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「私の母は銀座のホステスだったわ。源氏名は鈴蘭よ。どうしてあなたがそれを知ってるの?私達の過去をこそこそ調べているの?目的は何なのよ!」
百合子は興奮気味に捲し立てる。
百合子の母親の源氏名が鈴蘭と聞き、俺は驚きを隠せない。
「お母さんの源氏名が、鈴蘭?それは本当なのか?」
「そうよ。嘘ついてどうするの。だから気になって……。神戸のバーと何の関連があるんだろうって……」
「鈴蘭は十二月二十三日に神戸のバーで出逢った女の名前だよ。非売品である桜乃宮ブランドの香水をつけてたんだ。マニキュアもハイヒールも百合子さんと同じ赤」
「香水って?お父様から頂いたあの香水?」
「そうだよ。鈴蘭は偽名を使い素性を語らなかった。バーではサングラスをつけていたし、濃いめのメイクをしていた。てっきり君達の誰かが変装し、鈴蘭と名乗ったに違いないと思ったんだ」
「香水なんて、似たような香りの商品は他にもあるでしょう?あなたがナンパした女性が桜乃宮家の香水をつけているはずがないでしょう。あなた香水フェチなの?」
百合子は憎らしい口調で俺をなじる。
確かに俺の発想は何の根拠もないが、あの夜の香水の匂いを間違えるはずはない。
「昨年の十二月二十三日、百合子さんはどこにいたの?蘭子さんや向日葵さんはお屋敷にいた?」
「十二月二十三日は祝日だから、みんな屋敷には戻らなかったわ。それぞれが親交のある方とクリスマスパーティーをしたの。蘭子姉さんは財閥関係者とホテルでクリスマスパーティーをすると言っていたし、私は友人のお宅でクリスマスパーティーをしたの。向日葵も友人とクリスマスパーティーだと言っていたわ。イブの夕方にはみんな帰宅していたけれど、それがどうかしたの?」
「みんな外泊したのか?蘭子さんも向日葵さんも?」
「そうよ。向日葵に親しいお友達がいるなんて知らなかったから、あの向日葵が外泊するなんて意外だったけどね。まさか、まだ私達が鈴蘭だと疑っているの!?」
蘭子も向日葵も十二月二十三日に外泊していた……。二人とも、鈴蘭ではないとは断定は出来ない。
「その女とまさか……寝たの」
「百合子さんには関係ないだろう」
「一夜の遊びで、その女に夢中になったのね。だから捜してるんでしょう」
「違うよ。三人の誰でもないのなら別にいいんだ。やっぱり俺の勘違いだ」
「サイテーな男ね。私達は桜乃宮財閥令嬢よ。変装して夜遊びした挙げ句、行きずりの男に着いていくとでも思ったの?馬鹿にしないで!」
「……俺はただ、心配になっただけだ。寂しい心を埋めるためにあんなことを繰り返しているのなら、止めさせたいと思っただけだ」
「嘘だわ。それをネタに桜乃宮家から追放しようと目論んでいるのでしょう。それともお金目当てなの。結局、あなたが欲しいのはお金なのよ!
事件の被害者だって、本当はあなたの彼女なんでしょう。彼女がいながら、私にキスをするなんて、あなたなんか大っ嫌い!」
「俺のことは何と言われようが構わない。だけど麻里のことを悪くいうことは許さない。麻里はもうすぐ結婚するんだ。これ以上傷付けたくない。
それに俺が誰と付き合おうが、誰と寝ようが百合子さんには関係ないだろう。俺達は病室でキスをしたが、それは百合子さんの気まぐれだろう。それとも……妬いてるのか?」
百合子は俺をキッと睨みつけ唇を結ぶ。
あのキスを忘れろと言ったのは、百合子の方だ。俺が誰と付き合おうが、嫉妬するはずはない。
そう思っていたのに、百合子の口から漏れた言葉は意外なものだった。
「……妬いて……るよ」
俺は言葉を失い、百合子を見つめる。
「妬いてるよ!あなたの彼女が誰なのか、あなたに好きな人がいるのか、今まで嫉妬なんてしたこともなかったのに、この私があなたに嫉妬するなんてどうかしてる」
「百合子さん?」
「あなたなんか好きじゃないのに、あなたなんか大っ嫌いなのに、ずっと……あなたのことばかり考えてる。あなたのことを考えると苛々して胸が苦しくなるの……」
百合子が大きな瞳を真っ直ぐ俺に向けた。
百合子の潤んだ眼差しにドキッとした。
百合子の言葉に俺は動揺している。
何故なら……
俺もあのキスを忘れられず、ここに越してからも百合子のことばかり考えていたから。
「百合子さん、それって……」
「鈴蘭なんて女、もう忘れてよ……。蘭子姉さんでも向日葵でもないわ。他の女のことは全部忘れてよ……」
百合子の目に涙が浮かぶ。その涙は一筋の線となり頬を伝う。
俺は……鈴蘭の幻影をずっと追い続けていた。
でもそれは、鈴蘭の正体を気に掛けていただけ。
一夜の相手に恋をしたわけでも、鈴蘭に想いを寄せたわけでもない。
俺の心の中に入り込み……
俺の心を掻き乱す女は……
ただ一人……。
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