九 シャーマン

 偽霊媒師と所属団体を実名で公表するブログ『霊・暴き』と偽霊媒師とのやり取りのライブ動画『暴き・緑』が復活した。


 早速、このサーバーをDDoS攻撃で機能停止にした。

 数時間後には『霊・暴き』と『暴き・緑』は復活する。

 別のサーバーで活動を再開するからだ。

 これだけ頻繁にサーバーを引っ越すと、検索サイトから辿ることができない。

 掲示板サイトには『霊・暴き』と『暴き・緑』へのリンクが張られているのだが、これもすぐに削除する。

 掲示板のリンクを見つけ、この投稿を不正な方法で削除し、リンク先のサーバーを停止に追い込む。

 オメガと清流輪教の情報担当信者は、連日連夜、この作業に張り付いている。


 サイバー空間でのゲリラ戦にオメガも清流輪教も手を焼いていた。

「情報相、DDoS攻撃を控えてくれないか?」

「これは宰相の指示ですが」

「油断させて投稿させようと思うんだ」

「いよいよブラックウォール・ブレーカーを動かすのですね」

「君のチューニングが終わっていればの話だが」

「間もなく終わります。では数日間DDoSを止めて、様子を見ましょう」

 清流輪教ではゲリラ戦を終結させる包囲網が整いつつあった。


 『霊・暴き』と『暴き・緑』のブログは潰されても潰されても、新たに登場するのだが、新たな投稿は止まっている。

 愛の安全のため外出させていないので、ライブ動画はできないままだが、ブログ投稿のネタは幾つかストックしている。

「最近、DDoSが弱まってきたけど、どう思う?」

「拓斗はどう思うんだ?」

「多分、罠だと思う」

「まだ手を出せないか」

「いいじゃない。勉強できて」

「勉強ねぇ」

「兄貴、危ないんでしょ、進級が」

「国家試験に合格するくらいの努力はしてるよ」

「甘く見てるとしっぺ返し喰らうよ」


 詠人の書斎には机が二つあり、一つは大型モニタのデスクトップパソコン、もう一つは布をかけた箱が置いてある。

 詠人が布をどけると、現れてきたのは骨董品としての価値がありそうなラジオだ。


「拓斗の改造の成果を見よう」

 スイッチを入れた。

 ラジオが女性の合成音声でアナウンスする。

「ただいまスタットアップ中。

 カソード、ヒートアップ中。

 カソード、ヒートアップ中。

 増幅現象発生。増幅現象発生。

 動作安定まで残り一分。

 四十五秒、三十秒、十五秒、五、四、三、二、一。

 安定状態になりました。

 使用できます」


「どう?

 これだけでも面白いでしょ」

「ラジオがお姉さんになったみたいで、いいじゃない拓斗」

「ここまでは、アナウンスが決まっているから、どうってことないけど、ここからだよ」

 先ほどよりも落ち着いた女性の合成音がアナウンスを始める。

「こんばんは。シャーマン・レナです。

 声を聞く準備はできています。

 声の主を探し出して下さい」

「拓斗、これ、お前の好みか?」

「そうだよ。音声サンプルをくれたら、兄貴好みにできるよ」

「じゃあ、また頼むわ」

 そういいつつ、詠人はチューニングダイヤルを回し始めた。

 心地よい美声が沈黙し、チューニングのノイズがスピーカーから漏れてきた。

 注意深くダイヤルを回すとノイズが小さくなってきた。

「わいと、わいと」とシャーマン・レナの声が聞こえたところで、回すのを止めた。


「わいと、すまんなぁ、口減らしの奉公にいって。

 だがわしら流行病はやりやまいで助からんそうだ。

 臨終小屋へ連れて行かれた。

 一目あいたいのぉ。

 今年は豊作だ。年貢を納めてもこれだけ残った。

 まさのべべを新しくしてやるぞ。

 ぐわごんでどすとえ」


「これが限界か」

「このAIでは瞬時の方言切り替えや、独特の言い回しの処理が追いつかないみたいだ。

 改良してみるよ」

「じゃあ、レナを外すよ」

 音声合成システム『シャーマン・レナ』を停止した。


 詠人はまたダイヤルを回した。

 スピーカーからは混信したような音声が流れてくる。

「もんどのじょうどのの。ザー。

さばきはせっぷくと。ガー。

なりけり。ザー。

とのは。ガー。

ないないに。ジジジ。

きんすを。ズー。

かしされたり。ザー。

でんちよ。ザー。

げんぷく。バー。

はやめよ。ジジジ。

かとくは。ズー」

 ラジオの音声出力端子はパソコンに繋いであり、音声データを記録している。


「瞳ちゃんは?」

 拓斗が尋ねた。

「今日は来ない」

「そう。(AI改良の)宿題があるから、帰るよ」

 拓斗が去って、愛をコールした。

 最近、瞳や美帆が来る前に電話するのが習慣になっている。

「愛、どう?」

「きっと囲い者って、こんな生活を送ってるのよねぇ」

「今からドライブに行こうか?」


 二十分後、愛のマンションのロータリーに車を駐めた。

「今着いた。下りてきて」

 二分後、愛がエントランスホールから駆けてきた。

「トレジャーハンターを休んでいるから、お宝情報が溜まってね。

 話せるのは愛だけだから」

「なんでも聞いてあげるわ」

 カレラGTSはゆっくり、独特のエンジン音を抑え気味に響かせながらロータリーを旋回していった。

「最近ストレスを感じるようになって」

 詠人がいうと、絶妙な間を開けて愛も答える。

「私もよ。外に出られないから。でも短慮は禁物よ」

「そうだな。そう考えることがストレスなんだけどね」


「で、お宝情報は?」

鳳藩おおとりはんの勘定方が砂金を着服していた」

「わぉ!」

「大仁寺に不動明王として預けたらしい。

 跡継ぎに伝える前に死んだらしい。

 大仁寺は今でもある。

 不動明王がそのまま残っていればお宝だ」

「簡単そうな仕事ね」

「住職がお宝に理解があればね」

「それから?」

「M資金」

「都市伝説でしょ」

「ああ。M資金詐欺で巻き上げたお金が隠したまま掘り出されていない」

「大丈夫?」

「高い山に埋めたから。見ず知らずの他人が掘り返すことのない高所だ」

「それ、どこ?」

「鳥取県の大山」

「それから?」

「F資金」

「何なの?それ」

「M資金のMがミリタリーからきているから、外務省ならF資金って僕が名づけた。

 ひょっとして誰かがそんな詐欺を働いているかもしれないけど」

「で、どこ?」

「マレーシア」

「行けっこないし、いっても探せっこないじゃない」

「いまのところ、この三つ。

 稼ぐならマレーシアだ」

「だから行けっこないでしょ」

「僕は行きたいな。愛と」

「やっぱり疲れてるのね。

 それって現状逃避でしょ」

「今日、泊まっていっていいか」

「私が泊まりにいくのはよかったけど、詠人は絶対、私のところに来なかったわよねぇ」

「今から、ルールを変える」

 カレラGTSのエンジンがかかるのは翌朝のことだ。


 詠人がラ・ドリーで環と別れるのを見計らったように、男が近づいて来た。

「怪しい者ではありません」

 男が差し出した名刺には、警視庁サイバー犯罪特捜班警部補、山本瞬とある。

「あの、警察手帳とか見せてくれるんじゃないですか?」

「こんな場所で、そんな無粋なことはしたくないのです。

 君だって、周りの人にあらぬ噂を立てられたくないでしょう?」

「私、何か悪いことしました?」

「安心して下さい。

 君に職務質問するつもりはありません」

 それでも警察となると身構える。

 拓斗からも忠告されていた。警察も敵になり得る可能性を。

「君のこと、ずっと注目していて、一度会っておきたいと思ってね」

「はい?」

「君の時間がないから、一緒に大学まで戻ろう。

 カレラGTSでしょ?」

 詠人は思いきって聞いてみた。

「僕のこと、どこまでご存知ですか」

「医学部の学生というくらいかな、表の顔は。

 裏では『霊・暴き』と『暴き・緑』を運用している。

 最近、再開したね。

 サーバーを転々としながら。

 あれ、君がやってるの?」


 答えに悩んだ。正直に拓斗の名前を出すべきか?

「拓斗君って秀才の弟さんがいるよねぇ。

 学校の成績じゃなくて、ネットの実力だけど」

「ご存知なのですか?」

「素粒子物理学専攻なんだって?

 凄いねぇ。僕じゃ全然分からない世界だ」

「数学だけは、できたんで、拓斗は」

「数学ができれば十分さ。つぶしがきくから」

「そんなもんですかねぇ」

「拓斗君は、学術ネットワークの管理をボランティアでやっているそうだね」

「そうなんですか?」

「兄弟って、お互いの事、あまり関心ないらしいね。

 僕なんか、姉に可愛がられて育ったから、その分、妹に甘えられたけど。

 だから姉も妹も僕が喋らなくても僕のこと知ってるんだ。

 で、相談なんだけど」

「ほら来た」

「特別なことお願いする訳じゃないよ」

「何です」

「動画の更新をやって欲しい」

「えっ?」

「君の準備ができたら、でいいんだが、日時はこちらから指定する。

 できればウチ(サイバー犯罪特捜班の中)でやってもらえると助かるんだが。

 はい、ここで止めて。ありがとう」


 山本は大学の敷地に入る前に降りて、急ぎ足で去って行った。

 駐車場で車から降りると、スマートフォンが鳴った。

 知らないアドレスから電子メールが届いている。


 ありがとう。これからも宜しく。by 山本。


 一緒に車に乗るって、これが目的だったのか。

 警察官が犯罪者でもない学生をハッキングするなんて!


 夜、この不愉快なことを拓斗に話すと、目を輝かせた。

 見せろというので名刺を渡すと、拝みだした。

「そんなに凄いのか?山本って人」

「ハッカーの世界では憧れの人だよ。ブラックウォールをクリアした人なんだ」

 警察に用心しろといった本人が目を輝かし、山本さんに協力すべしとまでいう。

 弟が信奉する人物なら、いいか。

 詠人が電話をかけようとすると、拓斗が制した。

「(山本に)ハッキングされてるかもしれないから」


 詠人はスマートフォンの電源を切って、拓斗のスマートフォンから電話した。

「麗さん、相談があるんですけど」

 偽霊媒師暴きの再開を相談した。

 麗は、今は危険だからと制した。

 それでもと食い下がると、明日、ド・ジャルジーで、といってくれた。

 ド・ジャルジーでは今日も詠人の方が早かったが、ほどなくして麗が入ってきた。

 愛も一緒だ。

「麗さん、これは」

「愛ちゃんも同席した方が話が早いでしょ」


 詠人は麗と愛に、山本の話をした。

 山本の提案を受けて、動画を載せたいのだが、そのためには愛のアシストが必要だと麗を説得した。

「警察の依頼でしょ。

 警察が護衛をつけてくれるという条件なら許してあげる」

 麗の条件に従うとして承諾を得た。

 山本にその旨伝えた。

 日時、場所を教えてくれれば私服警官を送るという。

 態勢は整った。

 一週間後、実行を山本に伝えた。

 必ず警官を送ると約束してくれた。

 警官が来るまで、絶対に実行しないように、とも釘を刺された。


 臨尼りんに寺。

 若い尼僧の降臨術で話題の寺だ。

 この若い尼僧の両脇を作務衣のごつい男が固めている。

 そして、出口もごついのが二人、目立たないようにいる。

 他に六人の作務衣の女性がいる。

 若い男女が多いのだが、この中に警察官がいるのだろうか?

 山本は送ったと連絡してくれた。

 着いた、とも連絡があったので、それを信じるしかない。


 降臨術が始まった。

 シャーマンとしての真に迫った演技をもっと見ていたい気もしたが、喧嘩を売った。

摩耶尼まやにさん、その憑依ひょうい待った!」

 詠人の声が聞こえぬが如く、憑依の演技は続いていく。

「摩耶尼さん、本名黒柳 恵麻えま

 出身地山梨県。

 占い学校で四柱推命を習っただけの偽霊媒師だ」

 まだ無視している。

「摩耶尼さんのお爺さんは禰宜ねぎさんで、近隣の村の神社で神事を執り行ってきた人だ。

 そのお爺さんの繋がりで物忌ものいみさんや陰陽師、霊媒師と交流があった。

 幼い恵麻さんはそんな人達に可愛がられた。

 その体験が霊媒師にさせたんだ」


 彼女の降臨術から迫真迫ったものが薄れ、が形骸化したのが分かる。

「だいたい、降霊術なんてこの世に存在しない!」

 降霊術の演技を終えて、詠人を睨み続けた。

「何ですか、あなたは。

 私への苦情なら後にして頂戴。

 霊を呼び出したいという人がここにたくさんいるんだから」

「お爺さんはいったはずだ。

 物忌みも降霊術も陰陽術も真似しちゃいけないよって。

 ぼうじんさんに魂を吸い取られるって、いわれたでしょ」

「なぜ、それを知っているの?」

 秘密の話を暴露されて怒っている。

「君のお爺さんは右手の中指、薬指、小指が動かなかった。

 だから榊を上手く持てなくて、所作が美しくないと陰口を叩かれていた」

「お爺さまの侮辱は許さないわ」

 恵麻は耳まで赤くなるほど、怒り出した。

 だが、眼は涙で溢れていた。

「幼い君はお爺さんの三本の指を撫でるのが好きだった。

 お爺さんもそれが嬉しくて、君の後頭部を撫でてくれた」

 恵麻は反論を止めた。

「お爺さんは本当に嬉しかったんだ。

 君の両親がお爺さんと距離を置いていたから、君が傍に来てくれるのが嬉しかった。

 そしてそんな孫を産んでくれた君のお母さんにも感謝していた」

「嘘!母と祖父は仲が悪かったわ。母が注意すると怒っていたから」

 泣いて怒っていた。

「でも感謝していたんだ。禰宜さんだろ。感謝する心は人一倍大きいよ」

 泣き崩れた。

 と、同時に腕っ節強そうな男達が詠人を囲んだ。

 それに怯むことなく、詠人は声を絞って訴えた。

「みんな!

 オカルトショーをみたいならここに残ってくれ。

 本物の降霊術を見たかった人は残念でした。

 一緒に帰りましょう」

「私、帰る!」

 愛がサクラとなって立ち上がり、出口に向かった。

 すると、数人の男女が立ち上がって後に続いた。

 詠人もその列の最後に加わって、出て行った。


 帰りの車で愛がぽつりといった。

「やり過ぎたと思ってるんでしょ」

「えっ、いや、そんなことはないよ」

「図星ね。

 まったく、男は女の涙に弱いんだから。

 ま、彼女の涙は演技じゃないけどね。

 あのわざとらしい降臨術よりもずっと共感できるわ」

 詠人は隠し撮りした動画データを山本に渡した。

「今回はサイバーポリスが万全の態勢で(『霊・暴き』と『暴き・緑』に)アップロードした方がいい」

 拓斗の強い勧めによるものだ。

 山本の読み通り、清流輪教はブラックウォール・ブレーカーを使い、あっさりとトラップに嵌(は)まった。

 ネットの現行犯。

 有無をいわさず、証拠物件を差し押さえた。コンピュータとクラウドサーバーもだ。


 政治家や官僚が青ざめるような事実が発覚した。

 清流輪教が冴子のスマートフォンに登録されていた連絡先情報から盗聴を試みたのだ。

 警察の家宅捜査を受けたことから、武装化を加速させた。

 連射力のある拳銃を大量に作るため金属製品用3Dプリンターを相当数調達したり、オクトーゲンをはじめとする爆薬の合成に取り組んだりしていたのだ。

 ただ、ブラックウォール・ブレーカーにまつわる摘発で、拳銃や爆薬の製造拠点を閉鎖し、脅威的な戦闘力はなくなったとして破壊活動防止法の適用は見送られた。

 代わりに、清流輪教の解体は徹底的に為された。

 ブラックウォール・ブレーカーを盗んだこと、個人情報の不正取得と盗聴への悪用の二次被害を防止するため、教団内のデータは完全に抹消された。

 一部宗教団体から、信仰の自由を奪う行為と非難されたが、盗聴された可能性のある者に著名な神社仏閣の関係者が含まれていたことから、清流輪教の解体は宗教界でも黙認された。


「一つ終わったわね」

 愛がぽつりという。

「残るはオメガ。オメガを潰せば、君は自由だ!」

 詠人は、オメガから身を守るためであっても、愛が軟禁状態に近いことを不憫に思った。

「ねぇ、一つ教えて欲しいんだけど」

「何」

「詠人のやっていること、降霊術じゃないの?」

「違うよ。降霊術とは、今まで二人で偽霊媒術師をやっつけてきたけど、彼らは偽者とはいえ、霊媒師の役を演じていたんだ」

「詠人だって、死者に聞いてきたような秘密を知っているわよね」

「でも僕はシャーマンじゃないよ」

「じゃあ、何なの?」

「落ちこぼれの医学生」

 シャーマンとは、霊媒師や呪術師、預言者、さらには精霊を僕として使う者の総称である。

 詠人のようにシャーマンを社会的に抹殺する存在をシャーマンハンターという。

 ネットでは、『暴き・緑』は、あばきの緑、と呼ばれるようになった。

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