第6話 思い出しちゃうお隣さん
「真由ちゃん、おはよう!」
「おはようございます、空野さん」
「やだなあ、同じ年なんだから敬語じゃなくていいよー」
「そういうわけには……」
土曜日の朝。約束どおり事務所に来ると、一番最初にナギサ君が出迎えてくれた。
いつ会ってもナギサ君は元気だ。スタッフにも、社員じゃない私も優しくしてくれる。芸能人だからって気取ったところがなく、好青年だと評判だ。
「おはよう、真由」
「あ、おはようおとうさ……じゃなくておはようございます、社長」
「えーいいよーお父さんでー。パパでも可!」
「それじゃかっこつかないよ」
「パパのこと嫌い?」
「いや好きだよ大好き!」
「やったあああああああ!」
心底嬉しそうにする父を見て、少し恥ずかしくなる。父はいつもこんな感じで、明るくて、私を笑わせてくれる。
そして私たち親子のやり取りを、微笑ましそうな目で見るナギサ君。その優しいまなざしが恥ずかしさを倍増させる。
「お、おとうさ……じゃない。社長! 今日の仕事は?」
「ん? ああそうだった! 仕事に来たんだったな」
うっかりとでも言いたそうに、お父さんはポンと手を打つ。
まさか本当に忘れていたわけじゃないよね?
「今日は雑誌の撮影、歌番組の収録、ライブのリハーサルがあるから同行してくれ」
「はい、社長」
返事をすると、父から今日のナギサ君のスケジュール表を手渡される。朝からぎっしり詰まったスケジュールを見て、思わず目を丸くしてしまう。
午前中だけで雑誌の撮影が三件、それが終われば車の中で昼食を取りながら歌番組の収録に行って再び雑誌の撮影、そして午後六時からはライブのリハーサル。今日の仕事の終了は午後九時とある。十八歳未満が許される勤務時間だ。
「ねぇ、これナギサ君……」
紙を持った手がプルプル震えているのを感じつつ、父にスケジュールについて尋ねようとすると、先にナギサ君が反応した。
「え? 今日これだけなの?」
「これだけって!?」
何もおかしなところはないというように、ちょこんと首をかしげるナギサ君。女の子よりも可愛らしさを感じる仕草だった。この細い体、可愛らしい雰囲気のどこにこのハードスケジュールをこなす体力があるんだろう。
しかも、このスケジュールを見て「これだけ」だなんて。普段どれだけど仕事をこなしてるのかな。確かに、ナギサ君をテレビや雑誌で見ない日はないけれど。
――少し前まで、輝君もこんな毎日を、過ごしていたのかな。
「よし、じゃあ今日も頑張ってくれ」
「はい! 行こ、真由ちゃん」
「え!? う、うん。よろしくね」
「こちらこそよろしく!」
ナギサ君は、輝君のことを考えて上の空だった私の手を引いて歩き出した。事務所を出るともうすでに車が用意されていた。銀色のワゴン車。
「さあ、早速雑誌のインタビューから頑張ろう!」
そう言ってはしゃぐナギサ君。本当に、この仕事が好きだというのが伝わってくる。ビルの間を車で通り抜けて最初の仕事場に着く間、私はナギサ君と色んな話をした。通っている学校のこと、芸能界のこと。アイドルの話もたくさん。
でも、輝の話題は一切出なかった。
「おはようございます。空野ナギサです。よろしくお願いします」
「代理のマネージャーの幸田真由です。よろしくお願いします」
ナギサ君の元気な挨拶に続いて、私も挨拶をする。先に雑誌に載せる写真を撮影するという事でスタジオに通される。春という事で、ナギサ君に用意された衣装は学ラン、ブレザー、そしてスーツ。
「わ、スーツ何て僕、似合うかな?」
「大丈夫だよー可愛い新入社員って設定だからねー」
「そうなの? あ、真由ちゃん! この人はカメラマンの中野さん! いつもいい写真撮ってくれるんだ!」
「こ、幸田です、よろしくおねがいしま」
「あー! 幸田さんって幸田社長の娘さん!?」
「え!? え?」
「そうだよね? いやーん、お父様に似て目力あるわねー。会えてうれしいわ、よろしくね」
中野さんは、私を見るや否や嬉しそうに目を細める。しっかりと握手を交わした後、私はスタッフさんと今日の撮影の流れについて確認をするため、用意された椅子に腰を掛けた。
話している間、ちらちらと着替え中のナギサ君が視界に入る。人の目も気にせずパンツ一丁になるので、そういう時に見てしまうとこちらがどきりとしてしまい、同時に申し訳ない気分になる。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、目が合うと必ずナギサ君はこちらに手を振ってきた。いつもの可愛い笑顔もセットで。
「はーい、じゃあ早速始めます。空野さんセットの方移動お願いします」
「分かりました」
スタジオ内には学校の教室をイメージしたセットが組まれており、ナギサ君はその中の椅子に座ったり、机に手をついて立ってみたり、「みんな仲良く!」と書かれた画用紙を教室の後ろに貼るポーズをしたりしていく。さすがというべきか、シャッターを切るたびに違うポーズ、違う表情を見せるナギサ君。
「はいオッケーでーす。次、外いきまーす」
「はーい」
スタジオでの撮影を一通り終えて、次は外へ向かう。近くの公園で、桜をバックに写真を撮ってく。ここでもナギサ君は難なく撮影をこなしていった。
「ナギサ君、相変わらずすごいわ。こちらが指示を出さなくてもどういうポーズが撮りたいか汲み取ってくれる」
「ほんとに……」
撮影を終え、インタビューに入る前に少しの休憩を取っていると、中野さんが話しかけてきてくれた。ナギサ君はというと、男性スタッフと持ち寄ったゲームで盛り上がっていた。ほんと、誰とでも仲良くできるナギサ君の人懐っこさはアイドル向きだとしみじみ思う。
「アイドルってみんなすごいんですね」
「そんなことないわよ。ナギサ君がすごすぎるの」
「え?」
「アイドルの中でも、あれだけスムーズに撮影ができる子はなかなかいないわよ」
もう二十年近く撮り続けているけど……と、中野さんは付け足した。ずずっとお茶をすすって中野さんは続ける。
「ここ最近では、ナギサ君と……一之瀬輝君くらいなもんね」
「……」
油断していたら、急に輝君の名前が出てきて私は少し動揺してしまう。
気付かれないように、ずずっとお茶を飲みほした。
「次、インタビューお願いしまーす」
その声を聞いて、私はほっと胸をなでおろす。動揺していたのはきっとばれていない。きっと。
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