅子に腰かけた。

「今日はもう下がってよい。」

魔王に言われて2人は部屋を出て行った。



「うわぁぁぁ~!もうダメだ!魔王様に殺される!!」

急に廊下でニアは大きな声を出して泣き始めた。

「おいおい、それはちょっと大袈裟だぜ!?」

「だってぇぇ、もう用済みだよ!?むりだよぉぉ~!」

そのままニアが大泣きしてしまい、カルテもオロオロとしていた。

「あれ?2人ともこんなところで何しているの?」

2人の前に掃除用具を持ったイヴが現れた。

「ひっ...ひっ...イヴうぅ~!!」

ニアがイヴの懐に飛び込んだ。

「魔王様に捨てられちゃう!殺されるぅ~!」

「あらら~...」

わんわん泣くニアをイヴは優しく抱きしめた。

「魔王様はそんなことしませんよ。いつでも私達のこと思っていらっしゃいます。」

「でもぉ、ひっく...もう任務も与えないって...」

「えっ?」

イヴはカルテに目をやった。するとカルテは苦笑いをしていた。

「そうなんだぜ、もう任務は与えんって。」

「そうなんですか....」

「絶対に、絶対に捨てられちゃうよ~!!」

よりいっそうニアの泣き声が大きくなった。

「その時は私が家事をニアに教えますから安心してください。」

「...えっ?」

イヴの言葉にニアは顔を上げた。

「任務が無くてもこのお城で一緒に家事をしましょう。今はたまにアヤさんが手伝ってくれますが人手不足なんですよ。だからそんなに泣かないの。」

イヴがニアの涙を拭いた。

「ほんと?」

「はい!」

「うぅ、わかった...」

ニアはゆっくり立ち上がった。

「イヴ、もしそうなったらあたしも家事手伝うぜ!じゃあ、邪魔したな!」

カルテがニアを連れて廊下を歩いて行った。

「魔王様も魔物達をまとめるの大変そうね。ふふっ。」

イヴは廊下に置いていたモップを拾い上げた。

「あ、あれ..?」

イヴはよろけて壁にもたれ掛かった。

「う~ん、ちょっと寝不足かな...」




その日の深夜。全ての従者や魔物が寝静まった頃、魔王は魔王の座に腰かけていた。

「もう、限界だな。」

すくっと立ち上がり、イヴの寝室へ向かった。

「今思うとこの10年であいつと色々なことがあったな...。」

魔王は独り言を言いながら淡々と廊下を歩いて行く。

「俺ともあろうものが1人の人間を尊いものと見てしまうとはな、魔王失格だな。」

ついに魔王はイヴの寝室の前までたどりついた。

(だが、魔物すべてを守るためにはどうしてもお前が邪魔になるのだ。)

魔王はイヴの寝室のドアをノックした。

「イヴ、入ってもいいか?大事な話があるんだ。」

(あいつの顔を見たら殺せなくなるかもな、でもやらなくては。)

「・・・・・・・・・」

しかし、ドアの向こうからはなんの音も聞こえない。

「おい、聞こえないのか?イヴ、入るぞ。」

魔王はゆっくりとドアを開けた。

満月の月明かりで照らされた部屋の中。どこを見ても人影すらなかった。

「イヴ?」

魔王は部屋を飛び出して城内を探し回った。

食堂や図書館、大浴場も探したがイヴの姿は見当たらなかった。

(どこだっ?イヴはどこにいるんだ?)

魔王は次第に焦り始め、気が付けば城内を走り回っていた。

(どうして俺はこれから殺す奴のことを心配してこんなに走ってんだよ!)

すると、中庭に誰かがいるのが見えた。

月明かりに照らされて白い髪が風に吹かれている。

「いたっ!」

魔王は呼吸を整えてから中庭に入った。


「イヴ!こんな時間にここで何してんだ!!」

背後から名前を呼ぶと、イヴはビクッと肩を動かした後にゆっくりと振り向いた。

しかし、イヴの目から頬にかけて何かがキラッと光っていた。

「あっ...魔王様...?」

振り返ったイヴを見て魔王は戸惑った。何故ならイヴの泣き顔を初めて見てしまったからである。

「お、おまえ泣いているのか?」

魔王が言うとイヴは背を向けて袖で目をこすり始めた。

「いや、これは、その、あの...」

だんだんイヴの声が鼻声になっていく。

「なんで、なんで止まらないの....」

小刻みに体を震わせて泣いている少女に、魔王はゆっくりと近づいて行った。

「魔王様、ごめんなさい...うっ、こんな醜い姿見せて...」

「イヴ、何をそんなに泣いているのだ?」

魔王はイヴの隣に来て震える小さな背中をさすった。

イヴは深呼吸を何回か繰り返し、息を整えてから話し始めた。

「魔王様....私がこの魔王城に来た時のことを覚えていますか?」

「あぁ、お前はまだ幼くてとても小さかった。」

「私はあんまり覚えていませんが、あの頃の私にはここのみんなが今よりもずっと大きかったのです....でも今は...」

イヴは視線を下に向けた。

「私だけ成長して、周りのみんなは昔のままなのです。人間と魔物の寿命は大きく異なるとは知っていますが、このままでは私、私だけ....」

イヴの顔が歪み、大粒の涙を流し始めた。魔王は口を開かずにイヴの弱弱しい叫びをじっと聞いていた。

「私が死んだあとも魔王様たちは何十年、何百年と生き続けて、私と過ごした時間なんてすぐに忘れてしまうんじゃないかって、そう考えるだけで私、夜も眠れなくて....涙も止まらなくて....」

少女の悲痛な叫びが静かな満月の夜に響いた。




「そんなことはない!!」

真夜中の静寂を魔王の声がかき消した。

「そんなことないだろ。お前がこの城に来てから俺も含め多くの魔物達の生活は明るく、より豊かなものになったんだ!」

魔王は大きく息を吸ってからイヴの潤んだ瞳を見つめて話し始めた。

「実はな、今お前を探して殺そうと思っていたんだ。お前と一緒に過ごして多くの魔物達は人間を愛おしく、かけがえのないものだと考えるようになった。この俺もそうだ。しかし、魔物の立場としては人間を殺さなくてはいけない。だからお前を始末してもう一度人間と魔物の立場をはっきりさせようと思ったんだ。」

魔王は必死に自分の目から涙がこぼれないように話し続けた。

「でも、もう遅かった。今お前を殺しても状況は変わらないだろう。」

魔王はイヴをそっと抱きしめ、優しい声で続けた。

「たったの10年。俺やお前ではどうすることもできないほどの濃い時間だったんだ。だからこれから何年、何十年とお前と過ごしていれば嫌でも忘れることはできるはずがないだろ?だからもう泣くな...」

「うぅ....」

イヴ鼻をすすりながら泣き始めた。

すると、真夜中なのに花壇が光り始めた。

「あっ?これは?」

目の前で光っていたのは一日草であった。

「一日草ってのは1年に1日しか花を開かない花で、開いている間は空に魔力を放出し続けるんだ。」

魔王はイヴを抱きかかえ、花壇の目の前までやって来た。

花びらの中には丸い白い光が瞬いている。

「魔王様...これって...」

「あぁ、もうすぐ始まるぞ。」

次の瞬間、花びらの中の光がゆっくりと浮かび上がり。空へと上っていった。その白い光の数は何千とあり、幻想的な風景であった。

「こんなに綺麗なもの見たことなかった....」

「そうだな......。なぁ、イヴ....」

2人は恋人同士のように空を見上げていた。

「この花たちの光は今夜の一瞬しか見ることができないけど、イヴは忘れることはできないだろ?」

「はい....」

「俺ら魔物にとって、イヴとの時間はこの一瞬と同じかもしれないが、この綺麗で幻想的な空よりもずっと輝くものになるんだ。」

「魔王様...」


それから魔王とイヴの2人は、この光が見えなくなるまでこのまま空を見上げていた。


              ~イヴ物語 刹那に煌めくその花は....~ END



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