第4話
それからずっと聖人は何かいたずらをする
たびにその男の声に悩まされることになった。
だが聖人は大して気にしない。
誰の耳にも多かれ少なかれ「声」が届いて
いるのだろうと思っていたからだ。
思春期に入った頃には学校はずる休みす
るし先生の言うことは聞かない。
弱い者いじめをしはじめた時にはその声に
おいこらといった言葉がまじった。
あまりに声量が大きく、聖人が首をすくめて
しまうほどである。
さすがの彼もひょっとして、自分は病気じゃ
ないかと思い、
「ねえ、おっかあ・・・・・・」
台所でトントンと包丁を振るっているまり子
の背中にそっと声をかけた。
めったに話しかけない息子が何かを話しか
けようとしている。
これは何かあると思ったまり子はすぐに動
きをとめ前を向いたまま、
「なによ、きよと。めずらしいわね。お母さん
に声をかけてくれるなんて」
「ええああ、べつになんでもないんだけどさ。
ちょっとね」
最後は照れくさそうに笑った。
「うれしいわとっても。何でも言って、お母さ
ん、このままでいるから」
彼は少しの間もじもじしていたが、
「なんだか耳もとで男の声が聞けるんだ」
「耳もとで?よく見てごらん。誰かそばにい
るんじゃないの。あんた、いたずら者だから?」
「それもそうなんだけどさ。いやそうじゃなく
てね。あのさ、見まわすんだけど・・・・・・」
「誰もいないんだ。それはおかしいわね。そ
うするとその声ってお母さんが思うんだけど
ひょっとしたら自分がそう思っているから聞こ
えるようなものじゃないかしら。きっとそうよ」
「だったらいいだけど。あんまりしょっちゅう
だから」
「でもあんまり気にかけることないと思うわ。
お母さんだってあなたの年ごろには何やかや
とずいぶん悩んだもの。まあ落ち着いてそこ
にすわんなさい。コーヒーでもいれてあげるか
ら」
久しぶりに食卓をはさんで向かい合った母と
子だった。
湯気の立ったインスタントコーヒーをふうふう
いいながら一口すすった聖人は、じっとまり子
の目を見つめ、
「ほんとにつらいんだ、ぼく」
ぽつりと言った。
驚いたまり子はすぐに彼を街の名のある医者
のところに連れて行った。
重い病でなければいいがと彼女は心配したが
診察の結果は大したことはなかった。
「どうしても眠れない時はこれをのむといいで
しょう」
と、薬を処方された。
その頃彼は不登校になっていた。
昼と夜が反対の生活を送り、外出するのは決ま
って夕方だった。
医者に診察してもらったのが良かったのか「声」
はしだいに遠びいていき、しまいには何も聞こえ
なくなった。
気分が良くなった聖人はある日の夕方最寄りの
公園にでかけた。
秋は陽が落ちるのが早い。
五時を過ぎるとたちまち暗くなった。
月は出ていない。
ブランコをゆっくりこぎながらそっと目をつむると
まぶたの裏に誰かのシルエットが浮かんだ。
はてどこかど出逢ったような・・・・・・。
それがしだいにはっきりしてきた。
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