第2話
それからしばらくの間例えようもないくら
いの激しい痛みが山本の身を襲っていた
が、ある時をさかいにふっと楽になった。
どうしたことだろうとあたりを見まわすが
何も見えない。
ほんの少しの光さえささない広い空間で
思いきりからだを丸め、まるで何かを待ち
望むようにじっとしていた。
ふいにめちゃくちゃに不安にかられ、眼
がどうかしたんだろうかと右手でさわって
みようとするが、その手が空を切る。
あっと思い、めったやたらとあちこちさわ
りまくったがむだだった。
やっぱり俺は・・・・・・と思ったとたん、言
いようのない寂しさがわきあがってきて涙
がじわっとわいた。
だがこれとてさっきと同じだ、ただそんな
気がするだけのこと、実体のない身では
頬に触れてみたところで何もない。
涙で指がぬれることなどないはずで、ひ
どく落胆するのがおちだろうと思い、あえ
て動かないでいた。
するとかすかに声が聞こえる。
それは遠くを風が吹きすぎていくのに似て
いた。
しだいにそれが大きくなってきて、
「次はここだぞ」
と、耳もとで誰かがそう言った気がした。
まあこれだってまぼろしだろうとたかをく
くっていると、目がまわる。
ええい、もう勝手にしろと動きに身をまか
せていると、とくん、とくんとまるでちっぽけ
なポンプが動き出したような音がした。
身体が徐々にぬくもってくる気がする。
乗用車にはねられてからここまで、とて
つもなく長い時間が経ったように思うがひょ
っとするとあっという間だったかもしれない。
この頃には自分が山本文雄であるという
ことなぞほんのかすかにしか覚えていなか
った。
だが意識は前よりはっきりしている。
突然、希望という言葉が突然ふわりと浮
かびあがった。
もうすぐ誰かに逢える。
そのことが嬉しくてたまらない。
ふいに息がつまるほどのひどい苦しみが
やってきた。
実体のある身体が伸びたりちじんだりしな
がらどこかに運ばれていく。
急にまぶしいほどの明るさの中に放りださ
れて、うろたえてしまった。
ふいに誰かがぐにゃりとした自分の身体を
抱きあげ背中をこっぴどくたたいた。
思わずぎゃっとうめくと、
「ほら男の子ですよ。きよとくん、こんなによ
く動いて。とっても元気」
白い衣を身につけた中年女性の甲高い声
がひやりとした部屋に響きわたった。
きよとって、誰?間違っちゃいけないぜ。俺
はふみおっていうんだぜ。
彼はそう言い張ってみたい気分になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます