第3話 初めての誘拐
改めて魔王になった将也の一番最初の魔王業はお姫様の誘拐であった。
(誘拐するっていきなりハードじゃないか?)
アヤにある部屋の前につれて来られた。
その部屋の前には甲冑を身に纏い、頭全体を覆う兜を被った大男がいた。
「初めまして魔王様!私は主に護衛を担当するブレッタと申します。今日はこの部屋の番人です。」
「よ、よろしく....」
ピシッとした敬礼をするブレッタに戸惑いながらも将也は部屋に入った。
部屋の中は高級ホテルを彷彿とさせるような豪華なつくりであった。
大きなベッドやソファー、机もいくつかあり、あたたかな日が差し込む窓の外には王国が小さく見える。どうやら魔王城は山の中にあり結構高い場所にあるのだと考えられる。
「ここってなんの部屋なんですか?」
ビクビクしながらアヤに聞いた。
「魔王様ともあろうお方が側近に何ビビっているのですか?一応魔王様なんですから堂々としてくださいよ。」
(あれ?普通だ。)
怒られると思って質問したが、思っていた反応と違かったのでアヤは思ったよりも怖くないのかもと将也は思った。
「....でないとゴミ箱にぶち込みますよ?それとも直接焼却炉かしら?」
前言撤回。
こいつは見た目は美少女メイドさんかもしれないが、中身はドSヤンキーだ。
将也は少しでも期待した自分があさはであったと思った。
「ここは幽閉室です。ここに誘拐してきた人を幽閉します。もうそろそろニアが連れてきますよ。」
(幽閉室って、どう見ても客人を招く部屋じゃないか...)
すると部屋の中に黒い影が現れその中からニアとお姫様と思われる女性が出てきた。
「おお~!もういらっしゃいますね!」
ニヤが嬉しそうに手を振ってきた。
「えぇ~...魔王様。こちらがこのトリーマム王国のお姫様です。」
そう言うとお姫様は丁寧にお辞儀をした。
「初めまして、私はトリーマム皇女のエリーと申します。よろしくお願いします。」
見た目16歳前後で長い金髪と青い瞳が美しい少女だった。
誘拐と聞いていたが、言葉のニュアンスとは雰囲気が全然違かった。
「こちらは先ほど魔王になったばかりの魔王様でございます。私はその側近のアヤと申します。よろしくお願いします。」
アヤも丁寧にお辞儀をした。
「にゃはは!誘拐大成功でした!それでは5日ほどここで幽閉します。なので私は5日後にやってきますね!魔王様はアヤちゃんと一緒に監視していてください。では!」
ニアはまた暗闇に飲まれてどこかへ行ってしまった。
犯罪を犯してきたのにこのほのぼのとした感じが将也にはとても不思議であった。
「アヤ、本当に誘拐してきたの?」
アヤは舌打ちをしてから『はい』と答えた。
「君も急に誘拐されて大丈夫なの?」
「ええ、前もって手紙が来てましたので準備はしっかりとできています!」
エリーが笑顔で手紙を渡してきた。
元の世界とは違う文字で書かれていたが不思議と何が書いてあるのか理解することができた。
『突然失礼いたします。急にお手紙恐縮ですが新しい魔王様が誕生する予定なので近いうちに誘拐しに伺います。そちらもお忙しいと思いますが何卒ご理解ください。また折を見て連絡いたします。 魔王城 ニア』
将也は丁寧過ぎる手紙に唖然とした。
「魔王様、聞きたいこととかはあると思いますが今から姫様には着替えてもらいますので少し席を外してください。」
アヤはテーブルに置いてあった洋服をエリーに渡した。
将也は急いで部屋を出た。
「魔王ってどんな存在なの?」
将也はブレッタと一緒に部屋の外で待機していた。
「そうですね、私達従者をまとめるリーダーって感じだと思いますよ。でもどのような存在になるかと聞かれましても、それはこれからの魔王様次第ですね。」
ブレッタは優しい口調で話した。
「あなたも急に大変ですね。見た感じだと全くこの世界を知らないようですし。」
久しぶりに他人から優しい言葉をもらい、将也は泣きそうになった。
「ありがとう。側近がブレッタだったら僕は頑張れそうだよ。」
将也は袖で目に溜まった涙を拭いた。
「そういえばさっき言ってたどのような存在になるかはこれからってどういう意味なの?」
「魔王様は3代目魔王様なんですよ。初代魔王様は我々従者にとっては父親のような方でした。一緒に笑ったりお酒を飲んだり、たまには叱られたりもしましたが、いつも我々のことを考えてくれましたね。」
将也は楽しそうに話すブレッタの話を聞くだけで温かい気持ちになれた気がした。
「じゃあ先代の魔王はどうだったの?」
そう言うとブレッタの雰囲気が少し変わった気がした。
「先代は恐ろしい方でしたね、正直今でも恨んでいる魔物は多いと思いますよ。初代魔王様を殺して魔王になり、気に入らない従者を次々と力でねじ伏せました。当時は初代魔王様以上に強い魔物はいませんでした。それなのにあっさり殺してしまうほどの桁違いの強さの持ち主でしたね。」
将也は掛ける言葉が見つからなかった。
「あの時の城内は地獄でした、しかし先代の魔王様は突然と姿を消したので城内はパニックでしたよ。」
兜を被っているのでどのような表情をしているかはわからないが、ブレッタの過去には辛いものがあるのだろうと将也は思った。
「もう入ってきていいですよ。」
部屋の中からアヤの声がしたので将也は部屋に入った。
さっきまでエリーはドレスを着ていたが、村娘のような普通の服装になっていた。
「普段このようなお洋服は着れないので少し楽しみにしてましたの!」
嬉しそうに鏡を見るエリーであった。
「魔王様、私はこのドレスに少し手直しをしますので暫くこの部屋で姫と過ごしていてください。聞きたいことは彼女が話してくれますよ。」
将也はエリーを見て少し顔を赤らめた。エリーは首を傾げて将也を見た。
「言っておきますけど魔王様。変な気を起こすものならこの剣であなたの股の通気性を良くして差し上げますよ?」
珍しく笑いながら話すアヤであったが、その笑顔はいままでのどの顔よりも怖かった。
アヤが居なくなり部屋に2人っきりになった。
浪人中は人と会話をほとんどしないので会話の切り出し方を思い出しているとエリーから話しかけてきた。
「あなたは魔王って感じがしないわね。」
クスクス笑うエリーを見て心が癒された。
「それより誘拐されて大丈夫なの?」
「平気ですよ。私の責務を果たしただけですから。」
将也はずっと抱いていた不信感を打ち明けた。
「さっきから誘拐は当たり前みたいな風に聞こえるんだけど...」
するとエリーは周りを見てから、しーっと声を出してから話し始めた。
「これは魔族と私の家だけの内緒話なのですけどね.....」
顔を近づけてきたエリーに対し、将也は少しドキッとした。
「魔物と人間は昔から天敵であって魔物と人間、互いが互いに敵視し、殺し合うことによってこの世界のバランスを保っているのです。」
エリーの話を聞き、なんとなくこの世界の力関係がみえてきた。
「でも殺し合わないで共存ってできないの?」
将也が聞くとエリーは悲しそうな顔をした。
「誰もがそう考えます。歴史の中で魔物たちが人間を襲わなくなった時期がありました。その結果、人間の人口は爆発的に増え。冒険者の後ろ盾をしていた商人や国の役人達の多くは職を失い、人間同士の争いになってしまいました。」
将也はどの世界でも人は争ってしまうものだとそう思った。
「それを解決するために私の祖父は当時の魔王と会談を開き、今のような関係にさせました。それで人間の国を動かす王国、魔物を動かす魔王城の人たちが協力して互いを悪いものとして示すことがこのバランスを保つために必要なのです。」
エリーの説明でようやく茶番のような誘拐の謎が分かった。
要はこのお姫様は5日後に王国へ戻り、魔物に幽閉されたと国中に知らせる。その結果、魔物はより悪者になり冒険者と呼ばれる人たちや国民を鼓舞するのであろう。
「失礼いたします。」
アヤが戻ってきてチラッと将也を見た。
「まあ、切り落とさないであげましょう。」
将也はホッと安堵した。
「これから5日間、睡眠以外はこの部屋でのお姫様の監視が魔王様のお仕事です。最後までそこにあるものがあるようだといいですね。」
「あははは.....。えっ?5日間ずっと?」
「はい、そうですよ。」
「講義に出れないじゃん!それにもう2限始まる時間だし!!」
将也は腕時計を見て焦り始めた。
「魔王様いけませんよ外出など。こうぎ?というのは存じ上げませんがここに居ないと従者たちに示しが...」
将也は話を最後まで聞かずに部屋を飛び出た。
「おや?魔王様どうかなされましたか?」
ブレッタが近寄ってきた。
「ちょうどいい。ブレッタ30秒だけこのドア押さえててくれ!」
そう言い捨て将也は自分のアパートに繋がっているあの部屋に向かって走って行った。
少し走ると自分の部屋に辿り着いた。後ろを振り返ってもアヤの姿が見えないのでホッとしてから部屋に入った。やはりこの部屋は自分のアパートの玄関に繋がっている。
「問題はどうやって外に出るかだよな....」
将也の部屋は4階なので窓から出ることはできない。となるとこの玄関のドアをどうにかしないといけない。
将也は何回もドアを開け閉めした。
「クソっ!全然変わらないじゃん!!」
(もしかしたら呪文を唱えるとか?)
将也はドアノブを握ったまま少し考えた。
(呪文、呪文....僕のシックスセンスで、感じるままの呪文を.....)
将也は深呼吸を1回した。
「アヤのヤンキードエス野郎!!」
ガチャっとドアを開けた瞬間、アヤが目の前で仁王立ちしていた。
「あっ.....」
みるみる将也の顔が青ざめていく。
「ふーん、どうやら削ぎ落されたいみたいね.....」
アヤは剣を鞘から抜き出し、振り上げた。
「ひぃぃぃぃ!!」
アヤは将也のズボンの手前で寸止めした。
ぐったりっと将也は座り込んだ。
アヤはその姿を見て大きなため息をついた。
「魔王様戻りますよ。このドアはニア以外はどうすることもできないんです。 あれ?気絶しているの?」
将也はピクピクと動いているがあんまり反応がない。
「全く、ほんと人間の男ってゴミよりもタチが......うっ....!?」
急にアヤが床に膝を着いて口元を押さえた。
「うっ....はぁ...はぁ...」
アヤは無理やり呼吸をするように肩を動かして深呼吸をした。
「魔王様のせいで嫌なこと思い出しちゃったじゃないですか.....」
しばらく経ってからアヤはのびている将也を背中に負ぶった。
「魔王様も一緒に監視しないとね...」
アヤは長い廊下をゆっくりと歩いた。
「でも....ヤンキードエス野郎なんて女の子に普通言わないわよね....」
~初めての誘拐~ END
《浪人生の1日の会話》
店員「129円です。」
将也「シールで。」
店員「かしこまりました。」
店員「130円ですね。レシートとお釣りでございます。ありがとうございまし た。」
~完~
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