第5話

 ふいに何か熱いものが胸の奥からわき上がってきて、聖人を驚かせた。


 それはす聖人のすさんだ心をきよらかにするに充分だったが、すんなり素直にふるまうのは癪にさわる。

 彼はわざと抵抗するふりをした。


 「いったいぜんたいどうしたっていうんだよう。こんな都会に狐や狸でもあるまいし、化けて出て・・・・・・」

 と口をとがらせた。

 聖人はまぶたを動かし、目をぱっちりあけようとしたが開かない。


 「きつねやたぬきじゃないぞ」

 男の声が身近で聞こえた。


 聖人の記憶がよみがえってくる。

 いつか聞いたことのある声らしかった。


 ふいに憎らしさが聖人のこころにつのって来て、

 「そ、その声は?おまえはあの時のおっさん?もう死んだのだから、大人しくしていればいいのに。お化けにまでなって、とうとう、ぼくの目の前にあらわれやがった」


 「おっさん?あらわれやがった、だと?いつまでたっても口がきたないがきだな。反抗期は誰にでもあるが、お前さんのは人よりずぬけて、わるいようだ。いっそ目だけじゃなく、口もよくきけなくしてやろうか」

 聖人はその一言で、押し黙った。


 「おたがい悪態をつくのはもうよそうぜ。こんにちは、って、あの一言。おっさん、うれしかったぜ」


 お化けと思える相手の太い指が、聖人のまぶたをそっとなでた。

 (生きてる人の手だ)

 「あっ、このっ、さわんないでよ」

 思わず、聖人はブランコから落ちそうになった。


 「あれって、学校の先生に言われつけてたからね」

 「・・・・・・」


 (こんなばかなことが起きるのだろうか。夢でも見てるにちがいない)


 生まれてから今の今までずっと自分を悩ませていた声が、肉体をともなって出現したことを聖人はようやくわかった。


 「だけどな。おまえさんはもともといい子なんだな」

 「・・・・・・」


 おっさんは長く伸ばした白いあご髭を左手でなでつけながら、聖人に向かってぐっとあごを突き出した。


 たばこのやにの臭いが聖人の鼻を刺激し、聖人は思わず吐きそうになった。

 間もなく、聖人はひとことも口をきかなくなってしまった。


 辺りの闇はしだいに深く濃くなった。

 おっさんはまるで足に根が生えたようにたたずみ、じっと聖人を見つめた。


 

 

 

  


 

 

 

 

 

 

 

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