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俺達は菊さんに案内され屋敷に入る。
玄関フロアはアンティークな装飾品で飾られレトロな雰囲気。映画のワンシーンに登場するような、王族の城を思わせる雰囲気に思わず目を見張る。
「以前、映画の撮影に屋敷をお貸ししたことがあるのよ」
「まじで?すごいですね。その映画、今度教えて下さい」
屋敷にある全てのものが、価値のある古美術品に違いない。俺達は広い廊下を通り広間に案内される。
広間の中は桜乃宮家同様、有名な画家が描いた高価な絵画で飾られていた。
「このお屋敷の当主も絵画がご趣味なのですね。ていうか……広間を無断で使用して大丈夫なの?」
「御安心なさい。大丈夫よ。さあ、お座りなさい。今美味しいケーキと珈琲をお持ちしますからね」
菊さんはそう言うと、パンパンと両手を叩いた。
広間のドアが開き、メイドがサンタやトナカイでデコレーションされたチョコレートケーキと珈琲を運んできた。
「どう?素敵なケーキでしょう?今朝私が作ったのよ。創士さんが好きだったチョコレートケーキ。太陽さんもお好きでしょう」
「はい。この広間、桜ノ宮家のリビングと雰囲気が似てますね」
「そうね。創士さんも絵画がお好きだったから。親子の趣味は離れていても自然と似るものね」
親子の趣味……!?
菊さんの言葉に俺は目を丸くする。
「菊さん?親子の趣味って……!?」
「あら、創士さんのお部屋でアルバムを見なかったの?」
「……はい。……自分を育ててくれた両親に背くようで、アルバムを開くことが出来ませんでした」
菊さんはフッと頬を緩めにっこり笑った。
「ご両親のことが好きだったのね」
「はい」
「木村月人さんはあなたを立派に育てて下さいました。創士さんに代わり感謝申し上げます。ですが、真実から目を背けてはいけませんよ。あなたはご自分の立場を理解し、現実と向き合わなければなりません。
申し遅れましたが、私は桜乃宮創士の母柿麿菊です。私の元主人は、桜乃宮創一郎なの」
「創士さんの母親!?て、事は……俺の婆ちゃん!?」
俺はすでに腰を抜かしそうだ。
菊さんが俺の祖母だったなんて。
「婆ちゃんだなんて、レディーに向かって失礼ね。だから男の子は嫌なのよ。蘭子さん達はちゃんと『菊さん』って親しみを込めて名前で呼んでくれるのに、婆ちゃんなんて却下よ、却下。二度と言わないでね」
却下って言われても……。
創士さんの実母なら、菊さんは血の繋がった俺の婆ちゃんなわけで……。
「でもどうして、桜乃宮ではないのですか?」
「やだわ。私の話を聞いてないの?元主人って言ったはずよ。ここは私の実家なの。私の職業はスーパー家政婦ではなく、柿麿財閥の会長です」
「柿麿財閥って……。日本一の財閥……!?」
「今はそうみたいね。向日葵さんが大樹さんと結婚し、石南花財閥と桜乃宮財閥が結びつけば、柿麿財閥は負けを認めざるをえないけれど、孫娘の幸せを考えればそれも致し方ないでしょう」
菊さんはニヤニヤ笑いながら俺を見つめる。まるで悪戯っ子のような眼差し。菊さんが柿麿財閥の会長だなんて、俺は夢を見ているのか。
「菊さんはどうして……創一郎さんと離婚したのですか?」
菊さんは俺の唐突な質問に、急に真顔になった。
「価値観の違いかしら。二人の子供を設け成人するまではと我慢していたのだけれど、あなたのお母さんと創士さんにあんな酷い仕打ちをし、桔梗さんと政略結婚をさせた創一郎さんが許せなくてね……。すぐに離婚するつもりだったけれど、病弱な怜士さんのことや、生まれて間もない蘭子さんを置いて出て行くことが出来なくて……」
菊さんは俺を真っ直ぐ見つめ、言葉を続けた。
「怜士さんが亡くなり、離婚する決心がついたの。蘭子さんも成長し小学生になっていたし、もう私がいなくても大丈夫だと思えたから。太陽さん、ごめんなさいね。あなたが創士さんの子供だともっと早く知っていたなら、あなたをすぐに引き取ったのに。辛い思いをさせたことを許して下さいね」
菊さんは俺に深々と頭を下げた。
貧しかった生活、親戚をたらい回しにされ悔しくて唇を噛んだ日々。
辛く悲しい日々が脳裏を掠める。
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