第7話 エピローグ

 「ありがとうよ、ぼうや」

 ゆったりした話し方だったが、口の動きが聖人の肩に伝わってきた。


 「あっ、やっと口をきいてくれたんだ」

 おっさんが熱い想いをこめていることがわかるから、聖人のほうも乱暴な口の利き方はできなかった。


 幼い頃からつい最近までずっとだ。

 今まで聞こえていた「声」がまぼろしだったといえば、まさにそうだった。姿が見えなかったのである。


 そのためにいっとき、自分が心の病気ではないかといぶかしんだ。

 苦しかった。


 「ぼうやって呼ばれるほど、おれってもう幼くはないんだけどね」

 悔しさに似た感情がいちどきにどっとおしよせて来たが、聖人のそれを解き放つのをやめた。


 「ごめんな。ついそう言ってしまったんだ。愛おしく思ってな。歳をとるほど、幼い子や若い人に自分の気持ちを伝えるのが難儀になってしもうて。そのせいで人生がおかしくなって・・・・・・」

 おっさんの言葉が中途でとぎれた。


 いつの間にか木々の向こう側が明るくなっている。

 大通りを車がひんぱんに行きかうのがわかる。

 

 「じいちゃん。もう少しだよ。公園を出たらね。もっとはきはき、口をきいてくださいね。でないとおれこまっちゃうから。家まで連れ帰ってあげるから道順をきちんと教えてね」


 聖人の背中でおっさんが泣いているらしい。

 聖人の真新しいシャツが濡れている。でも聖人は少しもいやな気持にならない。

 胸がジンジンしてくるのに気づいた。


 聖人が公園の出入り口をぬけようとしたとき、急に背中が軽くなった。驚いて地面にしゃがみ、両手で背中をさぐったが、誰ものっている気配がなかった。


 (了)

 

 

  

 

 

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こんにちは。 菜美史郎 @kmxyzco

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