第9話 気まずいままだよお隣さん

 土曜日のお昼過ぎ。ナギサ君との待ち合わせ。たくさんの人が行き来するような目立つところで大丈夫なのかと何度か確認したけど、彼は笑って大丈夫大丈夫、ここならばれないからと言い放った。あと、隠れるほうが余計怪しまれると。

「そうは言っても人多いし、誰か一人くらいにはバレるんじゃないかなぁ」


 行き交う人を見ながらつくづく思う。ここは個性的なファッションの人も多く、見ていて飽きない。一般人であっても独特なオーラを放っている人もいる。これほどまでに人目を惹くファッションの人が集まる場所もここ以外にはそうそう思いつかない。    

だからこそナギサ君はオーラを消すためにも原宿,、それも竹下通りの前を選んだのだろうと予測できるけれど、やっぱりナギサ君はアイドルだし、ちょっとやそっとではそのオーラを相殺出来ないんじゃないかな。

 あ、もしかしたらナギサ君の私服もすごい個性的とか? だから原宿を?

 なんて一人で色々な格好をしているナギサ君を想像していること約十分。


「真由ちゃ~ん! ごめんねぇ~! 撮影長引いちゃって・・・・・・」


 早速バレるんじゃないかというほど大声で謝りながらナギサ君がこちらに向かってきた。黒のキャップに薄いピンクのTシャツと、デニムのハーフパンツ。足元はつい数日前に数量限定で発売されたプレミア物のスニーカーだった。首元には星がモチーフのネックレスをしている。その姿を見て、普通の格好で良かったと少し安心する。

 ただでさえオーラがあるのに、更に個性的なファッションをされたら余計にバレる確率が上がっていただろう。


「どれくらい待った?」

「そんなには……十分くらいでしょうか」:

「ほんとに!? ほんっとごめんっ!」


 顔の前で手を合わせて謝るナギサ君。そのしぐさもなんだか可愛らしい。


「じゃあ早速カフェでも・・・・・・」

「その前にっ! 早速原宿に来たんだし、色々見て回ろうよ!」

「え!? ちょっと!」


 ニコニコと私の手をとって走り出す。昼間の原宿は私と同じように夏休みを満喫している中高生でいっぱいだ。何のためらいもなく、ナギサ君がその中に入っていく。

あっという間に竹下通りのど真ん中。個性的なファッションに身を包む人の比率もぐんと上がる。たまに雑誌の切抜きから作ったと思われるアイドルのニセグッズが視界に入るも、ナギサ君は特に気にしていない様子だった。むしろ私のほうが、今まさにそこでナギサ君の非公式グッズ(おそらく先月号の雑誌の切り抜きから作成されたと思われる)に手を伸ばそうとしている女の子たちが、ナギサ君に気付くのではないかとヒヤヒヤしている。


「ここのクレープ美味しいんだよね! 真由ちゃんも何か食べる?」

「え? あ、クレープかぁ・・・・・・チョコバナナかな」

「了解。ちょっと待ってて」

「あ、ナギサ君!」


 気付けば私とナギサ君はクレープ屋の目の前にいた。原宿といえばクレープ! みたいな意識が根付いたのっていつ頃なんだろう。今日も相変わらずクレープ屋さんは繁盛している。普通に周りに溶け込んで列に並ぶナギサ君。たまに道行く女性たちがナギサ君を見てヒソヒソと話しているけれど、大半が「まさかね」と言うようにそのまま素通りする。

 要するに。私たち一般人からしたら芸能人イコール変装するもしくは隠れるように過ごしているというイメージが強いから、白昼堂々とこんなところにアイドルがいるなんてありえないイコールそっくりさんだろうと思い、納得してしまうようだ。

 なるほどなるほど! ナギサ君はこの現象(名称があるのかは不明)に気付いていて

あえて原宿を選んだのかもしれない。


「はい、真由ちゃんどうぞ」

「あ、ああ、ありがとう!」


 すごく楽しそうなナギサ君を見ると、単に原宿に来たかっただけの様な気もするけど。そこはまぁ置いとこう。ナギサ君だって久々のオフだろうし、楽しんでもらおう! 

その相手が私で務まるかは分からない・・・・・・けど!


「真由ちゃんはチョコ好きなの?」

「うん。甘いもの全般好きだよ」

「そうなんだ! 僕も甘いもの好きなんだよね」

「ナギサ君って、テレビでもよく甘いものとか食べるけど太らないよね」

「うーん、そういう体質みたい」

 

うらやましい限り!


「運動も実は苦手でさ。ダンスもあまり得意じゃないんだ」

「うそ!? いつも楽しそうに踊ってるじゃない」

「僕の曲の振りってすごい簡単なものが多いんだよね」

「そうなの?」

「うん。まぁ逆に言えばファンの人と一緒に踊れるってことなんだけど」

「なるほど!」


 首が痛くなるほど私は頷く。輝みたいに洗練されたダンスも、ナギサ君みたいにファンと一緒に踊れるダンスもどちらもそれぞれ魅力がある。と、思う。


「あはは、真由ちゃん、口の端にクリームついてるよ」

「うそ! どこ?」

「ここらへん」


 ちょんちょんとナギサ君は自分の唇の右端を指差す。慌てて私も自分の同じ場所を指でなぞる。本当だ、クリームがついてる。恥ずかしい。


「真由ちゃんって結構おっちょこちょいなんだね」

「いやいやこれはその、たまたまで、いつもはもうちょっとしっかりしてるというか・・・・・・」


 自分でも情けないと思う弁解だった。

 ナギサ君はしばらく笑いが止まりそうにない。


「ごめ・・・・・・笑って・・・・・・あはは!」

「もう思う存分笑って良いよ!」


 本当に思う存分ナギサ君は笑った。

 笑い終えた後も、私たちは色んなお店をめぐった。ナギサ君が女性用の服を合わせてみたり、あえて偽アイドルグッズ屋さんに突撃して正体がばれそうになって慌てて逃げてみたり。

 ずっと笑いが絶えなくて、二人して笑い合う。ナギサ君が楽しそうにしてくれてて私は安心した。輝君もだけど、ナギサ君だってオフのときは普通の男の子に戻る。

 でもやっぱりたまに周囲からコソコソと「あれナギサ君じゃない?」という声が聞こえてびくっとする。でもどうやら彼の思惑通り「そんな堂々としてるわけないか」と完結されているようで安心する。


「ここちょっと寄っていい?」

「いいよー」

「ありがとう。すぐ終わるから」


 そう言ってナギサ君が入っていったのは、表参道のほうに歩いて路地に入った場所にある小さなアクセサリー店だった。「いらっしゃ~い、あらナギサ君じゃないの!」

「お久しぶりです、シェリーさん」

「シェリーさん!?」


 店の奥から出てきたのは、付けまつげバッサバサで、濃いピンクのワンピースに身を包み、髪の毛をこれでもかと上のほうに盛り上げ、カラフルなド派手ネイルを施している、屈強そうな男性だった。

 これが、噂に聞くオネエ・・・・・・!!言っておくけど、菅野さんはオネエではなく、れっきとした女性だからね。

 あまりのインパクトにしばらく固まっている私を尻目に、二人は楽しそうに会話している。


「あら~、今日は違う子連れてきたのねェ」

「やだなぁ僕、女の子なんて連れてくるの初めてだよ」

「そういえばそうだったわね。ふふっ。その子は彼女?」

「実は・・・・・・と言いたい所だけど、この子は僕が所属する事務所の社長の娘さん。久々のオフだったから相手してもらってるんだ」

「なるほどね~。あ、そうだヮ、例の商品、届いてるわよ」

「ほんと?! やったあ!」


 ナギサ君が大喜びする声でやっと石化が解ける。

 注文しておいたという商品を受け取り、店を出る。

 出る際に、シャリーさんが私にこそっと耳打ちをした。


「ナギサ君のこと、よろしくね。あの子、頑張り屋さんだから」

「……はい!」


 じゃあねえと、語尾に♪でもつきそうな軽やかな口調で、シェリーさんは私たちを見送ってくれた。ごつごつした手の振り方がとても優雅だった。

 それから私たちはラフォーレで服を見たり、表参道でウインドウショッピングをした。そのまま渋谷まで歩き、ナギサ君が良くいくというカフェに入る。


「あーやっぱりここ落ち着くなぁ」


 ふにゃーんと、ナギサ君がテーブルに突っ伏す。店内ではちょうどナギサ君の新曲が流れていた。

 もちろん、オリコンチャートは初登場一位。今の彼はまさに向かうところ敵なしだ。

 歩いていれば町中のあちらこちらでナギサ君のシングルの広告が目に入る。そしてその広告を一生懸命スマホで撮影するファンの子たちも。


「お待たせいたしました、ピーチティーとホットココアでございます」


 飲み物が運ばれてきて、私たちは同時にカップに口をつける。

 じっと視線を感じて前を見ると、ふとナギサ君と目が合った。


「真由ちゃん、今日楽しかった?」

「え? あ、うん。とても楽しかったです」

「元気、出た?」


 その問いで、ナギサ君がどうして今日誘ってくれたかを理解した。

 ナギサ君は、私を元気づけようとしてくれてたんだ。


「はい!」

「良かった! 真由ちゃんが元気ないからさ、心配だったんだ」


 やっぱりナギサ君は見抜いていた。隠したはずがお見通しだったなんて情けない。

 ピーチティーを飲みつつ、今後の仕事のことや来月に控えているライブについて話しこんでいると、外はすっかり暗くなってしまっていた。


「今日はありがとうございました」

「いえいえ!」


 何度も頭を下げてナギサ君に感謝をする。

 夕食は? と聞かれたけれど、輝君と食べる約束があるので遠慮しておいた。ていうか今日の分、全部ナギサ君に奢ってもらったけど大丈夫だったかな……。あとでお父さんに行ってバイト代から引いておいてもらおう。


「ではまた明日」


 そう言って駅の方へ向かおうとすると、がしっと腕を掴まれた。


「な、ナギサ君?」

「ねえ真由ちゃん……」


 大きな瞳が、私をとらえて離さない。アイドルのキラキラした瞳というよりも、男の子の少し色気を含んだ瞳のように感じた。


「僕のこと、好き?」

「そ、それはどういう」

「そのまんまの意味だよ」


 またいつものアイドルスマイルに戻る。すぐに良い答えが出てこない。

 好きって、どういうこと? アイドルとして? 友達として? 男の子として?

 ぐるぐると頭の中で悩んでいると、ぐいっと身体を引き寄せられて、そして耳元でささやかれる。

 それは、普段のナギサ君の可愛らしい声ではなく、低い声で。


「それとも、一之瀬輝のほうが好きかな? ――同じマンションで、お隣さんの

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