第6話 魔王、悪役になる



浪人生、将也の朝は早い。

まずベッドから出てカーテンを開ける。大きなあくびをした後に顔を洗い歯を磨く。

テレビをつけ、いつものニュース番組を見ながら朝食を作る。

朝食は目玉焼きとソーセージ2本。毎朝同じ朝食を同じ時間に食べる。

食べ終わったら私服に着替える。

予備校の授業の用意をしてバス時間に合わせてアパートを出る。

アパートのドアを開けると一見、美人なメイドさんがドアの前に立っている。

彼女の名前はアヤだ。

軽く挨拶をしたらメイドさんに今日のスケジュールを伝えられる。

魔王らしいことはまだ何もやっていないがメイドさん曰く、まず従者達とコミュニケーションをとり、この世界のことを熟知してから魔王らしいことをするらしい。

そして最近の日課は魔王城の掃除を従者と共に行うことである。

昨日は中庭の花壇の手入れをした。食堂も掃除した。

今日は城の廊下と窓を綺麗に掃除するみたい。

一仕事終えた後の紅茶が美味しさと共に充実感と達成感を与えてくれるのだ。

紅茶を飲み終え、将也はいつもこう思うのである。


「いったい何をやっているんだぁぁーーー!!」


アヤは紅茶を飲み干し、静かにカップをテーブルに置いた。

「魔王様、せっかくのティータイムなのにそんなに騒いでどうかしましたか?」

アヤは軽蔑するような目で将也を見る。もうこの眼差しにも慣れてきた。

「僕は浪人生で勉強をしないといけないんだよ!!」

「その勉強とやらを午後になされればよろしいのではないでしょうか?」

アヤは深くため息をついた。

「僕がこうしている間にも他の浪人生、いや現役生も勉強しているんだ!このままだと僕だけ取り残されてしまうよ!!」

必死に訴えるがアヤにその熱意が伝わることは無かった。

「魔王様はなんのために必死になっているのですか?魔王様が魔王様である限りは生活には苦しまないですし、望むものの多くは手に入りますよ。」

アヤは首を傾げた。

将也は困り果ててため息をついた。

「僕は自分の世界に帰りたい、あっちの世界でやりたいこともやり残したこともあるんだ、だからまだ足掻いていたいんだよ。」

「はぁ....」

将也も自分で言いながら、この世界で生涯魔王として暮らした方が良い人生になるのかもしれないと思った。むしろその方が入試や苦労が少なく楽に人生を謳歌できるのであると思った。しかし、建前なのか、きれいごとなのか、はたまた意地なのかはわからないがそのような言葉が出てきた。

「そういえばまだ単語帳取りに行けないの?」

「ニアが帰ってくるまで我慢してください。そうじゃないと移動に時間がかかってしまいます。もう少しで帰ると思いますので...」

すると目の前に黒い影が現れ、その中からニアが出てきた。

「こんにちは魔王様...」

珍しくニアが苦笑いをしていた。

「おお!ちょうどよかった!今から単語帳を取りに行きたいんだけど....」

「それがちょっと面倒くさいことになってて...」

ニアが目を逸らしながら答えた。



将也とアヤとニアは、ニアの魔法であの店から少し離れたところにやってきた。店の前には何故だか人だかりができていて、店の前にはコウとコトハとレイブンとその使用人がいた。レイブンは単語帳を片手に大きな声で叫んでいる。


「皆のもの見たまえ!この店の魔物は怪しげな魔導書を隠し持っていた!この国の法律で王国で暮らす魔物は魔法の使用の禁止、魔法に携わる行いは禁忌となっている。それにも関わらずこのような物を所持していたのだ!!」

レイブンの声に同調するかのようにその場の人たちは騒めき始めた。

「ま、待ってください!それはお客様の忘れ物でありまして....」

「うるさい!!このような文字は見たことがないぞ!明らかにこの国の物ではないのだ!」

コウが弁解しようとするがその主張も聞き取られない。

「レイブンよ、それを私によこしなさい。」

人ゴミをかき分け、前に出てきたのは立派な格好をした少し歳をとった男であったが、身体は大きく、衰えを感じない風貌であった。

「私はこの国の法律に従い罪人を裁く国家機関の最高責任者、リアである。騒ぎを聞きつけやってきた。」

レイブンは単語帳を渡し、リアは単語帳をパラパラと捲り始めた。

「ふむふむ、これは明らかな法則性のある文字である。紛れもなく誰かが意味を持って書いた書物じゃ。こんな文字をこの国の人には書けんじゃろな、そう考えると魔物独自で発達した文字かもしれない。」

リアはパタンと単語帳を閉じコウ達の方を見た。

「残念じゃが君らを一時的に逮捕しなくてはならんようじゃ...」

「ちょっと待ってください!本当に何にも知らないんです!」

コウが訴えるが、リアが引き連れてきた役人たちがコウへ近づき拘束し始めた。

(ざまぁみろ、もし無罪となっても、もう店を続けることはできんなぁ!)

レイブンはニヤっと笑った。


「魔王様大変です!コウさん達が連れられてしまいます!!」

ニアが店の前と将也の顔を交互に見ながらあたふたし始めた。

「アヤ、どうにかできないの?」

「そうですね、魔王様の忘れ物が原因とはいえ、これは人間側だけの問題であり、私達魔物が首を突っ込む話ではないです。あきらめましょう。」

縋るようにアヤを頼ったが、アヤはとても冷たい目で答えた。

将也は店の方を見た。コウが弁解を求めながら役人に必死に抵抗している。コトハも役人に拘束されていた。

アヤは諦めろと言っていた。しかし将也は諦めるわけにはいかなかった。

「アヤ、魔王って人間から怖がられ、恐れられればいいんだよね?」

「そうですが、今はまだ....」

「じゃあ!」

将也はアヤの言葉を遮った。

「じゃあ、初めての魔王としての仕事だ!アヤ、ニア、これは魔王からの命令だ。協力してくれ。」

「アイアイサー!」

ニアは握り拳を掲げ喜んで返事をした。

「はぁ....全く、仕方ありませんね。」

アヤもやれやれといった感じで了承した。




店の前では未だにコウが抵抗をしていた。

「本当に私達は何も知りません!どうか話を聞いてください!!」

激しく暴れるコウに対し、役人達は細長い木の棒をコウ目掛けて振り下ろした。

鈍い音が辺りに響き渡り、コウの額から赤い血が滴った。

「もう抵抗はやめるんだな、どうせ処分されるなら楽な方がいいだろ?」

レイブンは愉快そうに不気味に笑った。

(誰か、兄さんを、私達を助けて...)

コトハが祈るように目を瞑った。


すると店の周りが薄暗い霧に囲まれた。

「な、なんだ?」

レイブンやリア、周りの人たちが騒めき始めた。

「あっ!屋根の上だ!!」

1人の村人が叫ぶと、店の前の人たちは一斉に店の屋根の上を見上げた。

屋根の上には将也とアヤが立っていた。

(ノリで助けるとか言っちゃったけど、人前で何かをするのとか久しぶりすぎて戸惑うな...)

店から少し離れたところでは、頭に将也の眼鏡を乗せているニアが将也とアヤの方向に両手を伸ばしている。ニアの魔法で将也とアヤの顔を認識できないよう黒い霧を操っているのだ。

将也は辺りを見渡してから大きく息を吸った。

「我は魔物の頂点である魔王だ。これがその証である。」

将也は首にかけていた首飾りを前へ出した。

すると人間たちは悲鳴をあげて走って逃げだしたり、腰を抜かして尻餅を着いたりして軽いパニックに陥っていた。

(いや~、ニアの魔法があるとはいえ、顔がばれないようにと一応眼鏡は外したけど、さすがに視力0.02だと何にも見えないな....)

将也は目を細めながら続けた。

「人間たちよ、お前らは実に愚かで滑稽だ。たかが我が用意したその魔導書ごときでこんなにもあっさり仲間割れをする。」

将也が片手を前へ差し伸べると掌の上に黒い塊が現れ、ストンと単語帳が手に収まった。

「あ!いつの間に!」

リアは自分の持っていた単語帳が無くなっていることに気がついた。

「人間達よ、よく聞くがよい。我にとっての脅威とは人間を相手にすることではない。人間とその人間達と手を組んだ魔物がこの魔王の前に立ちはだかることなのだ。しかしまぁ、お前らのその惨めな差別心を見ればたかが知れている。我がここまでしなくとも勝手に自滅するだろう。本当に惨めで醜い生き物だ。」

すると冒険者と思われる1人の人間が恐怖しながらも将也目掛けて弓矢を構えた。

「うっ、うわぁー!!」

矢は風を切り将也の頭目掛けて飛んで行った。しかし、将也の目の前で黒い塊に吸い込まれていく。

「やはり人間と魔物は手を取り合う仲じゃなく武器を構え合う方が似合っているな。もう我は魔王城へ帰るがよく覚えておけよ人間。今日のは序章に過ぎない。またすぐに魔物の時代が訪れるだろう。」

「ぐわぁぁ!な、なんだ!?た、たすけてー!!」

悲鳴のする方を見ると黒い塊がレイブンを飲み込んでいる。

「彼には見せしめに死んでもらう。それでは人間たちよ我に恐怖するがよい。」

一瞬に黒い霧が晴れ、将也達とレイブン伯爵はその場から消えた。


この単語帳事件は魔王の策略としてコウ達の疑いは晴れた。

後の話であるが、この事件をきっかけに、まるやはよりいっそう知名度が上がり繁盛したらしい。




将也とアヤとニアは無事に魔王城に帰ってきた。

「ふぅ~、まさか単語帳一冊でこうなるとはなぁ...」

将也は単語の中身を確認しながら呟いた。

「でも魔王様凄かったですよ!!」

ニアがはしゃぎながら近づいてきた。

「なんか、本当の悪の帝王っ!って感じだった!!」

「あはは...そうかな?(昔にやったRPGのゲームがこういう場面で役に立つとはな...)」

将也はぎこちなく笑った。

「まぁ、魔王様にしては合格ですね。」

珍しくアヤも褒めてくれた。

「しかし、これが原因で魔王城に冒険者が多く来る可能性がありますのでこれから大変になりそうですね。」

「ははは、それは困ったね...」

将也は色々と考えることがあったが、高揚感と満足感が沸々と湧いてきて少しだけ体がふわふわしているように感じた。

「そういえばニア、あの黒い塊に飲み込まれた人間はどうなったの?」

「んっ?あぁ~....あの人はもうこの世にはいないよ。」

「えっ?」

ニアは両手を上に伸ばし、大きく伸びをしてあくびをした。

「何処に移動させたか知りたいですか?」

いつもとは違う不気味な顔をするニアに将也は恐怖を感じ、首を横に振った。

「そうですか。じゃあ私は少しお昼寝します....」

黒い影がニアを飲み込み、姿を消した。

「なぁアヤ、ニアって結構おっかない魔物なの?」

「まぁそうですね。基本的には魔王城の魔物は魔物にも恐れられるような人ばかりなんですよ。私なんて可愛いもんですよ。」

「なにそれ、今笑う所なの?」

将也が真顔で言うとアヤは腰の鞘から剣を抜いた。

「そうですね、私がどれだけ可愛いものか試してみますか?」

「嘘です。ごめんなさい。」

人殺しのような目をしたアヤに将也はすぐに頭を下げた。

「前々から思ってたんだけど、アヤって側近なのに魔王に向かって剣なんて向けていいの?」

「軽いジョークですよ。」

そう言って剣を鞘に納めたが、目は本気の目であった。

「もしニアの過去や魔王城の歴史とかが気になるのであればこの城の図書室へ行ってみてはどうでしょうか?」

「この城に図書室なんてあったの?」

図書室があるならそこで勉強すればよかったと将也は後悔した。

「はい、そういえば案内し忘れていましたね。」

(もうそろそろ勉強しないといけないけど、少しくらいならいいか...)

将也はアヤと図書室へ行くことにした。


将也は図書室で魔王城の歴史の本を読み、1人の人間の物語に触れた。

その物語は魔物と人間の深い溝を埋めたイヴという女性の物語であった。


                        ~魔王、悪役になる~ END

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