第3話

 聖人が生まれてから三年の月日がまたたく間に過ぎた。

 「そろそろ保育園にいれようか」

 父の祐二が母のまり子に相談を持ちかけるが、彼女は承服しない。


 「私なりにきよとの将来を考えてるから」

 とにべもない。


 聖人は終日、庭先で過ごすようになった。

 「きよとお、そんなところでいったい何やってるのよ。遊んでないで早くママのこと手伝ってちょうだい」

 まり子がベランダから身をのりだして叫んだ。


 膝を曲げしゃがみこんでいた聖人は首だけまわし、

 「ああ、ママ、ごめんね。もうちょっとだけいいでちょ」

 「だあめ。早くおうちに戻って、散らかしたおもちゃをかたずけるの」

 「はあい」


 返事はいいがなかなか聖人は立ち上がらない。

 右の手のひらのうえにはだんご虫が三匹はいまわっている。小さな指でそれらをそっと触れるとくるっと丸まるのを興味深げにながめた。


 楽しいはずだが、どうしたことか目に涙をためている。


 「また泣いてるのね。いったいどうしたというのよ。やりたいことしてるんだからもっとうれしそうにしなくちゃ」

 いつの間にかベランダから下りて来たまり子が眉間に青筋を立てて言った。


 「うっ、うん。でもね・・・・・・」

 「きよとってほんとにどうしたっていうんでしょうね。放っておいたらずっとひとり遊びしてるんだから。たまにはほかの子と遊んだらどうなの」

 しゃべればしゃべるほど、まり子の感情が高ぶって来る。


 「ママって、怒ってるんだ」

 聖人はますます悲しげな表情になり、涙をぽろぽろこぼした。


 聖人はまだ舌がよくまわらない。

 食が極端にほそい。


 「ちょっと奥手なのよね」

 まり子は三歳の聖人を抱きあげては表情をくもらせるが、

 「まだ小さいんだからな。あまり心配しないほうがいいぞ」

 パパの吉弘が彼女をさとす。


 庭の隅でひとり虫とたわむれていると、聖人は心が安らぐのである。

 ほんの少し前まではその理由がはっきりしていたように思う。でも、しだいにわからなくなってきた。


 それがなんだかつらいことのようで思いだしたくもないのだが、とっても大事なことのようにも思えてしかたなかった。


 「はい、ママ、もういいよ」

 吉弘が物干しざおの近くにいるまり子にかけよって、声をかけた。


 「あら何だったかしら。ご用をわすれちゃったわ。ええっとああそうだ。おうちに行って、散らかしたおもちゃをかたづけなさい」

 「はあい」


 聖人はベランダに上がろうと階段にすわりこみ、はいていた靴を手を使わずに脱いでしまおうとした。  


 両手は泥だらけのままだ。

 左手の汚れた指をベランダの柱にこすりつけようとした。


 「こら、そんなことしちゃいけない」

 ふいに男の声が耳の奥で聞こえたように思い、聖人は首をすくめた。


 あたりを見まわすが誰もいない。

 台所にでも行ってしまったのか、母のまり子の姿もなかった。

 何がなんだかわからず、聖人は気味が悪くなった。 

 

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