太陽side

82

 ーークリスマス イブーー


 滝口さんの運転するリムジンが俺を迎えに来た。賃貸マンションの前に黒光りする不釣り合いなリムジンが停まり、歩行者は立ち止まり、マンションの住人は何事かとバルコニーから身を乗り出す。


 リムジンから降り立った滝口さんは俺に深々と頭を下げた。


「太陽様、お久しぶりです。お元気そうで何よりでございます」


「滝口さん、お久しぶりです。今日はわざわざすみません。電車で行くつもりでしたが、蘭子さんがどうしてもって仰るからお言葉に甘えました」


「どうぞ、お乗りください」


 滝口さんは後部座席のドアを開く。

 リムジンには百合子の姿があり、蘭子と向日葵の姿はない。


 百合子と目で挨拶を交わし車に乗り込む。


「滝口さん、菊さんって何処に住んでるの?家族いないみたいだし、まさか老人ホームって事はないですよね?」


「ククッ……老人ホームでございますか?太陽様、冗談にしても度が過ぎますよ」


 滝口さんと百合子が顔を見合わせ、声を殺して笑ってる。


 ていうか、感じ悪い。

 俺だけ菊さんの素性を知らないのか。


「百合子さん、蘭子さんと向日葵さんは?」


「蘭子姉さんは明日桜乃宮財閥主催のクリスマスパーティーがあるから、その準備が忙しくてどうしても時間が取れなくて。向日葵は石南花家のクリスマスパーティーに招待されてそちらに出席することにしたの。イブですもの仕方がないわよね。菊さんが私達に大切な話があるから二人でいらっしゃいって」


「俺達に話?なんだろう。桜乃宮財閥の後継者の話ならもう辞退したはずだけど。困ったな」


 ーー菊さんに『一年もあれば、太陽さんの気持ちも変わるかも知れないでしょう。今度お目に掛かる時には、桜乃宮家の後継者として私に逢いに来てちょうだい』と言われたことを、今更ながら思い出す。


 俺は今だにひだまり印刷会社の営業マンだ。菊さんの期待に添えることはできない。


 ーー車は白金に向かった。そこには閑静な高級住宅街が広がる。リムジンは立派な門を潜り抜け広大な敷地の中をゆるりと走る。そこには桜乃宮家の豪邸よりも遥かに立派な洋館が聳え立っていた。


 ヨーロッパの城を思わせる外観。まるで異国に迷い込んだ錯覚に陥る。俺は車中からその屋敷を見上げ、思わず溜息が漏れる。


 こんな豪邸に住む人がいるんだな。

 外国の王室関係者か?日本人の屋敷とは思えない。


 ていうか……菊さんこの屋敷で家政婦してんの?本当にスーパー家政婦だったんだな。


 ただただ茫然としている俺を乗せ、車は玄関前にスーッと停まった。車が停止するとほぼ同時に屋敷のドアが開き、頭のテッペンで髪をお団子みたいに結った菊さんが、ヒョコッと顔を出した。


 菊さんの服装は以前と同じ。黒いドレスに白いエプロン姿。その変わらぬ笑顔に、懐かしさが込み上げ嬉しくなる。


 滝口さんが後部座席のドアを開いた。

 と、同時に、菊さんは玄関から飛び出し、車に歩み寄る。


「太陽さん、百合子さんいらっしゃい。お二人ともお元気そうで何よりね」


「菊さんの新しい勤務先ってここなの?超セレブですね。ていうか、外国の王室関係者のお宅ですか?それともまたどこかの財閥ですか?当主の許可も得ず、俺達が訪問しても大丈夫なの?ご主人様に叱られませんか?」


「ご主人様?そうね、怒らないわよ。さぁ、入って入って」


「本当にいいのかな?」


 躊躇する俺を、百合子も滝口さんも半笑いで見ている。


 なんでだよ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る