向日葵side

89

 ーー五月ーー


 北海道富良野。


「わぁー可愛い」


「向日葵は鈴蘭の花が好きなんだね」


「うん、大好き。花びらの形が愛らしくて、可愛いから」


 私と大樹さんは五月二十一日に挙式披露宴を執り行い晴れて夫婦となった。蘭子姉さんの挙式披露宴も私達の挙式披露宴も、それはそれは盛大なものだった。


 石南花財閥と桜乃宮財閥の関係者だけではなく各界から来賓を招き、雛壇に座る私は戸惑うばかり。ハネムーンはヨーロッパ一周にしようと大樹さんは提案したけれど、私は北海道を選んだ。


 五月の北海道は広大な土地に美しい花が咲き、私が大好きな鈴蘭の花も咲いている。


「そんなに鈴蘭の花が好きなら東京に送って貰おう。庭一面鈴蘭の花畑にしてもいいよ」


「本当?」


 向日葵のような大輪の花よりも、私は小さくて可憐な鈴蘭の花が好き。鈴蘭の花は鈴を鳴らすように春風に吹かれ小さく揺れている。


 石南花家と桜乃宮家、そして柿麿家に鈴蘭の花の苗を贈る。


「飛行機の時間に間に合わないよ。空港に急ごう」


「はい」


 私は差し出された手に、指を絡ませる。

 大樹さんの大きな手が私の小さな手を優しく包み込んだ。


 私達はハイヤーに乗り込む。

 鈴蘭の花を見て、ふと、百合子姉さんの言葉を思い出す。


 ◇


 ーー挙式前日ーー


『向日葵は一昨年の十二月二十三日にどこに泊まったの?』


『一昨年ですか?えっと……』


 蘭子姉さんに嘘をつき、一度だけ外泊したことがある。


 あの日……

 私は……亡き母に逢いたくて、神戸の霊園にお墓参りに出かけ、母方の親戚宅に一泊させてもらった。


 蘭子姉さんや百合子姉さんに余計な心配をかけたくなかったから、そのことは誰にも言わなかった。


 ーー寂しくて……


 寂しくて……


 母のぬくもりに触れたかったから……。


『……お友達とクリスマスパーティーしていました』


 木村さんが引っ越す時に、『神戸のバーで待ってる』と、言った時には内心ドキッとした。鈴蘭のお花は好きだし、私がこっそり神戸に行ったことを木村さんに知られてしまったと思ったから。


 ◇


「向日葵、昨日の夜のこと、覚えてる?」


 大樹さんが意地悪な笑みを浮かべ私を見つめた。


「……やだ。覚えていません。私何か言いましたか?」


 疲れると、私は寝言をいうらしい。

 何か……変なこと言ったかな。


「向日葵はぐっすり眠っていたから、寝言は言ってないよ」


「だって、大樹さんがワイン飲んだ唇で……キスを……っ」


 ハイヤーの中だと気付き、慌てて口をつぐむ。羞恥心から、きっと街角のポストよりも私の顔は赤くなっている。


「ハネムーン最後の夜に二人で乾杯をし、僕がワインを口にし、向日葵はオレンジジュースを飲んだ。そのあと向日葵が酔って眠るなんて想定外だったよ。あんなにアルコールに弱いなんて思わなかったから。ごめん」


「私ね……アルコールの匂いを嗅いだだけで酔ってしまうの」


 そう……


 私はアルコールに弱い。


 特異体質だといっても過言ではない。


 未成年だからお酒は口にしないが、以前雛祭りに酒粕で作った甘酒を一口飲みその場に倒れてしまったことがある。それ以来アルコールの匂いを嗅いだだけで酔うはめに。


 昨日は大樹さんの唇に、微量にワインが残っていたため酔ってしまったようだ。


 私達三姉妹は血の繋がりはないけれど、共通していることが一つだけある。


 ーーそれが……アルコール。


 蘭子姉さんも百合子姉さんも、そして私も。アルコールでその日の記憶をなくしてしまう。


 だから……


 昨夜交わした甘いキスも……


 えっと……


 そのあとのことも……


 何も覚えていない。


「今夜思い出させてあげる」


「……っ」


 私の旦那様は一見紳士だが、実はとっても意地悪だ。


 真っ赤に染まる私の頬に大樹さんは優しく触れ、ハイヤーの中で手を繋いだ。


 車窓から、空港までの景色を二人で眺める。


 ーー広大で青い空……。


 東京で見上げる空とは違う。


 どこまでも、どこまでも、この空は続いてる……。


 ーー絡めた指と指。


 大樹さんが私を見つめ優しく微笑む。


 お父様が巡り合わせてくれた、私の大切な人。


 絡めた指のぬくもりは、この幸せが永遠に続くことを約束してくれる……。



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