lesson 11

蘭子side

66

 菊さんの話は半信半疑ではあったが、DNA鑑定の結果を目の当たりにし、私も百合子も向日葵も信じざるを得なかった。


 部屋に戻り、直ぐさま松平さんを呼ぶ。


「蘭子様、お呼びでしょうか」


「松平……至急手続きをして欲しいの。木村太陽さんを桜乃宮の戸籍に……」


「木村様を……ですか?」


「ええそうよ。木村さんはお父様の子供だったのよ」


「木村さんが、創士様のご子息……!?畏まりました。顧問弁護士と相談し至急対処致します」


 私は窓の外を見つめながら、深い溜め息を吐く。澄んだ青空は、混乱した心を静めてくれる。


 あの木村太陽が……お父様の実子だなんて。菊さんがお父様の主治医のもとで、DNA鑑定をしたのならこれは紛れもない真実。


 何故なら私との親子関係が今後財閥内で問題視された時のためにと、生前行った鑑定結果が残されていたからだ。当然ながら、私とお父様が親子である確率は0パーセント。それはいずれ向日葵を桜乃宮財閥の後継者とするための秘策ではあったが、こんなことになるなんて……。


 直系を重んじる桜乃宮家の正当な後継者は、向日葵ではなくお父様の血を引く木村太陽ということになる。


 けれど……

 木村太陽にこの桜乃宮財閥を任せるには、まだ大きな不安が残る。太陽は後継者としての教育も経験も積んでいない一般人だ。


 太陽に桜乃宮財閥の歴史や経営のノウハウ、一般常識や語学、後継者として最低限必要なマナーを一から教育していくには、気が遠くなるほどの年月が必要となる。


 それまで私は会長を退くわけにはいかない。太陽が正当な後継者として、桜乃宮家の親族や桜乃宮財閥関係者、グループ企業に認められ、その職務につけるまでは何としてもこの地位を守り抜く……。


 だか……

 果たしてそれが正しいことなのだろうか。


「蘭子様、太陽様がご兄弟であると判明したのに、浮かない顔ですね。何か心配ごとでも?」


 空を見上げたまま、一人言のように呟く。


「私はここにいてもいいのかしら……」


「蘭子様、あなたは創士様の長子でございます。あなたの生家は桜乃宮家しかございません」


「……松平、ありがとう。たとえ血の繋がりはなくても、私はお父様の娘……。そうよね」


 松平さんが私を背後から抱き締めた。


「ですが……このわたくしにあなたの人生を委ねては下さいませんか。一人の女性として、わたくしとともに人生を歩んで欲しいのです」


「ごめんなさい……。私はまだ桜乃宮家を出て行くことは出来ないの。太陽が後継者として認められるまでは……ここを離れられない」


「蘭子様、諸事情は重々わかっております。わたくしとしたことが、あなたを困らせるような発言をしたことを、深くお詫び申し上げます。……ですがご無理はなさらないで下さい。わたくしはいつでも蘭子様のお側にいますから」


「……ありがとう」


 松平さんの逞しい手に自身の手を添える。松平さんは私の頬に、頬を擦り寄せた。


 不安な心ごと抱き締めてくれる松平さん。彼の包容力と優しさに、弱い自分を曝け出し甘えてしまう。


 今の私は、松平さんの腕の中にいると幼子みたいに素直になれる。素直になれなかった私を、こんな風に変えてしまったのは……木村太陽。


 彼は不思議な力を持っている。

 人の心を惹きつけ突き動かす、不思議な力……。


 太陽なら桜乃宮財閥に新風を吹かせ、更なる繁栄を遂げることが出来るのかも知れない。

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