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「僕の両親や石南花家の親族の手前、パーティーの席では両財閥が強く結びつくための結婚前提のお付き合いだと申しましたが……本当は違うのです。あなたとのことと財閥のことは関係ない。僕が欲しいのは桜乃宮財閥の後継者ではない。向日葵さん、あなたなのです」


「……私?」


「はい、あなたが桜乃宮怜士様の娘でも構いません。桜乃宮財閥の後継者を辞退されても構いません。大学を卒業されたら、僕と結婚して下さい。僕は……あなたが好きです。ずっと……あなただけを想って生きてきました。僕の一生をかけてあなたを守ると神に誓います」


「大樹さん……」


「お返事は焦らなくても構いません。ゆっくり考えてお返事を下さい。僕は二年間あなたが振り向いてくれるのを待ち続けました。これから先も、あなたが僕を好きになってくれるまで待ち続けます」


「大樹さん……私はあなたに好きになってもらう価値なんてない……」


 頬に涙が溢れ落ちた。

 その涙は止まることなく頬を濡らす。


「私は……あなたに愛される資格なんてないの……」


 大樹さんは席を立ち私の隣に座った。

 泣いている私の頭を優しく撫でてくれた。まるで、父親が泣いている子供を宥めるように。


「向日葵さんはご自分の魅力に気付かれてないだけです。あなたは美しい。外見も……心も美しい。僕は謙虚で奥ゆかしいあなたが好きです。泣き虫なあなたも好きです。僕が向日葵さんの悲しみも苦しみも全て受け止めてあげる。もう一人で泣かせたりはしません」


「……大樹さん」


 大樹さんに抱き竦められ思わず見上げる。大樹さんの顔がゆっくりと落ちてきた。


 優しく重なる唇……

 私は瞬きするのも忘れ、ただ一点を見つめた。


 優しいキスは……

 雪解けのように……私の心も温かく包み込んだ。


 高鳴る鼓動にいざなわれ、寂しい心の奥底に温かな感情が広がっていく。


 母を亡くしお父様を亡くし……私が無くしていた温かなぬくもり。


 ーー『自分の思うままに生きればいい。向日葵さんは、一緒にいるだけで胸がときめき、心が安まる相手と結婚すればいいんだよ』


 ふと、木村さんの言葉が脳裏を過ぎった。


 大樹さんに抱き締められた私は……

 胸がときめき、心はこんなにも安らいでいる……。


 ーー『あなたは僕の大切な人だからです。二年前にあなたとロスで初めてお逢いした時、僕はあなたに一目で恋をしました』


 大樹さんの言葉に……

 心が歓び震えている。


 あんなにもストレートに、熱い想いを伝えてくれた人は今までいなかった……。


 ◇


 恥ずかしさと極度の緊張から、高級懐石料理の味もわからないまま食事を終え、オーケストラの演奏会に同伴することとなった。


 交際をお断りするつもりでここに来たのに、キスをされ気持ちが揺れている。


 料亭を出ると、大樹さんは有名デザイナーのショップに私を連れて行き、ご自身のスーツと私のドレスやハイヒールをカードで購入し、私はそこでヘアメイクも施され、少女から女性へと変貌を遂げる。


「本当に美しい。向日葵さんは赤がよく似合いますね」


 ワインレッドのフォーマルドレス。ミンクのハーフコート。同系色のバッグと十センチはあるであろう大人びたハイヒール。


「社交界でも、あなたほど美しい令嬢はいません」


「……大樹さん。このような高価なものはいただけません」


「今日は僕とデートして下さるお約束でしょう。これはあなたへのプレゼントです。さぁ、参りましょう」


「……はい」


 大樹さんの手に、自身の手を重ねる。


 大樹さんは私が桜乃宮創士の実子だから、桜乃宮財閥との合併を目論み、政略結婚を受け入れた思っていた。


 けれど……そうではなかった……。


 大樹さんは私の全てを承知の上で、純粋に私を想い真剣に交際を考えてくれている。


 大樹さんの人柄にほだされ、大樹さんの愛情に包まれ、繋がれた掌のそのあたたかなぬくもりに、大樹さんに抱いていた無色の感情が、少しずつ色付き形を変える。


 ……お母さん。


 人を好きになるということは……


 その人のぬくもりに、永遠に包まれていたいと願うことですか……?


 ……だから……お母さんも……


 怜士さんのぬくもりに……


 包まれていたかったのですね。

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