冬 支度

その年はどういうわけか高野スカイラインから家族5人で父の白い中古のトヨタに乗って高野山へ向かっていた。

和歌山に積雪は縁遠い印象があるだろうけれど、高野山では時折雪が深くつもり、その年も辺り一面銀世界が広がっていた。

和歌山で生まれ育ち、県外を知らない当時の僕たちにとって唯一と言ってよい白銀の別世界だ。

父がチェーンをタイヤに装着している間、僕と妹は雪道を歩く。

冷たく、真白い道にそれぞれの足跡をしっかりと踏みしめながら。

「お兄ちゃん、ええ臭いするわ」寒い中、道端に古木で作られた焼き餅の屋台がひっそり客を待っていた。

控えめな甘さの粒あんを入れて平たくして焼いたその餅は、人見知りで警戒するように表面が少しザラついてるが、持つと温かく、控えめな粒あんは素朴な和歌山の人間のようだ。

「どう、一つ買うちゃろか?」

そう、母が言って1つずつ手渡してくれた。

「おい!タイヤ。用意できたど。」

父の声のする方へ、しっかり付けた雪上の足跡を辿り引き返す。


帰郷。懐かしい場所へ、懐かしい人の元へ。思い出のある処へ、

その人の心へ、僕の中にあるその場所へ、ゆっくりと引き返す。

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