百合子side

67

 菊さんの話は、私達に大きな衝撃を与えた。


 アイツが……お父様の実子だったなんて。


 そんな無茶苦茶な話……すぐに信じる事なんて出来ないよ。


 しかも向日葵の実父が、お父様ではなく怜士叔父様だったなんて……。今まで私達が信じてきたものが、全部嘘だったというの……。


 この屋敷に、桜乃宮家の血を引いた後継者が二人もいる。蘭子姉さんは、お父様と桔梗さんの婚姻期間中に産まれたため、戸籍上はお父様の『長女』となっている。


 母との再婚でお父様と養子縁組をした私は『二女』ではなく『養子』だ。


 養子はこの家にはもう必要のない人間。


 家柄も資産もない、銀座のホステスだった母。お父様と母がすでに亡くなっているにも拘わらず、私がまだここに住んでいること事態誤りだったんだ。


 自分の置かれた立場と姉妹の立場の違いをまざまざと見せつけられ、全身の力が抜けベッドにペタンと腰を落とす。


 この豪華な部屋に不釣り合いな私。

 茫然自失となり、ぼんやりとドレッサーを見つめた。


 鏡に映る私は……

 何て冴えない顔をしてるのだろう。


 まるで捨てられた仔犬みたい。


 短い髪に触れる。

 クリスマス前にロングヘアからショートヘアにした。


 お父様が好きだった黒髪。

 長い髪を切ったのは、失敗だったかな。

 私……まるで、男みたいだね。


 ーー『百合子の明るい笑顔を見ていると、みんなが元気になれる。百合子は父さんの自慢の娘だよ』


 お父様は血の繋がらない私を膝の上に乗せ、頭を優しく撫でてくれた。


 お父様の傍らには母が寄り添い、笑みを浮かべている。実父から暴力を振るわれていた母。その母の穏やかな横顔に、幼いながらもこの幸せを壊してはいけないと、心に誓った。


 お父様に『百合子の明るい笑顔を見ていると、みんなが元気になれる』と言われた私は、どんな時も明るく振る舞い笑顔を絶やさなかった。


「笑いなさい百合子。どんな時も笑うのよ」


 鏡に映る自分に……笑顔を向ける。


 母譲りの、形の整った唇。


 アイツとキスした唇……。


 右手の人差し指で、唇をなぞる。


 アイツの顔が脳裏に浮かび、愕然とする。


 私……


 アイツのことが……す……き?


 同じ境遇だと思っていたアイツは、お父様の血を引く桜乃宮財閥の正当な後継者。


 もしも……

 アイツが桜乃宮家の戸籍に入ることとなれば、アイツは私達の兄弟になるの?


 そんなの……


 嫌だ……。


 アイツと兄妹になるなんて、絶対に嫌だよ。


 胸が苦しくて、涙が溢れた……。


 自分がどうして泣いているのか。

 自分がどうしたいのか。


 涙がこぼれ落ちる理由もわからないまま。

 私は声を上げて泣いた。

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