第10話 これが修羅場なの?お隣さん
ナギサ君の口から出た予想外の言葉に、私は目を見開き、一気に息を吸い込んだ。自分でも動揺しているのが分かる。
そしてすぐに自分の反応がダメだったことも分かった。
完全に、嵌められた。
「あ、やっぱりそうだったんだねー」
「な、なんでそんなこと……」
「何でだろうね?」
「っ!」
そんなことに続く言葉は二つある。そんなこと知ってるのか、そしてそんなことを言うのか。
心臓がバクバクするのを必死に落ち着かせようと試みるもうまくいかない。それどころがどんどん心拍数は上昇していく。
ナギサ君はいつものように無邪気な笑顔を浮かべるだけだった。
「安心してよ、社長には言わないから」
「……」
「その代わりと言っちゃなんだけど、お願い聞いてくれる?」
これで嫌です、なんて言える人がいるのだろうか、いるとしたらよっぽど心が強い日とか、空気が読めない人だと思う。
深呼吸をして、私はじっとナギサ君を見た。彼が何をお願いしようとしているのかを、瞳から探ろうとしたけれど当然ながら、できるわけがない。
「僕さ、一之瀬が嫌いなんだよ。だから、僕と付き合ってよ、真由ちゃん」
「……え?」
だからに続く言葉がおかしいのは気のせいだろうか。
ナギサ君は、輝君が嫌い。だから私と付き合う? どういうこと?
「それはどういう」
「そのまんまの意味。一之瀬に真由ちゃん盗られないように」
「好きでもないのに、私と付き合って何の意味が」
「意味? うーん……あ!」
しばらく考えた後、ナギサ君はぱっと明るくなった。
次の瞬間には、私の目の前にはナギサ君の顔があった。
もう少し近づくと、唇がふれてしまうほどの距離。
「僕と真由ちゃんが付き合うとね、一之瀬が傷つくんだよ」
「何言ってるのナギサ君」
「さらに言うと今キスすると――一之瀬がすごい顔して怒ると思う。ね?」
「え……」
ナギサ君が見る方向に私も視線を向ける。
そこには、今まで見たことないくらい怖い顔をした輝君がいた。
「ナギサ、今すぐ離れろ」
「えー? もう少しデートの余韻に浸ってたいんだけどなぁ」
「いいから離れろ」
「そっちこそ、そんなこと言っていいの?」
いつもご飯を一緒に食べている時の輝君はそこにはいなかった。凍てつくほど冷たい目をこっちに向ける。本当に、同じ人物なんだろうか。
それに、輝君が怒る理由もわからない。
表情を変えず、近づいてくる輝君を見るのが怖くて下を向いてしまう。
「帰るぞ、真由」
「えっ」
下を向いたままの私の手を取り、輝君はマンションの入り口に向かった。
「今の、写真撮れば良かったかなー」
「……好きにしろ」
そんなやりとりが、頭の上でかわされていた。
「全く……」
エレベーターに乗ってる間、私たちは手を繋いでいる状態にもかかわらず、一言も口を利かなかった。
輝君は、今何を考えているんだろう。
最上階についてエレベーターのドアが開いても、私は一度も顔を上げることが出来ずにいた。
「……真由ちゃん。ちょっと俺の家、寄って行って」
先に口を開いたのは輝君だった。さっきとは違う、いつもの優しい口調の輝君に戻っている。
そのことに安心しながらも、私の心臓はまだ完全には落ち着いていない。
『帰るぞ、真由』
どうしてさっき、私のこと呼び捨てにしたのかな。
お・と・な・り 紅葉 @uzukisphinx1205
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