エピローグ&プロローグ

 まるで宇宙のような暗黒の中で、無数の光点が流れていく空間を九郎達は進んでいた。


「もぉ~、クロったらどこに行ったのよ!」


 先頭を歩くシロは頬を膨らませながら、流れていく光点を忙しげに確認している。


(おそらく、光の一つ一つが異なる宇宙なのだろう)


 無限に存在する異なる宇宙の中にある、無限に近い星々の中から、たった一人の人物を探し出す。

 そう考えると、ただの落ち着きがない子供に見えるシロが、改めて神様だとい事に納得してしまう。

 九郎がそんな事を考えていると、隣のファムが何気なく話題を投じてくる。


「それにしても、ちょっともったいなかったよね」

「何がですか?」

「ほら、あのデミウルゴスって柱を殆ど使わなかったじゃない」

「あぁ、その事ですか」


 確かに、あの異世界を管理する機械・デミウルゴスのマスターとなった九郎ならば、もっと沢山の事が出来たであろう。

 なのに、命令したのは勇者一行の記憶削除と魔王の復活、そして暫く悪用されないよう月に移動させた事の三つだけだった。


「もっとお願いしても良かったんじゃないかな? 例えば『世界から争いをなくして平和にしよう』とか」


 私利私欲からの悪用は許されないが、そういった善行はむしろ積極的に行うべきではないか。

 ファムがそう提案すると、九郎は驚いた顔をして眼鏡を押し上げた。


「君はまた、恐ろしい事を提案しますね」

「えっ、何で!?」

「簡単な事ですよ、『世界から争いをなくして平和にする』という事は、即ち『争いを望む者を全て抹消する』という事だからです」

「あっ……」


 指摘されてファムも悟る。それが『平和』というキレイな響きに装飾された、どれだけおぞましい虐殺かと。


「憤怒、傲慢、強欲、嫉妬……様々な感情が発端で、人は他人を傷つけます。完全に平和な世界とはつまり、それらの感情を抱く者を全て殺し尽くすか、全て洗脳し尽くした世界です」


 憎いから、妬ましいから、金が欲しいから、人を殺したいと思った瞬間、始末されるか洗脳される、感情を完全に管理された世界。

 それは果たして幸福と言えるのだろうか。


「もちろん、自由や幸福を削ってでも、完全な平和を達成するべきだという考えを、僕は否定しませんよ」


 この世に絶対の正義など存在しないように、絶対に正しい選択も、絶対に間違っている選択もないのだから。


「ただ、それはあの世界で暮す人々が決める事であり、僕一人が決める事ではないでしょう」

「そっか、難しいね……」


 ファムは残念そうに肩を落とした。

 そこに追撃するようで申し訳ないが、九郎はもう一つの懸念を口にする。


「それに、人々が争いを忘れて平和になったとしても、大きな問題が発生します」

「どんな?」

「それは『外から何者かが攻め込んできた時に対処できない』という事です」

「あぁ!」


 ファムも納得して手を叩いた。

 あの異世界に住む人々が、デミウルゴスの手によって人間も魔物も動物も、皆が負の感情を抱かなくなり、争いを忘れて平和で幸せに共存が出来たとしよう。

 しかし、異なる星から、または異なる次元から、闘争本能剥き出しの生物が攻めてきたらどうなるか。


「デミウルゴスさんの力が及ぶのは、あくまであの世界の中だけです。当然、異世界の侵略者から争いの心を消す事はできません」


 異世界人に干渉が不可能なのは、デミウルゴスとその造物主であるシロが、九郎を自由に抹消できなかった事からも証明されている。


「争う心も力も失った人々が、どうなるかなど言うまでもないでしょう」


 良くて搾取される奴隷か、悪ければ皆殺しである。


「もちろん、異世界からの侵略なんて低確率の危険に備えるよりも、今目の前にある争いを根絶するのが先だという考えも否定しませんよ。ですが、それもやはり誰か一人が決める事ではないでしょう」

「なるほどね」


 難しいものだねと、ファムは何度も深く頷いた。


「完全平和に限らずとも、例えば食糧問題を解決して餓死者を減らせば、人口が爆発して住処や資源が足りなくなり、それをめぐって大きな戦争が起きて、より大勢の犠牲者が出て――といったように、善かれと思ってした事が大きな災いを招くかもしれません。だから僕は何もしなかったし、魔王さんも同様だったのでしょう」

「むぅ~……」


 魔王の名を口にした九郎の目が、どこか楽しそうな光を宿すのを見て、ファムはつい頬を膨らませてしまう。


(でも、魔王はあそこに残ったんだし、もう会う事もないよね)


 そうライバルの不在を喜ぶファムは知らない。

 数ヶ月の猛特訓を経て、月面に到着するほどの力量を得た魔王が、デミウルゴスの助力を得て異世界を旅する自分達に追いついてくるなど。


「あっ、見つけた!」


 シロが急に嬉しそうな声を上げて、遠くの光点に手を伸ばす。

 すると、その光がどんどん大きく近づいてきて、九郎達の視界を真っ白に染めた。

 そして気が付けば、彼らは七色の花が咲き乱れる、美しい花畑の中に立っていた。


「うわぁ、綺麗だね……」


 無数の花びらが風に舞う、この世とは思えぬ幻想的な光景の中に、シロの追い求める人物は居た。

 真っ白な肌と、正反対に真黒な長い髪、そして同く真っ黒なワンピース。

 まるで幽霊のように気配が希薄で、そしてこの世の者とは思えぬ整った容姿の幼女。

 そして――彼女の足を舐めるように土下座する青年が一人。


「どういう状況っ!?」


 ファムが思わずツッコンでしまうくらい、周囲の美しい風景には全くに似合わない、謎の状況であった。

 おそらく神様と思われる美幼女の前で、清々しいほどの土下座をする青年。

 さらによく見れば、彼の背後で頭から角、背中から蝙蝠の羽、お尻からトカゲの尻尾を生やしたドラゴン人間らしき美女が、オロオロと困惑していた。

 全く意味が分からず困惑する九郎達の見守るなか、土下座していた青年が不意に勢いよく頭を上げる。

 その風圧は凄まじく、黒い幼女のワンピースが勢いよくめくれ上がった。

 当然、彼女の前に座っていた青年には、ワンピースの中が丸見えであった事だろう。

 その光景を目にした瞬間、想い人を見つけて感動に打ち震えていたシロの顔が、般若のごとく歪んだ。


「何やってんだ変態がぁぁぁ―――っ!」


 一瞬で怒声を置き去りにするほど加速して、衝撃波で花畑を真っ二つに切り裂きながら、想い人のパンツを直視した羨ま、もとい憎き青年の頬に跳び蹴りを食らわせる。


「ごばっ!」


 常人なら肉片すら残らない神キックをくらったというのに、青年はよほど頑丈なのか、五体満足で吹き飛んでいった。

 その時、彼が浮かべていた表情に、九郎だけは気付く。


 ――幼女の蹴りとかご褒美ですっ! しかも白のローレグとは実にけしからん!


 とでも叫ぶように、満足の笑みを浮かべていたのを。

 青年が吹き飛んで土砂と花びらが舞い散るなか、シロは青年から庇うように黒い幼女を抱きしめる。


「この変態ロリコン野郎っ! クロの下着を嗅いでいいのは私だけなんだからっ!」

「え~……」


 同じ変態のくせに何を言ってるの?――とでも言いたそうに、クロと呼ばれた幼女の顔が嫌そうに歪んだ。

 その表情にも気付かず、ベタベタと頬擦りするシロの姿を見て、ファムは何とも言えない微妙な表情を浮かべた。


「あれが私達の神様か……」


 ワガママで重度のレズで嗜虐趣味の子供に作られたのだという事実に、自分がデータ存在だと知らされた時以上の絶望を感じてしまう。


「神様なんだから、もうちょっと威厳とか出してほしかったな……」

「そうですか? 神なんてあんなモノだと思いますよ」


 肩を落とすファムに、九郎は苦笑を浮かべてそう言った。


「世界を好き放題にできる強者に、良識なんて育つはずもありませんよ」

「……そうだね」


 力と人格が反比例するのは、今さら確認するまでもない現実であった。


「まぁ、でも――」


 ファムは顔を上げて、改めて周囲を見回した。

 シロの超音速キックによる破壊痕が台無しだが、それでも目が覚めるほど美しい、七色の花びらが舞う幻想的な風景。

 それは、あの狭い世界だけに留まっていたら、一生見る事のできなかった光景だから。


「異世界に来れて良かった!」

「そうですね」


 九郎も同感だと深く頷いて笑う。


「君の素敵な笑顔が見られたから」

「えっ!? く、九郎、今のはどういう……」


 ファムが真っ赤に茹で上がり、彼の真意を追及しようとするが――


「うわぁーん、クロが殴ったぁぁぁ―――っ!」


 泣きながら抱きついてきた童女神様によって、妨害されてしまうのだった。


「シロちゃん!? 悪いけど今ちょっと大事な話を――」

「クロったら酷いのよ! 私はただ、あんなゴミクズ以下のペド野郎なんて全宇宙のレコードから消去して、私と子作りしましょうって言っただけなのにっ!」

「それは殴られても仕方ないんじゃないかな……」


 全く反省の色がない童女神様に、ファムも呆れ果ててしまう。

 おそらく、あのクロという神様にとって特別な人間である青年に暴行を働いたうえ、変態性欲の対象にされたのだから、むしろ殴るだけで済ますなんて寛容なくらいだろう。

 九郎も同じ感想らしく、呆れ顔で提案する。


「とりあえず、僕も口利きしますから、あの子とあの青年に謝りましょう」

「やだっ! クロはともかく、あんなチ〇カス野郎になんて謝らない!」

「やれやれ、本当に困った神様ですね」


 下品な罵声を上げて暴れるシロを、九郎は呆れ顔で肩に担ぎ上げると、クロという神様の元に無理やり連れて行く。

 そうして、大事な話が有耶無耶にされてしまい、ファムは大きく落胆の溜息を吐いたが、直ぐに顔を上げて二人の後を追った。


「まぁ、しばらくはこれも面白いよね!」


 ワガママな神様の子守をしながら、無限に広がる異世界を旅してく。

 数値なんかでは表せない、彼と彼女の物語は、まだ始まったばかりなのだから。

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【中編】ステータス異世界をステータスなしで完封するお話 笹木さくま(夏希のたね) @kaki_notane

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