太陽side

61

 三日後、俺は感染症や合併症を併発する事もなく、無事退院した。蘭子の指示で病院前には、俺には不釣り合いな黒のリムジンが待ち構えていた。


 滝口さんは俺の姿を見つけ、すぐに運転席から降り一礼した。


「木村さん、お荷物は私が致します」


「滝口さんいいよ。これくらいの荷物、自分で持てるから。それに俺は桜乃宮家の使用人だから」


「いえ、それでは私が蘭子お嬢様や菊様に叱られてしまいます」


「それより、助けてくれてありがとう。あの時、滝口さんが来てくれなかったら、今頃俺は……。本当に感謝しています。滝口さんって、強いんですね。もしかして柔道や空手の有段者ですか?」


「はい、実は以前警視庁警備部警護課で要人警護任務に専従していました。今は桜乃宮家専属運転手兼お嬢様のボディーガードですから。それなりの訓練は今も継続しております」


「元SP!?驚いたな。だから、強いわけだ」


 滝口さんは口元に笑みを浮かべ後部座席のドアを開く。ただの運転手だと思っていたのに元SPだったとは意外だった。


 九死に一生を得るとは、このことだ。


 滝口さんの運転するリムジンで、俺は桜乃宮家の屋敷に戻った。


 屋敷に戻ると、ひだまり印刷会社の社長が訪れていた。


「社長、どうしたんですか?」


「木村退院おめでとう。怪我は大丈夫か?病院に見舞うつもりだったが、立野の事でゴタゴタしていてな。遅くなって申し訳ない」


「いえ、それより立野はどうなりましたか?」


「強盗致傷や空き巣、婦女暴行の現行犯だからな。窃盗グループの余罪も数件あるそうだ。窃盗グループは暴力団とも繋がっていたらしい」


「そうですか……」


「あの立野が窃盗グループの一味だったなんて、信じられないよ」


 浩介が……そんなに荒んでいたとは……。


 俺も全く気付かなかった。


「立野は偽の請求書で集金し、その金を横領していたんだ。その発覚を恐れ、木村の家に空き巣に入り、盗んだ金で横領した金を穴埋めしたんだよ」


「……はい」


 会社の請求書を偽装し、集金を横領したことは、事件当日浩介から聞かされた。


「その二百万を持ってきた。この金はお前がコツコツ貯めた金だからな。横領の穴埋めに使うわけにはいかない」


「社長、これは立野が横領した金の穴埋めにして下さい。そうすれば立野の罪が、ひとつ消えるでしょう」


「立野が犯した罪は、立野が償うべきだ。木村が負うことはないんだよ。これはお前の金だ。受け取りなさい」


 社長は俺の手を取り、茶封筒に入れた金を渡した。


 手のひらに、ずしりと重い封筒。

 その金の重みと反する、浩介と俺の薄っぺらい関係。


 浩介は俺をはめるために、俺に近づいた。

 もしも浩介に借金を頼まれたとしても、俺は全財産を貸したりはしなかっただろう。


「仕事のことは気にするな。有給休暇を使用し暫く休むといい。その間に、傷をしっかり治すんだな」


「社長……。ありがとうございます」


「じゃあ、これで失礼するよ。……しかし……随分立派なお屋敷に間借りしてるんだな。お前、桜乃宮財閥と親戚なのか?」


「まさか、違いますよ。一ヶ月だけの期間限定ですから。この屋敷で家政夫として一日数時間だけ働かせて貰っているんです」


「木村が家政夫?そうか、お前も大変だったんだな。困っているなら、相談してくれればよかったのに。だが、ここで世話になっているなら、その心配もいらないな。しっかり静養し職場復帰してくれることを願ってるよ」


「はい」


 そう、家政夫は一ヶ月だけの期間限定だ。


 何故なら、俺の二百万が手元に戻った。

 即ち、俺はいつでもここから出て行ける。


 社長を玄関で見送り、俺は封筒を握り締めた。

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